6.天使の服を買いに行く


 えーと。

 なんでこうなってる?俺なんかしたっけ?


 気付けば、またしても俺をお姫様抱っこして駆けている叢雨むらさめくんだった。

 別に逃げようとしてないし、変なそぶりは見せていない。はず。

 なのに小春こはるちゃんとのぞむくんと別れて少し歩いた後、突然抱き抱えられた。


 この後の展開は読める、読めるけどさ。

 なんでこうなったのかは知りたいんだけど。


 叢雨くんの家に、部屋に入った。

 いつもの様にベッドに投げ出され――ない!?


 俺を優しく、ベッドに腰掛ける様に下ろし、靴を脱がされた後、叢雨くんはその隣に密着する様に座った。


 え、何?何?いつもと違うとそれはそれで怖いんだけど。

 いつもならベッドに投げ出した後、自分の服を脱ぎ捨てて全裸になり、俺の服を脱がし始めるのだけど、どういう風の吹き回しだ、コレは。


 何が起こるかと戦々恐々としている俺に、耳元で囁いた。


「さっきの続きだ」


 そう言って俺の髪を一束手に取り、匂いを嗅いだ。


 さっきの続き、って?

 と考え、思い出した。

 

 そうだ。俺は4人でいる時に、こんなところではちょっと、と言って、コイツはそれに「じゃあ後でな」と返したのだ。

 俺はそういう意味じゃ無かったんだけど、叢雨くんに揚げ足を取られた形だった。

 そして、家なら良いだろう、とそういう考えになったんだろう。うん、分かった。


 そんな事を考えている間にもコイツは俺の髪を撫で、指ですいて、頭皮と髪の匂いを嗅ぎ、頬擦りをして愛でていた。

 撫でたり指ですくのは良い、頬擦りも百歩譲ろう、だけど頭皮ごと匂いの嗅ぐのは駄目だろ!!


「頭の匂い嗅ぐのやめてよ」


「良い匂いだ」


 しかし俺の言葉を気にした風もなく、俺の肩を抱き締めて頭を掴み、動けない様にした後、頭に顔を埋めて匂いを嗅ぎ続ける。

 正直だ、正直に言うと、俺も男の時は女子の髪の匂いは好きだし、同じ様に顔を埋めてみたいと思った事はある。だけど、される側としては、俺の感情としては、きっと匂うだろうし、そしてそれが何より恥ずかしい。


 しかし恥ずかしがる俺の反応もコイツには刺激になるようで、その反応を楽しむ様にさらに深呼吸し、わざと聞こえる様にすんすんと匂いを嗅ぐ。


 やめてくれ!!

 そう顔を真っ赤にしている俺を無視して、その愛撫する対象は変わっていった。


 次は耳だ。

 耳の外周に軽く舌を這わせる。


「ひゃっ!!」


 想定外の刺激に思わず声が出る。

 その声に気を良くしたのか耳たぶを咥え、甘噛みする。


「ん……んぅ……!!」


 吐息と感触がくすぐったく、気持ち悪く、だけど少しだけ気持ち良い様な、そんな感覚を受ける。


「美味い」


 一言だけそう言い、耳たぶを舌で転がし、吸った後、反対側の耳を責め立てる。


 両耳への攻勢が終わり、俺は興奮状態に陥っていた。

 しかしそれはコイツも同じだった様で、耳から口を離した後、一言。


「もう我慢できん」


◇◆◇


 その後、家まで叢雨くんに送ってもらう。

 そして晩御飯の時、お母さんに言われた。


「今日はいつもより遅かったわね、何かあった?」


 表情を見ると、少しニヤついている。

 ナニかがあったと思っているのだろう、多分本気で心配しているわけでは無いと思う。

 ナニかがあったのは最初からなんだけど。


「いや、今日は叢雨くんと友達4人で遊んでて、カフェでおしゃべりしてたら遅くなった」


「今日は?」


「そう言う意味じゃなくて!今日遅くなった理由だよ!」


「へ〜、ふ〜ん。ま、順調に友達出来てる様で安心したわ。叢雨くんには感謝しなくちゃね」


 実際、初登校日は最悪だった、お母さんも出かける前は心配してたし、そう言う意味では本当に良かった。あらためて感謝しとくか。

 まあ素直に感謝しにくいのが叢雨くんの問題点だけど。

 

「ご馳走様」


 両手を合わせ、そう言って食器を片付け、部屋に戻ろうとしたら。


「ちゃんと避妊はするのよ」


「ぶッ!!」


 思わず吹いた。

 反応してしまった、身に覚えあり、と言ってる様なものだ。


「あら、その反応――本当に気をつけなさいよ」


 やば、やってしまった。なんて返そう。

  1.分かってるって! → 避妊はしてそう?

  2.違うって!!  → 怪しい、お母さんがさらに心配する?

