2.オレの天使の居場所を作る
朝日が目に入り、眩しくて目を覚ます。
身体を起こし頭をかく。
あ~学校行きたくない。朝から憂鬱だ。――まあでも、行くしかないかあ。
顔を洗って、スキンケアして、長い黒髪に櫛を入れ整える。背中まである長い髪はこの程度の手入れでも面倒臭い。
そして制服に着替えながら彼の事を考える……
奇しくも親友だったキリと同じ名だ。
キリは親友で、名前は"
そして性格も全然違う。もっと優しいし、もっと明るかった。それに一緒にいて楽しかった。
……イケメン具合は叢雨くんのほうが上かもしれないけど、キリも素材は良かったはずだ。うん。
キリとは中学2年の春休み、3年に進級するタイミングでキリが引っ越す事になって、それ以来会ってない。
メッセなんかのやりとりも3ヶ月程度続いたけどいつの間にか返事も無くなり、既読も付かなくなってしまい、本当にそれっきりだ。
まあきっと新しい環境でも色々忙しいんだろう、高校進学なんかもあるし、仕方がない。そう思って納得する事にした。少し寂しくはあったけどさ。
俺は今でも親友だと思ってるし、機会があればまた会いたいと思う。
まあ実際に見かけたとしても、こんな姿になっちゃったから声を掛ける事はためらうかも知れないけどね。
さて、朝食も済ませた事だし、嫌だけど学校行かなきゃな。ああ、足が重い。
そう思った瞬間、玄関のチャイムが鳴った。
誰だよこんな朝っぱらから、なんて思いつつ出掛けついでに玄関の扉を開けると、そこには叢雨くんが立っていた。
予想外の事に固まる俺。
何でここに?何しに来た?と思っていると。
「おはよう、迎えに来てやった」
迎えって……要らないお世話なんだけど!?
「来てやった」て、そんな事頼んでないし。むしろ来なくていいし!!
そんな事を思っているとお母さんがリビングから出てきて言うのだ。
「あらあら、お友達?わざわざありがとね~。あらイケメンじゃない?昨日の今日でもうなんてハルちゃんも隅に置けないわね。 ――あれ?……君もしかして――」
「違うから!叢雨くんとはそういう仲じゃないから!」
お母さんが勘違いをしてそうだったので素早く否定した。
そんな仲なわけがない!今後もそんな予定は無い!!
「あ、叢雨くんっていうのね?勘違いするところだったわ。それじゃあハルちゃんをお願いします」
全く分かってない!!お願いしなくていい!!
そんなんじゃないから!!
「おはようございます。――ハルはお母さん似ですね」
「あら本当?お世辞が上手ね、でも嬉しいわ」
「いえお世辞じゃなく本当に、二人ともとても美人だ」
「あらあら、褒め上手ね~、叢雨くんもイケメンよ」
何だコレ!?
俺そっちのけでなんか二人が仲良くなってる気がする!
外堀を埋めようとでも言うのか?コレは良くない。早くこの場を去らないと!!
「叢雨くん!早く行こう!早く早く!」
そう言って叢雨くんを押し出し、やっと家を出たのだった。
◇◆◇
「行くぞ」
家を出るなり、さっきまでのお母さんとの会話は何だったのか、ぶっきらぼうに言い放ち、俺を促した。
「な、なんで迎えに来たの?」
恐る恐る尋ねる。
心の中ではなんで迎えに来た!と思っていても、彼には敵わない事が分かっているので強気には出られなかった。
そもそも昨日まで会話をした事すらないのだ。
「――ハルはオレのモノだからだ」
叢雨くんは少しだけ逡巡し、そう応えた。
こいつ!!
本気で言ってるのか!?
確かに昨日そう言ってたけど、だからって家まで迎えに来るか!?
それに俺はそんなの認めてない!!
「そ、そんなの勝手に決めな……決めるなよ!俺は誰のモノでもない!」
少しだけ強気を出して抵抗した。
だけど叢雨くんは意にも介さず返してくる。
「駄目だ、もうハルはオレのモノだ。オレだけのモノだ」
そう言って俺を抱き締め、唇を奪われた。
突然の事に軽いパニックになる、まさか白昼堂々とキスされるなんて思わない。
俺を逃すまいとする叢雨くんの抱きしめる力は強く、少し苦しいと感じる。だけどそれよりも唇の感触が、唇への愛撫が、少しの酸素不足が、正常な思考を奪い、なんだか心地良いような気分になってくる。
少しの後、叢雨くんが唇を離すと、お互いの口の間に糸を引いていた。
その直後、俺は酸素を求めて大きく息を吸い込み、荒々しく呼吸を繰り返す。
「分かったか」
呼吸が乱れている俺と違い、叢雨くんは平然とし、上から圧をかけるように言い放った。
いや分かんない!!分かんないよ!!
そうは思っても今の状態で言い返したところでまた口を塞がれるだけだ。
せめてもの抵抗にと、首を大きく横に振った。
「――まあ良い」
そう言って俺の手を取り、歩き始めた。
唇を拭い、嫌々ながらも歩き始めると、驚いた事に俺の歩幅に合わせて歩いてくれた。
勝手なイメージだけど、その言動からグイグイと俺のペースを無視して歩き、遅いぞ!とでも言われると思っていたから、それは意外な事だと感じた。
優しさ……?
――いやいやいや!!騙されるな!!これはDV男の手口だ!
