12.天使と久しぶりのゲーム
コンコン。
部屋の扉がノックされた。
だけど聞こえない。
両手を絡ませ、唇を重ね、夢中で求める俺の耳には入らない。
「入るわよ〜」
お母さんはそう言って扉を開け、固まった。
気付かず夢中になっている俺たちを少し眺めた後、我に返ったお母さんは慌てて扉を閉めた。
バタン!!
慌てて閉めた事で大きな音がして、やっとの事に気付いた。
我に返って、慌てて身体を離そうとする。
どうやら叢雨くんも気付いたようで、ほぼ同時に唇と身体が離れた。
酸素不足でぼんやりする頭を働かせながら、口の周りを拭う。
叢雨くんも身なりを整えていた。
身なりを整えて、叢雨くんと見合う。
珍しく息の合った頷きの後、一度深呼吸し、喉の調子を見て、そこに居るであろうお母さんを呼ぶ。
「は、入って良いよ〜」
するとゆっくりと扉が開いて、お盆に飲み物とクッキー菓子を乗せたお母さんが申し訳なさそうに顔を出した。
「お邪魔しま〜す……。飲み物持って来たんだけど……」
「あ、ありがとう」
立ち上がり、お母さんからお盆を受け取る。
「ごめんねお母さん、タイミング悪くて」
「ううん、大丈夫。お昼も用意するから時間になったら下りてきてね」
お母さんはそれだけ言って、そそくさと出ていき、扉を閉める。
顔を引っ込める寸前、お母さんはばっちりウィンクとサムズアップ、そして声には出さないが口の動きが「がんばれ!」と言っていた。
お母さん!? これは違うから! 誤解、いや誤解と思って欲しくないけど、本当はそういうのじゃないからね!!
ああもう……完全に誤解された気がする……。
――いや、まあでも、落ち着いて考えれば、……うん。
すっかり頭から消えていたけど、目的は達成された。これで良いんだ。
叢雨くんにお母さんに言い寄れないようにする、と言う目的は。
叢雨くんには俺を見て貰い、誘惑の乗っかり、イチャイチャし、それをお母さんに見せつける事で、それは達成されたんじゃないかな。
キスまでしてしまったのは想定外だったけど、だけどまあ、それくらいの関係なんだ、とお母さんに見せつければ流石の叢雨くんもお母さんに行動を起こせないでしょう。
仮に行動に移しても、まさか息子……いや娘とイチャイチャしてるのにその母親に言い寄るなんて、そんな事が許されるとは思わないだろうし、俺のお母さんなら当然拒絶するだろう。
そうだよ、うん。作戦成功だ!
◇◆◇
さて、当面の目的は達成したし、叢雨くんにはもう帰り頂いてもいいくらいなんだけど、折角お母さんがお昼ご飯まで準備してくれるみたいだし、それまでは部屋に置いといてやるかな。
と、壁掛け時計を見ると10時になったばかり、お昼ご飯と考えると……まだ2時間くらいある。
さてどうやって時間を潰すか……と考えながら最初に座った位置、叢雨くんから少し距離を離した場所に座り直した。
「と……まだお昼まで少し時間あるけどどうしようか?」
と問いかける。
叢雨くんの事だ、多分無言のままでも2時間くらい平気そうだけど、それだと叢雨くんは良くても俺が退屈だ。多少はともかく、2時間無言は無理だ。
「ゲームでもするか、久しぶりに」
叢雨くんが提案をしてきた。これは想定外。
なるほどゲームか、確かにそれなら時間も潰せるな。……って。
なんだよゲームでもって!なんだよ久しぶりに、って!
なんでゲーム持ってるの知ってるんだよ。
それに叢雨くんとゲームするのは初めてで、久しぶりじゃないし。
――と思ったけど、よく見ればガラス棚にゲーム機が見えている、部屋に入った時に叢雨くんが部屋の中をよく観察していたから見つけたのだろう。
それに叢雨くんが久しぶりにゲームをする、と考えれば特におかしな言葉でも無いか。
なんだか過敏に反応してしまった。
でもその口調から、いつもと違う、何気ない会話のようなものを感じたからだろう。
まるでいつもの友達の家で、ゲームでもやろうぜ、と気軽に言うような、そんな口調だった。
キスをして気が緩んだ……ってわけでも無さそうだけど。まあいいや。
「ちょっと待ってて」
そう言ってゲーム機を引っ張り出し、一緒に遊べるゲームという事でパーティゲームを選び起動した。
このパーティゲームは、1人でも遊べるけど4人まで一緒に遊べる
中学2年の時に、俺の親友の
叢雨くんは画面を眺め、珍しく微笑んだ、ように見えた。そして
「懐かしいな」
ぽつりと、そう呟いた。
確かにこれは発売から4年近く経つ古いゲームだ、俺も暫く遊んでなくて中学3年の春以来、キリ(暮雲 霧矢)が引っ越してから一度だけ遊んで、それ以来だ。
1人で遊ぶパーティゲームは本当につまらなかった。
ゲームだけじゃない。
いつも一緒だったキリの喪失感は、何をするにも暫くの間ついて回った。
「俺も中学3年の春以来で久しぶりだから懐かしいな。1人でやるとつまんなくて」
そう言うと、叢雨くんは顔を上げて、俺の方を見た。
なんだよ、今変な事言ったか?
