13.ハンバーグと天使の下着


 階段を下り、ダイニングに入るとお母さんが手を拭いているところだった。


「あ、そろそろ声を掛けようと思ってたから丁度良かった」


「手伝いますよ」


「いいから! 叢雨むらさめくんは座ってて」


 叢雨くんがキッチンに向かおうとしたので手を掴み、留めた。

 そのまま肩を押して食卓の椅子に座らせる。

 叢雨くんはお客様なんだからそんな事しなくて良いんだよ。


「お母さん、手伝うよ」


 そう言ってキッチンに入っていった。


「あら、ありがとうハルちゃん」


 茶碗にご飯をよそい、食卓に並べていく。

 今日のお昼ご飯はお母さん手作りの手ごねハンバーグだ。

 お母さんが一番大きなハンバーグを俺に見せて聞いてきた。


「大丈夫かな?」


「うん、大丈夫だと思う」


 叢雨くんのだと思われる物は一番大きく、俺のハンバーグの直径1.5倍くらいあって厚みもそれくらいある。

 でも昨日のお昼を思い返せばコレくらいいけそうな気がした。


 コクリと頷き、一番大きなハンバーグが入った皿をお母さんから受け取る。

 それを大人しく座って待っている叢雨くんの眼の前に置いた。


「なんか、デカいな」


「お母さんに感謝だよ」


「分かった」


 そんなやりとりがあって、そして全ての準備が整い、3人が食卓に揃った。

 俺の隣に叢雨くん、そして正面にお母さん、と言う配置だ。

 ちなみにお父さんは今日はゴルフで夜まで居ない。


「はい、それじゃ遠慮なくいただいてね」


「はい、いただきます!」


「いただきまーす」


 3人共手を合わせ、食事を始める。


「ご飯お替りあるから、言ってね」


「あびがどうございばず」


 口の中に残ったまま喋るなんて、行儀悪いぞ。


「こら、食べてる最中に喋らない」


 そう注意すると叢雨くんは慌てて飲み込んだ。


「ありがとうございます!」


 俺とお母さんはそれを見て、微笑むのだった。


 お母さんの作ったハンバーグはいつも絶品だった。

 これより美味しいハンバーグを食べた事が無い、いや、正確に言うと他のハンバーグのほうが美味しくても何か物足りないのだ。俺を満たしてくれるハンバーグはこのハンバーグだけだ。

 きっとこのハンバーグにはお母さんの愛情が詰まっていて、それが最高の調味料なのだろう。


 食べている叢雨くんを見ると、幸せそうに食べていた。

 うんうん、どうだうちのお母さんのハンバーグは。

 最高だろう?ほっぺが落ちそうだろう?思わず頬も緩むだろう?


「どう?お味のほうは」


 お母さんが叢雨くんに尋ねる。


「最高です」


 一言だけ答え、また食べだす。

 お、ご飯茶碗が空になった。


「お替りいでくるね」


「あら、ありがとう」


「ふまん」


 また口の中に残したまま喋ってる。 

 と思い、注意しようかと思ったら、慌てて飲み込んだ。


「すまん」


「無理して答えなくていいから、はい」


 と、山盛りご飯を叢雨くんの前に置いた。


「ありがとう」


 そんな俺と叢雨くんのやりとりを見て、お母さんが言う。


「お似合いのカップルねえ」


 !?


 ちょっとまって!? 今カップル要素あった!?

 食べ始めてからやった事といえば、口の中に入ったまま喋るなと注意したのとお替りをしてあげたくらい。

 それカップル要素じゃなくない!? 友達でもやると思うけど!?


 なんて俺が思っているとお母さんは続けた。


「美味しそうに食べてくれるハルちゃんと、幸せそうに沢山食べてくれる叢雨くん、2人もいるとご飯の作りがいがあるわあ」


 まあそれは確かに、どうせ作るなら美味しく食べて貰いたいもんな。

 なんて思いながらもお茶に口をつけた。


「でも叢雨くん、次はハルちゃんが美味しいハンバーグ作るから楽しみにしててね」


 ――ゴホッッ!!!

 お茶が気道に入り、むせた。


「汚いハルちゃん」


「いいえ、汚くないです」


 何言ってんだお前!!

 じゃなくて、いや叢雨くんも相当アレだけど、何言ってんのお母さん!!

 俺は料理なんて全くやった事無い、食べる専門だって知ってるでしょ??


 と思ってはいても、ゲホゲホとむせていて言葉に出来ない。


 すると誰かが背中をさすってくれる。多分、この手の大きさは叢雨くんだ。

 少しして、落ち着いてきた。


「ありがとう」


 そう叢雨くんに伝える。


「気にするな」


 さてお母さんに言わなければ。


「お母さん! 俺には料理とか無理だよ! やった事ないし!」


「何言ってんの、私も結婚するまでした事無かったんだから大丈夫よ」


 え、そうなの? だってお母さんの作るご飯は何でも美味しいけど。


「ハルちゃんは覚えてないかも知れないけど、まだ小さい頃は結構失敗もしたのよ。大丈夫、ハルちゃんならきっと美味しく作れるよ、お母さんの娘なんだから!!」


 あの、2週間前に息子から娘になったばっかりなんだけど。


「ハル」


「なに?」


 呼びかけられ、叢雨くんを見る。


「ハルの手作り料理が食べたい。オレの為に作ってくれ」


「……!!」


 ちょ、おま……!!