  3.とぼける  → 避妊してない可能性高い?


 俺は――スルーした。

 正確には、考えてる内にリビングを出てしまったのだった。

 今更戻って何か反応するのもなあ、と思ってそのまま部屋に戻った。

 一番最悪な反応だった気もするけどしょうがない。


◇◆◇


 そして土曜、今日は小春ちゃんと望くん、そしてアレの4人で遊びに出かける日だ。


 朝食を食べ終え、リビングでゆっくりしていると玄関のチャイムが鳴った。

 多分、アレこと叢雨くんが迎えに来たのだろう。


 さて出かけるか、と腰を上げて玄関に向かうと、そこには既に叢雨くんとおしゃべりしているお母さんの姿があった。


「今日は二人でどこか行くの?」


「いえ、今日は4人で遊びに行くんです。オレの友達とその彼女、ハルの女友達でもありますけど」


「え!?てことはダブルデート!?やるなあ叢雨くん。娘を頼むわね」


「はい、任せてください」


 そんなやりとりをしている。相変わらずうちのお母さんと話す時だけは流暢に喋るじゃないか。この猫被りめ。


「叢雨くん、お待たせ!早く行こ!」


 さっさとお母さんから引き離したくて、叢雨くんに余計な事言わせたくなくて急かす。


「少しぐらいゆっくりすれば良いのに」


 そんな事を言うお母さんをスルーし、早く出る様に叢雨くんの大きな身体を押す。


「それじゃあ、ハルをお預かりします」


「はい、行ってらっしゃい」


 そして玄関を出る時、お母さんが思い出した様に言った。


「そういえば叢雨くん、名前はなんていうの?」


霧矢きりやです」


「――え!?」


 バタン!

 お母さんが何か続けて言おうとしていたけど、気付かないまま玄関の扉を閉じて、家を出た。


◇◆◇


 待ち合わせ場所の駅前の広場で座って待つ、叢雨くんは俺の正面に立っていて、特におしゃべりするでもなく、ただ無言で待っていた。

 最初の頃は、無言だと気まずいなとか思っていたのだけど、慣れた今となっては今の穏やかな無言なら気まずさを感じる事も少なくなっていた。

 ただそこに在るのが自然に、そう感じつつあった。


 少しして、小春ちゃんと望くんが二人一緒にやって来た。


「お待たせ、って早いね二人とも、まだ待ち合わせ時間前なのに」


「霧矢はそういうやつなんだよ、約束の時間より早く来て待つ。そんな風には見えないけどね。お待たせハルちゃん」


「悪いか」


「良いって褒めてんだろ。素直に受け取っとけよ」


「二人も早いよ、まだ時間前だもん」


「そりゃあ私が目覚ましメッセと電話までしたからね。起きてもらわないと困る」


「いや、電話の前から起きてたから」


「え〜、起きたばっかの声だったよ〜?」


「いやいや、起きてたって、ね!ハルちゃん!!」


「え!?」


「急にハルちゃんに振るな!!それともまさかハルちゃんと一緒だったんじゃないでしょうね!?」


「そんなわけ無いだろ、冗談だって!!ね!?ハルちゃん?」


「ええ〜」


「だからハルちゃんを巻き込むな!霧矢くんもなんか言ってやって」


「ハルは俺のモノだ、望でもやらん」


「分かってるって霧矢、冗談だから」


 そんな、二人の漫才の様なやりとりに巻き込まれながらも楽しい時間を過ごした。


◇◆◇


「ところで望、ハルちゃんを見てどう思う?」


「そうだな、慣れてきてたけど、制服じゃないとやっぱ元男だなと思う」


「だよね、折角素材がめちゃくちゃ良いのに勿体無い!!」


「だな、こりゃあ予定変更だ。良いな霧矢?」


「ああ、元よりそのつもりだ」


「え?え?何が??」


 3人が何を言ってるのかわけも分からず、何かが決まった様だった。

 俺、なんかやっちゃいました??


「はい!というわけでハルちゃん、今から買い物に行こう!!ハルちゃんの服を買いに!!」


 小春ちゃんがパチンと両手を叩き、そう宣言した。


「え?ええ〜〜!?」


 突如として服を買いに行く事に決まった。

 しかもどうやら、俺の服を。


 今来ている服は中学の時に着てたTシャツとパンツだ。

 最近まで来ていた服はサイズが合わなくなっていて、寝巻きになっている。


 おしゃれをする気なんか無かったし、制服は慣れてきたけどやっぱり女性物の服を着るのは抵抗があった。

 だから別に俺の服なんか中学の時に来てたTシャツとかパンツで十分だよ。

 と思うのだけど。


 3人に囲まれて、特に小春ちゃんと叢雨くんの威圧を受けて、俺に拒否権は無かった。

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