暴力を振るってから優しくするとそのギャップで勘違いするやつだ!!騙されないぞ!!
駅で定期を出したりで両手を使う時以外は、まるで逃さないとでも言うようにずっと手を繋がれていた。
電車では壁際で俺を混雑した状況から守るように立ちはだかってたけど、これも罠だ。騙されるな。
そして、そのままお互い一切の会話をせず、無言のまま学校へと着いた。
◇◆◇
教室の扉が近づき、緊張する。心なしか手が震えているような気さえする。
昨日のように腫れ物を触れるような目で見られ、扱われるのかと思うと身体がこわばる。
そして教室に入る時、叢雨くんはボソリとこぼした。
「安心しろ」
え?と思う間も無く、叢雨くんは俺の肩に腕を回して引き寄せ、まるで自分の女だとアピールするようにして、教室の扉を開けた。
「叢雨くん、おは――」
扉近くにいた女子が叢雨くんに声を掛けようとして言葉に詰まる。
叢雨くんと俺を交互に見て、信じられないような光景を見た、と言う表情に変わった。
叢雨くんに好意を抱いていると思われる一部の女子も同様に叢雨くんと俺を交互に見て、目を見張り、次に俺を睨みつけるのだった。
うう、女子の視線が痛い、怖い。
なんで見せつけるような事するんだよ〜、と思う。
しかし叢雨くんはそんな視線を気にした風も無く、俺を抱き寄せたまま自分の席に荷物を置き、教室後方のいつもの場所に陣取った。
「よう霧矢!今日はまさかの”あっぱれ”と一緒とはね。来るもの拒まずすぎだろ」
天パが入ったくるくる茶髪の、見た目も口調も軽い、ある意味叢雨くんと会わなそうな見た目と性格、だけどなぜか波長が合うらしく、いつも一緒の二人、名コンビの片割れ、碧空
いつもの調子で、軽い口調で、茶化してきた。
ちなみにあっぱれとは俺の名字が天晴なのでついたあだ名だ。
普段の叢雨くんならそんな言葉も軽く受け流す程度のそのやりとりは、今日は勝手が違った。
「ハルはオレの女だ、もう茶化すなよ」
言葉の芯がある、冗談ではない、と分かる口調と質を備えていた。
「マジかよ……分かった!もう言わない。機嫌なおせよ〜」
碧空くんは驚きの表情の後、あっさりと納得し叢雨くんの首に腕を回し、じゃれついた。
1年からの付き合いであり、仲の良い彼はいつものと違う本気さを感じ取ったのだろう。
「離せ」
叢雨くんはいかにもウザそうに碧空くんの腕を払いのける。
だけどその表情は先ほどのものとは違い、少しの柔らかさが含まれていて、じゃれあいの一つだと理解できた。
その後も叢雨くんと碧空くんを中心に何人かの男子に囲まれ、誰も俺の事を茶化すような事はせず、ホームルームまでの時間を過ごすのだった。
叢雨くんはその間ずっと俺の肩に腕を回したまま抱き寄せていて、おかげで男子よりも遠巻きに見ている女子の視線の方が怖かった。
その日、全ての休憩時間は叢雨くんたちと過ごした。
それは休憩時間になると「ハル」と叢雨くんに呼ばれるからだ。無視や躊躇していると、大きな声で「ハル!」と呼ばれ、クラス中から視線を浴び、他に行く宛も無い俺は叢雨くんの元へと行くしかないからだった。
お昼の時間も休憩時間と同様に叢雨くんに呼ばれ、自分の弁当があるにもかかわらずお昼ご飯の買い出しにお弁当を持ってついて行く事になって、そのまま叢雨くんたちと食べた。
結局学校にいる間はずっと叢雨くんと一緒だったような気がする。
一緒とは言っても、少しだけ碧空くんと話した程度でそれ以外は殆ど会話らしい会話も無く、話しかけも話しかけられもせず、ただ叢雨くんの隣にいるだけだったけど。
だってしょうがないじゃないか、今までまともにおしゃべりもした事ないようなクラスカースト上位の男子ばかりで、俺は自分の異物感を感じずにはいられなかったのだから。
そんな感じで学校が終わり、帰宅の時間。
すぐ「ハル」と呼ばれ、振り返ると「帰るぞ」とだけ、帰り支度を始めるのだった。
「じゃあな、霧矢」
碧空くんは隣のクラスの女子で碧空くんの彼女、
バイバイ、と叢雨くんに手を振り、二人手を繋いで教室を出て行った。
「おう」
叢雨くんの返事はそっけないものだ、だけどいつもそれくらいだったような気がする。
碧空くんの彼女、和日さんは面倒見の良いお姉さん、という雰囲気を持っていて、碧空くんはよく面倒を見られていた。人の面倒を見るのが好きなのかもしれない。
そういえば教室を出る時、和日さんは俺をじっと見ていたような気がした。他の女子から感じる刺すような鋭い視線じゃなかった。
そんな事を考えながら帰り支度をしていると
「遅い」
頭上から声が聞こえ、顔を上げるとそこには叢雨くんが帰り支度を済ませて、俺の席の隣に立っていた。
「あ、ごめん」
急いで支度を済ませて席を立ち、叢雨くんと一緒に学校を出た。
学校に行く時に感じていた不安は、叢雨くんのおかげで杞憂に終わった。
思えば、教室に入る時に言った「安心しろ」とはそういう意味だったのだろうか。だとすれば少し見直すんだけど。
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