7.オレの天使は最高の身体


 大型ショッピングモールにある女性服専門店の一つ、その店の前に俺たちはいた。


「任せた」


 一言、それだけ言って店の外に在るベンチに腰掛けようとする叢雨むらさめくん。


「ここまで来て恥ずかしがってんじゃねえよ!」


「疲れた」


「分かりやすい嘘を吐くな!お前がこの程度で疲れるはず無いだろ!」


「良いよ〜、霧矢きりやくんは休んでて。――ハルちゃんは私たち好みの服を着せて、それを最初に独占しちゃうから」


 叢雨くんとのぞむくんのいつもの調子の掛け合いの後、小春こはるちゃんがそう言った。

 それを聞いた叢雨くんは、すくと立ち上がり、俺の隣に来て肩を抱き寄せた。


「早く行くぞ」


 それを見た望くんは両手を広げ、やれやれ、というポーズを取った。


「――じゃあ行こ」


 小春ちゃんは叢雨くんを上手くコントロールし、望くんの腕に絡んで店に入って行った。

 そして叢雨くんと俺も後に続くのだった。


 俺の意見は?と思ったが、拒否権はとっくに無くなっていて、これはほんの始まりに過ぎなかった。


「叢雨くん、俺、女性服専門店入るの初めてで緊張するんだけど……」


「オレもだ」


 珍しく意見が合った。

 でも意外だ、叢雨くんなら女子とこういう所は来てそうなのに。

 本当にソレだけの関係だったんだなあ。


「ハルちゃん。こっちこっち!」


 小春ちゃんに呼ばれて行ってみると、そこには店員さんがメジャーなんかの測定道具を持って待ち構えていた。

 そして店員さんは俺を見て漏らした。


「え!?待って!?」


 店員さんの目がキラキラと輝きだし、両手で口を押さえ、ニコニコ……と言うよりほっぺたが緩んでいるような、そんな笑顔になっていた。


「ハルちゃんはちゃんとサイズ測ってもらった事ある?」


「制服のサイズを測る時に一度だけ」


 確かにサイズは測った、だからその時に胸囲が88センチだと分かったんだ。


「うん、それじゃ足りないね、だからここでちゃんと測って貰おう。店員さんお願いします。私は服とか見て回るね」


「はい♪ではこちらで脱いで下さい。準備が出来ましたらここでお待ちしておりますのでお声をお掛け下さい」


「えーと、全部?」


「いえ、あ、えーと……はい♪」


 店員さんは満面の笑みで応える。

 え~、全部脱ぐのか……。女子はそこまでして正確な数値を測る必要があるのかー。

 躊躇して周りを見回すと少し離れたところにいた小春ちゃんもニコニコで、無言の圧を掛けてくる。どうやら観念するしか無いようだ。

 叢雨くんを見ると、入るのが初めてとか言ってた癖に一人で服を物色している。

 なんという強心臓。男が女性を連れずに女性服を選ぶとか俺には無理だ。


 そういうわけで観念した俺は更衣室に入って服を脱いだ。


「あの、脱ぎました」


 全裸になってカーテンの隙間から顔だけを出し、更衣室の前で待っている店員さんに声を掛ける。


「はい。それでは失礼しますね♪」


 嬉しそうに返事をし、周りに注意しながら更衣室に入って来た店員さん。


「え!?待って待って!?」


 急に両手で口を押さえて固まった。そしてめちゃくちゃ俺の身体を凝視してくる。

 なんとなくだけど、その店員さんの視線に相手が女性にもかかわらず思わず無防備な胸と股間を隠してしまった。


「あの、店員さん?」


 そう問いかけると、我に返ったのか、姿勢を正して頭を下げた。


「し、失礼しました、それでは計らせて頂きますね」


 店員さんは終始そんな感じで、時々ほぁ〜と小さく声を上げたり、時々固まったりして困った。女性服の店員さんってこれが普通なの?

 それで思ったんだけど、上は分かるけど、下まで全部脱ぐ必要あった?

 女になった時になぜか生えて無いからめっちゃ恥ずかしかったんだけど。


 で、結果。

 身長153センチ、体重46キロ、バスト89センチでF70という事らしい。要するにFカップというわけだ。他の数値はウェスト58、ヒップ83と出た。

 胸がもう少し大きくなるとサイズが変わるのでその時はまた来てくださいねと言われた。


 89か……うむ、デカいな。いやでっか。ちょっと前に図った時より大きくなってるし、男心に嬉しい気持ちもあるけど、同時に自分のでなけりゃなあ、とも思っていた。

 自分のじゃなくて、他人の大きな胸を触りたいのに。


 という事で服を着直して更衣室から出ると、3人が待ち構えていた。

 店員さんがメモのような紙切れを小春ちゃんに渡すと、小春ちゃんが驚いた後、俺を二度見した。顔ではなくて身体を。


「えーと……見せても大丈夫?」


 あのメモ用紙にはサイズが書いてあるのだろう、そしてそれを叢雨くんや望くんの男子二人に見せていいか?と。

 まあ服を選ぶのに必要だし見せるべきだろう、別に恥ずかしくもないし。


 うん、と頷くと小春ちゃんが男子二人にそのメモ用紙を見せた。

 すると男子二人は、一瞬驚いたような、嬉しそうな顔になった。


 望くんはすぐに咳払いして大した事でもないように振る舞っていた。多分小春ちゃんの手前、はしゃぐわけにもいかないのだろう。

 叢雨くんは驚いた後、なぜか自慢気だった。それはまるで「どうだ俺の女は!」とでも言うような態度に見えた。お前のじゃねえから。


 そして俺はというと、別に恥ずかしくもないと思っていたにもかかわらず、何故か恥ずかしい気持ちが生まれていた。

 なんだこの感情は。別にそんなのを知られたところでなんとも無い、そう思っていたのに、男子二人の反応を見ていると無性に恥ずかしくなってくる。こんなの、女の子みたいじゃないか。