そう思いつつゲームをスタートさせる。
このゲームは開始時に自分の名前を決め、それを登録する事が出来る。
俺は保存済みで自分の名前である ”はると” を選択した。
そこには懐かしい名前、 ”きりや” があった。
ここにいる叢雨じゃない、俺の親友、暮雲 霧矢の名前だ。
俺が続けてキャラクターを決め、叢雨くんの番。
叢雨くんは躊躇なく、 ”きりや” を選択した。
自分の名前だから、と選んだかも知れない。何故自分の名前が?くらいは思って立ち止まっても良いと思うけど。
だけど叢雨くんは一切の躊躇無く、迷わず、何も言わずに ”きりや” を選んだ。
「――あ」
俺はそれだけ言葉を発し、黙った。
いや、まあ、普通に考えればおかしな事じゃない。自分の名前があって、それを選んだ。ただそれだけの事だ。何も間違いじゃない。
だけど、俺にとってそれは、その名前は、特別なものだ。
決して叢雨くんの名前じゃない。
その名前は、俺の親友のものなんだ。
だけど叢雨くんがそれを選んだ事で
――上書きされた。
そう思ってしまった。
たかだゲームで何を言ってるんだ、そう思うかも知れない。俺も当事者じゃ無かったらそう思っただろう。
更に叢雨くんはいつもキリが選ぶキャラクターを選んだ。それも躊躇なく、そのキャラクターへ真っ直ぐカーソルを合わせ、選択した。
――またしても。
喪失感が俺を襲う。
胸を締め付けられ、何か大事なものが失った、そんな感覚だ。
でも、いや、……うん。
叢雨くんは悪くない、俺が勝手に入れ込んでいただけで、別にそのキャラはキリだけのキャラじゃない。それにあいつも気分によってキャラを変える事はあった。うん。誰も悪くない。
だけど、だからといって、この喪失感は無くならないのだけど。
このゲームを選ぶんじゃなかった。そんな後悔だけが残った。
「おい、大丈夫か」
おっといけないいけない、こんな一方的な、勝手な感情を表に出しちゃ。
「ああ、うん、なんでもないよ。さあやろうか!俺はこのゲーム得意だからね、負けないよ!」
「どうかな」
立て直し、何でもないように振る舞い、ゲーム画面を見る。
こうしてゲームが始まった。
◇◆◇
「あ~~~!!負けか~~!!」
パーティゲームの結果は、俺の負けだった。だけどギリギリの、僅差での負けだった。
と言ってもレベルの高いものではなく、お互いが久しぶりすぎて覚えているつもりでルールや説明を読まないもんだから、操作を忘れる、ゲームのルールを忘れるなどあって、レベルの低い争いだった。
会話らしい会話はあまり無く、俺も「あ!」「あれ!?」「あ~~!!」というような感嘆符が沢山飛び出す状態だった。
だけどまあ、良かったんじゃないかな。
叢雨くんが普段見せないような表情が見れたし、何より楽しんでもらえたなら、それで十分。
俺も、開始時はなんだかんだと考えていたけど、終わってみれば楽しかった。
思い出は大事にしたいと思うけど、それなら人前に出すものではないし、出すなら事前に言うべきだったと、今なら思う。
まあ今回は、たまたま同じ名前で、たまたま同じキャラ使いだった。珍しいけどそういう事が起こった、それだけの事だ。
別に俺の思い出が穢されたわけじゃない。気にせず行こう。
さて、そんな低いレベルの争いをしていて、終わって時計を見たらそろそろ12時近い、お昼ご飯に丁度良い時間だ。
「そろそろお昼だし、下に行こうか」
「そうだな」
叢雨くんに声を掛けて、部屋を出て階段を下りる。
そういえば、ゲーム中に何かしら手を出してくるかと思ってたけどそういうの無かったな。
拍子抜けというか、張り合いが無いというか……。
――いや期待してたわけじゃないけどね!?
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