3.天使にも躾は必要だな
帰り道、突然思い出した。
いや、気付いたというべきか。
なんで
いつも一緒に帰っているから?
――違う、言葉を交わしたのすら昨日が初めてだ。
家が近くて同じ方向だから?
――確かにそうだけど、それが理由にはならないはずだ。
昨日みたいにナンパされるから?
――違うとも言い切れないけど、彼は俺を襲った張本人だ、そっちの方が危険なはずだ。
そうだよ、昨日この男に襲われたばっかりだ、なのになんで一緒に帰ってるんだ。また襲われるぞ。
幸いな事に今は手を繋いだりしてないので、走れば逃げられそうだ。
……いやいや、今の運動神経の悪い俺と、運動神経の良い叢雨くんではすぐに追いつかれてしまうのが関の山だ。
逃げるつもりなら、確実に逃げられる場所とタイミングが必要だ。
ちらりと叢雨くんを見ると視線に気付いたのか俺を見た。愛想笑いしたけれど、彼は表情筋をピクリとも動かさず、その鋭い眼光で俺を睨みつけ、無表情のままだ。怖い。
「どうした」
「な、なんでもない!」
咄嗟に応えた。
逃げるためには気取られてはいけない、何事もないように振る舞わなければ。
歩くペースを落とすと彼もペースを落とす、歩調を俺に合わせてくれている。
無表情で何も考えてなさそうな癖ににそういうところは配慮出来ている。
だけど今はその配慮が逃げるのに邪魔だ。
もういっそ、人混みの中で駆け出してみようか。身体の大きな彼は人混みで人を避けつつ素早く移動するのは苦手だろうし、俺は身体の小さいから人を避けて移動し易いと思う、であれば逃げやすさも増すだろうし。
よし、それで行こう。
人通りが多い場所に差し掛かり、人を避けながら歩くようになり始める。
この状態なら素早く逃げれば捕まえられないだろう。
人を避ける内に少しだけ、叢雨くんと距離が離れた。
――今だ!!
頃合いを見計らい、スカートをを翻して駆け出した。
人混みなら身体が小さい俺の方が有利なはずだ、このまま突き放してやる。
そう思い、人を避けながら全力で叢雨くんから逃げた。
「はっ、はっ…………はぁ、はぁ……」
どれくらい走っただろう、ここまで離せば良いだろうか。
人混みを抜け出し、離れた角を曲がった位置で立ち止まる。全力で走って呼吸が乱れている。
本当は家まで一目散に駆けたかったけど、自分の体力がそれを許さなかった。
というかこの身体、体力無さすぎ……男の時の半分以下しかないような気さえする。
とはいえ、大分突き放したはずだし、ここまでくればもう大丈夫だろう。
そう思って身体を起こして振り返ると、そこには叢雨くんが息一つ乱れず立っていて、俺を見下ろしていた。
やはり運動神経と体力の差か、俺が叢雨くんに勝てる部分はあるのだろうか。
「なぜ逃げた?」
その声には怒気が含まれていた。
目を見ると鋭い眼光が突き刺さり、怒っているような気がした。
「え、ええと……」
視線が明後日の方向を漂い、答えを探す。
襲われると思ったから、とはいえず、言葉に詰まった。
すると叢雨くんはため息をつき、こう言った。
「――“躾“が必要だな」
「へ?」
間抜けな声を上げた俺の意思など意に関せず、叢雨くんはまたしても俺をお姫様抱っこして自宅へと駆け出した。
◇◆◇
疲労困憊になっていた。
ただでさえ全力で走って体力が消耗しているところへ、叢雨くん曰く“躾”を連続で4回、激しく荒々しく、それでいて全身をじっくりたっぷりと、そしてきっちりと良くしてくれるサービス付き。
俺からすると4回どころじゃなかったんだけど。
そして"躾"をした当の本人は、満足したのかシャワーを浴びているところだ。あいつの体力はどうなってるんだ。
俺はというと叢雨くんのベッドの上で裸でうつ伏せになり、死んだように動かない。
余裕があれば今が逃げる絶好のチャンスなんだろうけど、その余裕が無い。体力が減りすぎて身体を休ませて回復しないと動くこともままならないくらいだ。
それに全身が汗やらなんやらの体液まみれで、逃げるより先にシャワーを浴びたい。……まだしばらく身体を動かせる気がしないけど。
ぐったりと横になり体力の回復に努めていると叢雨くんはシャワーからあがってきて、髪を乾かしながらこう言った。
「空いたぞ」
シャワーを浴びたいのは山々だけど……まだ休みたい。
俺は「んー」だか「あー」だか、もごもごとベッドにうつ伏せのまま適当に返事をして、動かなかった。
叢雨くんはぐったりとベッドに横たわる俺の隣に裸のまま座り、うつ伏せの俺をひっくり返し、手慰みかのように胸を弄び始めた。
「しようがないやつだ」
それ人の胸を揉みながら言う事かな?
