5.この2人なら頼もしい
その日、体育があった日の翌日、小春ちゃんに誘われて4人で一緒に帰る事になった。
その4人とは、
折角の小春ちゃんのお誘いだ、断るわけにはいかない。碧空くんも、となればなおさらだ。
だけど正直、少し罪悪感があって悪い気がしている。
別にアレと付き合っているわけでもない、どちらかというと無理やり一緒に居させられているに近い。
なのにそういう関係と勘違いされて、違うとも言いにくいので合わせているだけだ。
うん、これはちゃんと言わない俺が悪い。
そして体育の時のような事があった手前、アレと一緒にいる事は女子たちから身を守る事になっていて、今更離れるのは危険なんじゃないかと思わせる。
なんというか、そもそもの原因がアレなのに離れるのが危険だから一緒にいなきゃいけないとか、これはマッチポンプというやつなのでは?
もしかしてアレ流のイジメか?イジメなのか?困ってる俺を見て実はニヤニヤしてるとか無いだろうな?
だって男の時は一切の関わりなんて無かったし、女になった俺をからかって楽しんでるだけ説があるかも知れない。
とはいえ、女になって自分の居場所を失くした俺に、まあ無理やりにではあるけども、アレが居場所を作ってくれたのは、感謝するべきなのかも知れない。事の始まりが始まりだけに素直に感謝出来ないところもあるけども。
「行くぞ」
アレこと、
「はいはい」
「はい、は一回だ」
おや?ふと懐かしさを感じるやり取り、そしてその声はなんだか嬉しそうに感じた。
見上げるといつもと違い、少しだけ微笑みを浮かべていた。
その表情を見て、心のどこかで心臓が跳ねた。
は、は~!?なんだコイツ~!?ギャップか!?やっぱりギャップこそが正義なのか!?
いつもの無愛想な無表情で鋭い目つきと違い、感情が現れたような嬉しそうな表情は、さわやかイケメンでも通じそうに感じた。
ちょっとドキッとしたじゃないか!男の俺でも!!
と思ったけど、そういや今は女だった。でも!!心は男だから!!
間違えるな!!あれはただのギャップで驚いただけだから!!
――普段無愛想無表情なイケメンがふと見せる笑顔は強力だと、身を持って知ることになるなんて。
◇◆◇
4人で一緒に帰ると言っても、最寄りの駅までの話で、その先は別れて帰る事になってしまう。
なので駅前にあるカフェで4人おしゃべりして過ごす事になった。
4人席にカップル同士隣り合わせて座る。
俺のほうはカップルじゃないけどな?
「ねえハルちゃん。ハルちゃんの髪って真っ直ぐでさらさらしてるよね。私は少し癖があるから羨ましい」
癖毛かあ、確かに手入れは面倒くさそうだと思う、俺はこの細くて素直な髪質のお陰で、櫛を入れるだけで殆ど手入れらしい手入れをしていない。髪の長さの割にはそこまで手間が掛かってないと思う。
だけど小春ちゃんの茶色の髪は少し波打っていて、そしてその髪の長さは俺と同じ背中まである。
俺から見るととても可愛く、男子なら後ろ姿だけでも気に入ってしまいそうなほどなのだけど。
「触っても良い?」
「うん、良いよ」
小春ちゃんに尋ねられ応える、小春ちゃんに触られるなら髪も嬉しいだろう。
応えると小春ちゃんは俺の髪先を手に取り、撫で、眺めていた。
どうやら俺の髪質を大層気に入ったようだった。
「俺は小春の髪好きだけどな、まあハルちゃんのも嫌いじゃ無いけど」
そうフォローを入れる彼氏である碧空くん、ちゃっかり俺へのフォローも併せて入れてるけど、俺のは別に良いんだけどね、流石の気配りというところか。
そして碧空くんは俺の事をさっきまで“
嫌だとも駄目とも言う理由がなく、良いよ、と答えたら、小春ちゃんは碧空くんに対し“ハルちゃん”と呼ぶ様に!と言い、それで碧空くんも俺の事を“ハルちゃん”と呼ぶ事になったのであった。
「オレはこっちだ」
そう言って叢雨くんは俺の髪を一束手に取り、手触りを確かめた後、匂いを嗅ぐ様に顔を近付けた。
