第二話

 どこへ行くのか、幽霊も少女も分かってはいなかった。ただ幽霊は少女についていき、少女は夏を追いかけていた。その終着点はどちらも不明であった。

 二十分ほど待って、電車がやってくる。三両編成であった。緑色のロングシートには誰も座っておらず(もちろん幽霊も)、冷房の効いている涼しい空間が広がっていただけであった。少女は適当な席に座り、ぼんやり夏の風景を見た。色彩がはっきりとした、小学生が何も考えず色づけたみたいな攻撃的な景色。もう高校生になってしまった少女には、死んでしまった幽霊にはもう描けない景色であった。それに感傷的になるわけではなく、それに嫌悪感を抱くわけでもなく、ただそれが過ぎ去って往くのを待っていた。その、薄ぼんやりとした視界になるのは季節が変わってしまってからであるということは少女には分かっていたけれど、それには気がつかない振りをした。見て見ぬ振りも子供にしか出来ない行動で自分の求めている物に違いないからであった。

 少女が部活動を無断欠席した理由は酷く単純で、行くのが面倒くさかったから、という一言に収束する。それに深い意味は存在せず、冬の日の寝起きのような倦怠感を纏って、てくてく逃げたというだけである。面倒くさくて、それに何か別の意味を持たせることもせず、堕落した逃避を始め、数十分。そこに夏があったという理由で、より夏を求めた。夏を、特に幼少期に感じていた夏の儚さ、夏の美しさ、夏らしさ。それを求めていた。いつから春の方が儚いなんて思っていたのだろう。いつから冬の方が美しいと思っていたのだろう。いつから夏以外に季節を感じ、それをらしい、という曖昧な言葉にとじこめたのか。少女はもう覚えていない。ただ、少女の感性のなかでは、いや、人間の多くの感性の中では、皆、夏を求めているというだけである。皆、一度として有意義で意味のある、正解の夏を感じた事がない。そのため、多くの人間が凝縮された夏を探していた。それが色恋というものや何かに熱中するなどというものではないということはとうの昔から分かっていたはずなのだ。それを理解せず、阿呆のまま生きていた結果、多くの人間が一度として正解の夏を過ごしてはいないのだ。

 少女はただ、夏を見たかったのだ。昔に全身に感じた夏らしさを、子供らしさを感じ、もう一度見たかったのだ。幽霊はその同伴者というだけで、それに深い意味はこれからも生まれないだろう。幽霊は咲いただけの透明な花である。それにたいした意味はない。

 ロングシートからの景色を眺め、少女は時間を潰す。幽霊はそんな少女を見て時間を潰す。けれど幽霊に関しては時間を潰すという感覚は消えているため、ただ見ているという事になる。ただの行動であって、それに意味は無い(けれど、人間ならば暇を潰すべきで或。人間ならばその行為をするべきで或。それをしないということは恥である。恥ぢるべきで或)。

 薄伸びた雲が流れ往き、それが電車のせいなのかそれとも風のせいなのかと少女が考えていると電車が止まった。あと一駅で終点である。それでも雲は流れている。きっと風のせいであった。少女はそれにすこし残念に思えた。

 電車がまた止まった。こんどは終点であった。

 少女は仕方なく立ち、幽霊はそれについていく。車窓の向こうからほのかに潮の香りがした。夏であった。

 海が近い町である。少女らがここへ着いたのは偶然であった。ただ、偶然の連なりになにか特別性を持たせるのならば、それは奇跡とでも呼ばれるべき代物であろう。

 また、ICカードがないた。残高が表示される。往復分の金はなかった。

「さて、行こう」

 意味なく言って、それが幽霊に届いたのかどうかすら確認せず、幽霊のぼやけた輪郭を見て少女は笑った。もちろん、幽霊には少女が一体何を話していたのか理解さえできていなかったわけである。ただの独り言として消化されてしまうのである。

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