 そう思っていると、叢雨くんが望くんの視線から隠すように抱き締めてきて。


「見るんじゃない」


 望くんに向けてそう言った。


「大丈夫だって、見ても取らないし。それに俺は小春一筋だから」


「そう?さっき嬉しそうだったけど」


「そんな事無いから!それにそんな事になったら小春に加えて霧矢からも殺されるわ」


「嘘嘘、信じてる」


「こはる〜」


 望くんが小春ちゃんを抱擁を求めると、小春ちゃんは小さな胸で受け止めて望くんのくりくり茶髪の頭をヨシヨシと優しく撫でていた。


 そんな感じで夫婦漫才は終わり、4人で俺の服を選び始める事となった。


◇◆◇


 俺と小春ちゃんは下着を選び、その間に男子二人は上着を選ぶ、とそんな分担となった。

 女の子の下着は男の物と違い、飾り気が有り、綺羅びやかで、色彩も明るい物が多い気がする。


 そんな下着たちを驚きと恥じらいを持ちながら物色している時、小春ちゃんが問い掛けてきた。


「――ねえ、二人ってちゃんと付き合ってるの?」


 ちゃんとどころか、全くそういう関係でさえない……はず、告られてもいないし。オレのもの発言も、それは違うだろうし……。

 だけどだからといって、違うと言ってしまうと、今のこの心地の良い4人の関係が終わってしまいそうで、それは嫌で、なんと答えようかと悩んでいた。


「そっか、やっぱりそうなんだね。――なんとなく変だなって思ってたんだ。だって霧矢くんはハルちゃんの事が大好きだって伝わって来るのに、ハルちゃんからは殆どそれが伝わって来ないんだよね。おかしいと思った」


 返答に悩み、詰まっていた俺を見て小春ちゃんはそう察して言ってくれた。

 うん、素直に謝ろう。


「うん……ごめん」


「……じゃあなんで霧矢くんと一緒にいるの?好きでも無いのに一緒だと辛くない?」


 ここまで小春ちゃんが察してくれるのなら、もう話してしまおう。

 もしこれで今の関係が終わるとしても、諦めがつく。そう思った。


「――じゃあ、聞いてくれる?」


 女になって、登校初日の出来事、叢雨くんとの出会い、そしていつも一緒にいてくれた事、他にも毎日の送り迎えをしてくれている事などを話した。

 とはいえ、助けてもらった後に襲われた部分は言わなかった、ここだけは、特に女性にとっては許せない事でもあるし、今となってはそれを何でもない事、と受け入れてしまった自分が不思議でもあったからだ。


 そして一番大事な事は、女になって登校初日に受けた衝撃なんか忘れてしまうくらいに接してくれて、多少強引にでもクラスに馴染ませ、新しい関係と友達を作ってくれたのは他でもない、どういう形であっても、叢雨くんだったからだ。

 それがあるからこそ、そう思うからこそ、叢雨くんと一緒にいられるし、それを嫌だとは感じないのだろう。


 小春ちゃんは最後まで何も言わずに聞いてくれた。

 そして、一呼吸おいて。


「大変だったんだね、ハルちゃん」


 そう言って、俺を優しく抱いてくれた。

 そう、大変だったんだ、登校初日の夜、叢雨くんからあんな事をされたのにもかかわらず、それよりも大きな衝撃を受けていて、良くなる未来が全然想像出来なくて、中々寝付けなかった。

 今だって女子からの目は怖いし、男子の距離を測りかねる態度も見受けられるけど、それは登校初日に比べれば全然些細なものだ。

 それに今は……うん。なんとなく癪だけど、叢雨くんが作ってくれた俺の居場所もある。


 暫くそうしていて、離れた時、小春ちゃんは意地悪そうに笑顔でこう言った。


「霧矢くんの気持ちも伝わると良いねえ」


 一気に空気を和ませてくれた。

 察しの良さといい、包容力といい、そして切替の速さといい、小春ちゃんには敵わないなあと思う。


「んー、それはどうかなあ」


 笑顔で、そして自然とはにかみ、そう応えて、二人で笑い合ったのだった。


「まあでも、ハルちゃんも嫌いなら一緒には居ないだろうし、私の見立てだと好き寄りだよね、うん」


「そう見える?」


「見える見える、お似合いだよ~」


 どこがそう見えるんだろう。そんな気はさらさら無いはずなのに。

 まだ俺の心は男で、男と付き合う気なんてこれっぽっちも無いというのに。


 そんなやりとりを小春ちゃんと交わして、ちゃんと話も出来て、スッキリした気持ちで下着選びに戻ったのだった。

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