男はみんなおっぱいが好きで、叢雨くんも例外では無かった。むしろ大好物のようで、ずっと触ってきていた。
気持ちは分かる、俺も男の時大好きだった。とはいえそれが自分の物となると話は別だ。
この巨乳のせいで重いし揺れるし、それにせっかくの巨乳でも自分のを触ってもイマイチ嬉しくない。
しかしそれに抵抗する気力も無いので、暫くそうやって彼の好きにさせて、自分は体力の回復を優先させていた。
しかしとうとう。
「“躾”がいるか?」
!?
叢雨くんを見ると自分だけが盛り上がっていた。
もう勘弁して!!こっちは今そんな気分じゃない!っていうか、そんな気分とか元から無いから!!ずっと無理やりだからな!!
しかし、そんな言葉を聞いたら襲われる前に身体を動かさないわけには行かない。
「いやいい!大丈夫!!」
そう応えて、叢雨くんの手を払い、のろのろと身体を起こしてシャワーを浴びた。
シャワーから出ると、流石に叢雨くんは着替えていて、いつでも出掛けられるように準備していた。
こいつ……また家まで付いてくる気だな……。
正直嫌だなと思うけど、切り替える事にした。
特に何かされるわけじゃないし、いや既にされた後なんだけど、日が落ちて暗くなってる中、叢雨くんが一緒なら独り歩きよりは遥かに安全だ、いや一番危険な人物が一緒にいて安全とは、何を言ってるのだろうとは思うけど。そう思う事にした。
そして家まで送ってもらったら、偶然にもお母さんも帰ってきてたタイミングで、玄関でバッタリと会うのだった。
「おかえり〜。あらいらっしゃい、叢雨くん……だっけ?ハルが迷惑かけてない?」
「大丈夫です、迷惑なんてとんでもない。こちらこそお世話になってます」
「良かった。これからもよろしくね」
「はい」
相変わらず俺そっちのけで会話する二人。
でも、なんとなくだけど、懐かしいような気分になる。中学生くらいの頃によくこんな光景を見たような気がする。なんだか、似てる?
――ってあれは親友のキリだ。叢雨くんじゃあない。
キリが俺にあんな事するわけないし、こんなのと一緒にしちゃキリに失礼だろ。
◇◆◇
翌日の朝も、叢雨くんが迎えに来た。
「もしかして毎日?」
「逃げるからな」
ちょっとまって、おかしいよね?
友達でもなんでもなく、こちらはただ襲われただけで、更にそれまでは言葉も交わした事のないただのクラスメイトなんですけど。
なんでそんな関係で毎日当たり前のように迎えに来る事になるんだよ。
しかも逃げる……って、当たり前じゃん!!
「あ、おはよう叢雨くん、今日も良い天気ね。それじゃハルをよろしくね」
「任せて下さい」
そんな事になってるとは露知らずなうちのお母さんは、叢雨くんの事を親切にも送り迎えしてくれる騎士とでも思っているのか、嬉しそうに話し出す。
お母さん!こいつは騎士どころか、息子……じゃなかった、娘の貞操を奪った略奪者だよ!とんでもないやつだよこいつは!
しかも叢雨くんはお母さんの前では良い子ぶって、普段とは別人のようにちゃんと話をしていて、いつもの口数の少なさはなんだったのかと思うほどだ。猫被りやがって。
俺に出来る事といえば、今すぐにでもお母さんから引き離す事だ。
「ほら!早く行こ!」
そう言ってお母さんと叢雨くんの間に割って入り、彼を家の外に押し出した。
「あらあら、叢雨くんを盗ったりしないから、安心してハルちゃん」
「そんなんじゃないから!!」
「それじゃおばさん、ちゃんと帰りも家まで送りますから」
「うん、お願いね。ハルちゃん!いってらっしゃい!」
あ、こいつ要らん事を!
言質を取ったつもりか!
しかもなんかお母さんに勘違いされた様な気がする!
――このやりとりにより、学校への送り迎えは叢雨くんが付いてくれる、という事がお母さんの中で決まってしまった。
さらに間違った事に、俺が叢雨くんに好意を持ってる、という認識となったのだった。
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