「そりゃお前はそうだろうよ。でも女の子の髪を勝手に触るのはどうかと思うぜ、嫌われるぞ」
碧空くんが叢雨くんを指差し、注意する。
「あ、だ、大丈夫だよ。叢雨くんに触られるの慣れてるし、別に嫌だと思ってないし」
険悪な雰囲気になるのが嫌で、思わず叢雨くんの行動に擁護を入れてしまった。
まあ、慣れてるのも事実だし、髪を触られる事に対して特別な嫌悪感というものも感じない。
まだ女としての自覚が足りないという事なのだろう。まあ、そんな自覚を持つ気はないんだけど。
「それにハルは俺のモノだ」
叢雨くんはそう言い、俺を引き寄せ、抱き締め、そして俺の頭に口づけをしてきた。
う、流石にそれはちょっと嫌だ。
「駄目だよ〜、ハルちゃん。嫌な時は嫌だって言わないと」
顔に出てたのだろうか、小春ちゃんが心配して促してくれる。
そうだよね。と叢雨くんを押しのけるようにして注意する事にした。
「叢雨くん、こんなところでそこまでされるのはちょっと……」
特に他意は無かった。
こんな場所でそんな事をするな、というごく普通の意味で言ったのであって、違う場所なら良いと言う意味では無かった。
だけど言い方が悪かったのだろうか。叢雨くんは身体を放し、一言。
「じゃあ後でな」
そう言って頭をぽんぽんと優しく撫でた。
違う!そういう意味じゃ無い!!
「違っ――」
「お前らあんまり俺の前でイチャつくなよ。俺も我慢出来なくなるだろ」
碧空くんはそう言いながら、オーバーアクションで、大きく手を広げて小春ちゃんに襲いかかるような仕草を見せた。
小春ちゃんも碧空くんをまるで鎮めるかのように、碧空くんの両手を取り、手を合わせて包み込むように碧空くんの手を握った。
「そうだよハルちゃん、私たちもいるんだから、4人で楽しくおしゃべりしようよ」
反省した俺は叢雨くんを押し除けて、4人で楽しくおしゃべりしたのだった。
といっても俺が話を主導する事は無く、聞いたり質問する側に回っていて、そして叢雨くんは殆どの話題に一言二言しか喋らない。そんな感じだったのだけど。
そんな感じではあったのだけど、小春ちゃんと望くん、2人とはもっと仲良くなれた様な気がした。
呼び方については、主に小春ちゃんの要望で碧空くんの事は望くんと呼ぶ事になった。
そして今度の休み、4人で一緒に遊びに行こう、という事が決まった。俺としても休みには何の予定も無く、ポッカリ空いていてやりたい事も無かったので喜んで誘いに乗らせてもらうのだった。
2時間程度のおしゃべりが終わり、小春ちゃんと望くんと別れる。
バイバイと手を振ったら手を振り返してくれて、そんな他愛のない事が嬉しかった。
二人とも凄く良い人で、一緒にいて楽しいし、二人の仲の良さも凄く伝わって来た。
それに望くんが羨ましい、俺もあんな彼女がいたらなあ……なんて思うくらいだ。
まあ、今となっては彼女が欲しいという気持ちは何故か湧いて来ないのだけど。
というか、友達だな、うん、友達が欲しかったんだ、俺は。
女になって全てを失った俺にとって、小春ちゃんは初めての友達だ。
それがあんな良い人で良かった。
あえて気になる点があるとすれば……ちらりと横を見て、ハァとため息を吐く。
コイツの関係者じゃ無かったらもっと良かったのに。
そう思う反面、コイツのお陰でもあるか、とも思う。感謝するのも癪で、なんだかモヤモヤとしてしまうけど。
「良かったな」
ボソリと聞こえた。
ん?と顔を見上げると。
「友達出来て」
ああ、そう言う事ね。
なんだ、コイツもコイツなりに少しは考えてくれていた、と言う事だろうか。
少しだけ見直した、ほんのすこ〜しだけね。
「じゃあ帰ろうか」
そう叢雨くんに呼びかけると
「そうだな、そろそろ行くか」
と返事が返って来た。
ん?行く?どこへ?帰るんだよね?
その時の俺は、自分が不用意な発言をすっかり忘れていた。
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