第8話 焼死体の検屍 その3

次の日、朝事務所には気まずい雰囲気が流れていた。

事務作業は行っているものの、静と美月の間にはほとんど会話がなく、二人とも作業にも身が入っていなかった。

そんな二人とは対照的に外は騒がしかった。

朝から火事があったようだ。

事務所からそれほど離れていないところが現場とあって、あわただしく人が往来している。

幸い影響が出る程の距離でもなく、業務は通常通りだった。

自分の机が粉砕された美月は宋慈の机で作業をしている。

そのため、静との間には昨日よりも距離があった。

物理的な距離以上に精神的にも距離が開いていた。

あきらかに昨日のことを引きずっている。

そんな空気を読むつもりもなく、にこやかに宋慈が入ってきた。


「やぁやぁ、おはよう諸君」


美月も静もほとんど反応を示さなかった。


「ところで、僕の席はどこに行ったんだい」


「遅刻してきたやつの席はない」


ため息交じりに美月が返す。


「手厳しいね」


そういうと宋慈は床に座り書類を広げ始めた。

しばらくの間沈黙の作業時間が続いた。

耐えかねたのか静が立ち上がった。

できるだけ物音を立てないように。

その時勢いよく入口の扉が開け放たれた。

静が思わず声を上げる。

息を切らし扉の前に立つ男に視線が注がれる。


「か……火事です」


男は何とか声を絞り出したが、部屋の中にはなんともいえない空気が流れた。

男が言う火事は朝から騒ぎになっているものだろう。


「あ、あの……。うちは火消しではないのですが」


静が申し訳なさそうにそう言った。


「す、すみません。火は何とか消し止められたのですが、死体が出ました」


ようやく呼吸が落ち着いてきた男の言葉は空気を変えるものではなかった。


「それもうちの仕事ではないと思うが……」


今度は美月が答えた。

火事の現場から死体が出ることは珍しくないが、通常それを処理するのも美月たちの部署ではない。

通常は。


「それが、どうやら放火の可能性がありまして……」


部屋の空気が一変した。

宋慈は手に持っていた書類を床に置き立ち上がった。

放火、つまり見つかった死体は焼き殺された可能性がある。

その場合は検屍が必要になるため、宋慈たちの出番だということだ。


「なぜ放火だと疑われているだい」


「現在火は消し止められているのですが、その現場を調べたところ、油を使って火をつけた痕跡がありました」


「死体の数と性別は」


「女性が1名です」


宋慈は顎に手を当てて、ふむと呼吸をひとつついた


「さて諸君、仕事の時間だ」


振り返った宋慈はにこやかにそう言った。

美月はその言葉で立ち上がった。


「あ、あの……、他には情報はいらないのでしょうか」


男がそういうと、宋慈は向き直った。


「もちろん情報はもらうけど、現場に行けばわかることもたくさんあるから、ここで話してても時間の無駄だ。例えば現場の場所とかね」


宋慈に促され、事情を伝えに来た男を先頭に現場へと向かった。


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