4.あいつが大丈夫だと言うなら
~~~~~~~~~
――あの夢を見る。
明るい日差しの中、親友と楽しく遊んでいるところへ、両親に引き離された事で世界が曇り、さらに暗闇の雨で世界が真っ黒に染まる。
起きた時に全身汗まみれになり、最悪の目覚めをもたらす、いつもの悪夢だ。
――だけど今回はここで終わらなかった。
目を開けているのか閉じているかも分からない、真っ暗な、そして静寂の世界が続いた。
何も見えず、何も聞こえず、自分がそこにいるのかも定かではない。
全てが黒に塗り潰れされた世界で、首を振って辺りを見回す。
ちゃんと首を振れているか、周りを見れているかも分からないが。
すると遠くだろうか、明るい光点のような何かが見えた。
それは豆粒ほどの、気を抜けば見失ってしまいそうなほどの小さな光で、真っ暗なこの世界では、遥か遠くにあるのか、眼の前ほどに近くなのか、それすらも分からない。
だけど気付けば、その光に向かって駆け出していた。
光の粒を見逃さないよう、ひたすら駆け続ける。
そしてどれだけの時間を走り続けたのだろう。ただがむしゃらに走り続け、豆粒ほどの光が今ではそれが人だと判別出来るほどまでの距離に縮まっていた。
そこまで来れば、すぐそこだ。
更に走り続け、その存在と十数メートルの距離まで来た。
それには見覚えが有った。
それは、その存在は、身体から暖かい光を放つ、懐かしい親友の立像だった。
すぐに駆け寄ろうと手を伸ばし、オレは留まった。
真っ暗な世界では気付かなかった、だけど、今なら、親友の光がある今なら分かる。
オレの手は、足は、身体は、全てが黒に染まっていた。
黒い汚れを落とそうと身体を擦るが、一向に色は落ちない。
これは汚れなどではなかった。真っ黒なのは、オレ自身だったのだ。
自身の身体を見て、親友を見る。
――黒に染まったオレには、親友が眩しすぎた。
オレなんかが親友のそばにいてはダメだ。
だけど、親友に近づく事も、離れる勇気も無いオレは、その場に座り込み、暗闇の中で唯一光を放つ親友を眺め続ける事しか出来なかった。
――悪夢の続きもまた悪夢だった。本当に最悪な気分だ。
~~~~~~~~~
◇◆◇
いつの間にか、いや当然の帰結として休憩時間は
休憩毎に叢雨くんがわざわざ「ハル」と必ず声に出して呼ぶので仕方無く隣に行く、あくまで仕方無く、だ。
そうなると当然、女子に人気で、ガチ恋勢が何人もいる叢雨くん好きな女子からすれば面白くない。男子と一緒ならともかく、曲がりなりにも姿が女の俺が常にそばにいたら、気が気でないだろう。
俺にそういう気が有るか無いかは関係無い。
それに以前の叢雨くんは来るもの拒まずで、だけどどこまでもドライなその場限り、という割り切った関係という前提で、クラスでも複数の女子とそういう関係を持っていたらしい。
彼女らからすれば、そんな関係とはいえそれでも嬉しいらしく、以前なら何度か叢雨くんが声を掛けられている光景を見た事がある。女子の方は恥ずかしくも嬉しそうに声を掛けていたと思う。
ただ、
そういえば、俺が叢雨くんに呼ばれるようになってからは他の女子と話をしている様子を見た事がない。
だからといって複数人とそういう関係を持っていたのは誉められたものじゃないと思うけど。
つまり、叢雨くんに好意を持つ女子からすれば、叢雨くんから声を掛けられ、しかもそれに対しさして嬉しそうでも無い反応をしつつも、いつも一緒にいる俺は、相当に目障りで面白くない存在、という事だ。
しかもそいつ、つい最近まで男子だったというんだから、その存在たるや。元男に負けてるという事実は、俺ですら気持ちを察するくらいだ。
◇◆◇
その日は体育の授業があった。
うちの学校では男女別、クラス合同となっていて、A組と俺の所属するB組が一緒にやる事となっている。
俺の存在を面白くないと思っている女子たちは、迫害しようと考えていた。
しかし、彼女らの大好きな叢雨くんがその
となれば、だ。
男女別の体育は絶好のチャンス到来、となるわけで。
正直、いつも一部の女子から刺さるような視線を浴びている俺は体育の時間は覚悟していた。
空き教室での一人ぼっちでの着替えを終え、気合いを入れ、何とかやり過ごそうと決意し、体育館へと向かうのだった。
そういえば、余計な事にこの体育の授業の前に火に油を注いだやつがいた。叢雨くんだ。
着替えの為に空き教室へ向かう際、「一緒に着替えるか」なんて言うのだ。
流石に、と遠慮すると「見慣れてるだろ」と言いやがった。
その一言で色々察せて、教室全体がざわ……と、やっぱり……となったのは言うまでも無い。
その時の女子の視線はやばかった。
彼女らは叢雨くんに好意を持っていて、それでも、頑張っても、その場限りの関係で、おしゃべりするような関係にもなれない。
だけど、このぽっと出の女男は、叢雨くんから好意を持たれていて、そして関係まで持っているなんて、彼女らからすれば羨ましくて、妬ましい。
まあ、俺からすればアレは好意なのか?と思うけど。嫌われてはいない事だけが確実だ。
そんなわけで、今の彼女らの俺に対する感情はピークかも知れない。
全く叢雨くんは余計な事を言ったもんだ……。