 そんな真剣に、求めるような表情と声で言うな!


「頼む」


「……」


 ここで嫌だと拒否するのは簡単だ、だけどお母さんの手前、仲良くイチャつく必要がある。

 ……それに、心のどこかでこいつのお願いを聞いてやっても良いんじゃないか、そう思う自分もいて、拒否しずらい。

 正直、求められるのも悪くない、そんな風に思う。なんだこの気持ちは、段々と頬が熱くなり叢雨くんの目が見れなくて、逸らした。


「しょ、しょうがないな! そこまで言うなら作ってあげるよ! だけど!不味くても文句言うなよ!!」


「大丈夫だ、ハルの作ったものなら絶対に美味い」


「そうよ、ちゃんとお母さんが教えるから大丈夫。じゃあ叢雨くん、来週また来てね」


「ええ、必ず来ます」


「ちょ! 勝手に決めないで!!」


「楽しみにしてる、ハル」


 叢雨くんはそう言って、俺に極上の微笑みを見せた。

 それは普段、鋭く冷たい視線ばかり見せられる俺にとって、特大級の魅了の爆弾のようなものだった。

 一瞬で多幸感に包まれ、何でも言う事を聞いてしまいそうな、まるで魅了されたかのように叢雨くんの虜になってしまいそうな、今にも飛び付きたい、そんな状態だ。


「お、おう! 任せて、腕によりをかけて作るから!」


 叢雨くんに飛び付きたい、そんな思いをグッと堪えるために、そんな事を言ってしまう。

 ああ、言ってしまった。

 ただ、叢雨くんの微笑みには、その魅了されるような感情とは別に、懐かしい、そんな思いもよぎった。

 その思いも、大量の魅了された感情の波に一瞬で押し流されたのだけども。


◇◆◇


 食事が終わり、片付けを俺と叢雨くんでして、お母さんはそれを眺めていた。

 片付けくらいはこっちでやらないとね、それが役割分担というものだ。


 そして、叢雨くんと部屋に戻った。


 本当は食事が終わったら追い出そうと思っていたんだけど、なぜだかそんな気分にはならなくて、「部屋に戻ろうか」と声を掛けてしまった。

 このまま別れるのは少し寂しい、そんな風に思ってしまったのかもしれない。


「あれ、昨日のままか?」


 叢雨くんが指差したそれは、昨日買い物した紙袋たちだった。


「うん、服の入れ替えしないとだから、夜にでもしようかなって」


 そう応えると叢雨くんは顎に手をやり考えていた。

 何だ?何かあるのか?


「よし、今からやるぞ」


「え?」


 え、今から? いやまあ……特にやる事もないから別に良いけど。

 でも良いんだろうか、片付けるのは男物の衣類なんだけど。

 叢雨くんは女の俺を好きになってくれていると思う、だから男時代の衣類なんて、普通に考えれば想像もしたくない、触るのすら嫌だと思うのだけど。

 好きな女の男時代って。……中々想像出来ないけど、女になって以降ならともかく、男時代の物は、俺は嫌だ。


「あんまり言いたくないけど、良いの?男時代の衣類なんだけど」


「大丈夫だ、気にするな」


 一応確認したら、叢雨くんは自信満々に応えた。

 そこまで言うなら……やるけどさ。


 嫌だなあ、叢雨くんには見せたくない。男時代の衣類なんて。


「あー、じゃあ、まずは今の服をまとめないと」


 着なくなった男物の服を取り出し、畳んでまとめる。

 Tシャツやハーフパンツは大きいけど部屋着としてまだまだ着れるので、そういうのは残す。

 男物の下着なんかはやっぱり恥ずかしいので自分でまとめた。


 畳んでまとめて、隣の空き部屋に放り込む。

 もう着る事も、履く事も無い衣類たちよ、今までありがとう。


 そして、叢雨くんは男物の衣類を見ても特に様子の変化も無く、安心した。……まあ、表に出してないだけで、本心は分からないけど。


「次はそれだな」


 叢雨くんはそう言って紙袋たちを指差した。


「下着からだ」


 叢雨くんがそう言うので、紙袋から下着を取り出し……って何だこれ!?


 それは見覚えの無い下着だった。

 白いシルク製で、大事な部分以外が透けていて、ブラのカップも上半分が透けている、そして紐パン、そんな下着のセットだ。

 高級そうな質感とデザインで、明らかに昨日選んだ物には無かった、そんな物が出てきた。


 誰がこんな事を……。


 そういえば、昨日レジに持っていったのは叢雨くんだ、だから俺に気付かれないようにこんな物を混ぜる事だって出来る。

 ――やりやがったな。


 叢雨くんを見ると、紙袋を漁っていた。

 そして何か見つけたのだろう、それを取り出した。


「これもだ」


 そう言って俺の目の前に出した物、それは白いシルク製の、またも高級そうなガーターベルトとそれに合わせるような透明で綺麗な白いストッキングだった。


 ……なるほど。


「これ、今から着ろと?」


 そう尋ねると、叢雨くんは無言で頷き首肯しゅこうした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る