そして体育館に着くと、俺が一番最後だった。
女子しか居ないその光景に少し緊張する。こう見えても俺の心はまだ男で、女子だけの空間なんて初めての事なんだ。
しかもだ、我らがB組の女子の面々は結構な人数が俺を睨みつけている。
女子のイジメは陰惨だって聞くし、何とかお手柔らかにお願いしたいところだ。
その後先生がやって来て、授業が始まった。
授業開始時に軽く俺の事をA組に紹介だけされて、俺もA組に対してよろしくお願いします。と挨拶した。
するとB組女子から、「男子と一緒に体育の授業とか受けたくないです」という声が。
先生はもう完全に女で男じゃないから、と説明するも納得する様子を見せないB組女子。
その声は段々と大きくなり、人数も増えていき、次第にA組も確かにそうだよね、とそれに賛同するような声が出始める。
そう来たか……と思った。
彼女たちが俺を排撃する方法は簡単だ、アレは男だから無理、と強弁すればいいのだ。それだけで他人を巻き込まずに俺だけを場から退場させて攻撃出来る。
そしてそれは彼女ら個人個人の感情に左右される、だから俺がいくら女だと言っても、感情的に、気分的に嫌だ、というのはどうしようも出来ない。
例えば俺が自身の女性の部分を見せて痴態を晒させた上で、でもなんかヤダ、と拒絶できる。理屈じゃないからだ。
――そのつもりかも知れないな。
大人なら表向きは差別は駄目、となるのだろうけど、ここは学校だ。そんなものの実態は無いに等しい。
想像していたより正面から、そしてこちらが抵抗しようの無いやり口に、こりゃ一人で特別授業みたいな事に出来れば御の字かな……と思っていると、予想外なところから擁護の声が上がった。
「私たちは気にしません。B組が嫌ならA組側でやりましょう」
思わずその声の方に顔を向けると、そこには見た事のある顔が合った。
声の主は
彼女は面倒見の良さそうな雰囲気を持ち、どうやらクラスカーストでは上位に位置するようだ。
「
俺の前まで来て、そういって手を差し伸べてくれた。
クラスの女子からは普段から露骨に接触を避けられていた、手が触れようものなら男子以上に汚いものに触れた、とでもいうように接触した場所を手で払ったり、ハンカチで拭いたりもされていた。
だけど和日さんは、そんな俺に手を差し伸べてくれた。握手を求めてくれた。
嬉しくて、だけど恐る恐る手を差し出すと、和日さんの方から握手をしてくれた。
「ありがとう」
思わず言葉が出た。
無意識に、頭で考えるより先に、自然と感情が溢れた。
そして、涙が溢れた。
「あ、あれ?ごめん、嬉しくて……」
「ううん、良いんだよ。辛いもんね、大丈夫。安心して」
和日さんはそう言って、俺を包むように優しく抱き締めてくれた。
そして、先生が拍手をしだして、A組の女子たちも拍手をしてくれた。
その光景は、B組の女子の面々も黙らざるを得ない空気を醸し出した。
この状況で、この空気で表立って気分的に嫌だと言うのは、逆に顰蹙を買う、そういう雰囲気を和日さんは作り出したのだった。
◇◆◇
授業が開始された。
念の為、俺はA組側に配置され、基本的に和日さんとペアになるように先生が配慮してくれた。
優しそうな、包容力のありそうな表情や仕草で落ち着いているのに、おしゃべりすると年相応な女の子の一面もある。そんな印象を受けた。そこのギャップが魅力なのかも知れない。
「髪留めは無いの?じゃあコレ使って」
長い黒髪をそのまま纏める事すらしていない俺に、和日さんは赤の髪留めゴムをくれた。
そっか、運動する時はこれで留めるのか、長い髪は邪魔になるからなあ。
そんな事も理解していない俺は、まだまだだなあ、と思いながら感謝して受け取るのだった。
長く黒い髪を束ねて、髪留めのゴムに通す。おお、これは確かに邪魔になりにくい。
それに首の後ろが涼しくなった気がする。
その後も和日さんとは何度も言葉を交わし、和日さんの人となりを知る事となった。
碧空くんの話通り、優しくて、包容力があり、良い人だ。
そして授業の最後の方ではすっかり仲良くなっていた。
「望から天晴ちゃんを助けてやってくれって頼まれててね。色々と話を聞いてたら可哀想だなって思えて。だけど実際に話して見て、良い子だって分かったから、もう私たちは友達だよ」
ああ、そういう事だったのか、碧空くんが和日さんに、こうなる事を見越してお願いしてくれてたんだ。
それには感謝しかないな。ありがとう、碧空くん。
「だから私の事は小春って呼んでね、私もハルちゃん、って呼ぶから」
「あ、じゃあ、小春さん」
「ダメダメ、小春さんじゃなくて、小春ちゃん、ね」
「じゃ、じゃあ、小春ちゃん」
「うん、よろしくね、ハルちゃん!」
コハルとハルでハルハルコンビだね、なんて冗談も言っていたけど、それも嬉しかった。
小春ちゃんは続けてこう言ったのだ。
「
すっごく嬉しかった。
まあ、俺は叢雨くんの彼女ではないんだけど。周りからはそう見えても仕方がないか。
そんなわけで、体育の授業は無事に、いや、女になって初めての友達が出来て凄く楽しく終わったのだった。
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