第4話 蠅が犯人を教える その4

「犯人が……、わかっただと」


細い男はわなわなと震えながら言った。


「え、むしろわからないの。こんなにあからさまなのに」


宋慈は道端に並べて座らされた男たちの方を向いた。

男たちの前にはおよそ7,80本もの鎌が並べられている。

宋慈が延に指示して、平と関わりのあった農民の男を片っ端から集めさせたのだ。


「馬鹿なことをいうな。誰の話も聞いていないのに犯人などわかるわけが」


「そういうところが無能なんじゃない」


「てめぇ、口の利き方に……」


用心棒の男が腕を抑えながらも凄む。


「貴様は黙っていろ。もう一本の腕も使い物にならなくするぞ」


美月が歯を見せながら低い声でいう。

用心棒の男は威嚇された小動物のようにすぐさま大人しくなり、すごすごと下がっていった。


「そこまで言うなら、今ここで犯人を見つけ出してもらおうじゃないか。中央の検屍官様は誰の話を聞かずとも犯人がわかる奇跡の力をお持ちのようだ」


ここで、一つ美月が勘違いしていたことが解決した。

宋慈はこういった事件を解決する役職についていると思っていたが、検屍官だったのだ。

つまり、彼の仕事に犯人捜しは入っていない。

なぜ彼はここまでするのだろうか。

そもそも、中央から来た検屍官ということは、この辺りは彼の管轄ではない。

この細い男が検屍官なのか、事件を捜査する役職なのかわからないが、こんなに宋慈に突っかかるのは、自分の仕事を取られたからだろう。

自分の無能を中央に報告されでもしたら仕事を失いかねない。

さらに地方役人となれば、中央の役人に対していい印象を持っていなくても不思議ではない。


「奇跡の力なんてないさ。当たり前のことだよ」


宋慈は並んで座っている男たちの中の一人の男の前に立った。

そして、その男を指さしてひと言こういった。


「この男が犯人だ」


指を刺された男は目を見開き、宋慈の顔を見つめる。

集まった聴衆がざわついた。

男の表情は、まさかバレたのかという驚きの表情にも見えるし、こいつ何を言っているんだという驚愕の顔にも見て取れた。


「お、お役人様。俺が犯人っていったい何の話ですか。そもそも何を根拠に……」


「黙れ。お前の話を聞くのは俺じゃない。まったく。これだから生きた人間は……」


吐き捨てるように宋慈がいう。

そして彼はその男の前にしゃがみこみ、地面に置かれた一本の鎌を指さした。

他の男たちが持ってきた斧と同じように、もしくはそれ以上に砂にまみれ、使い古されている。


「これが証拠だ」


宋慈のその言葉に、細い男、美月、並べられた男たち、集まった野次馬たちがこぞって彼の指先をのぞき込もうとした。

しかし、彼の意図を理解できたものは誰一人としていなかった。


「なんだというのだ一体。どこにでもある使い古された農民の鎌ではないか」


細い男はその鎌を拾い上げようとしたが、それを宋慈が制した。


「よくみてごらんよ。これだけの鎌を集めて蠅がたかっているのはこの鎌だけなんだよ」


その言葉の通り、宋慈が指さした鎌には蠅が3匹ほどたかっていた。そして、他の鎌には一切蠅がたかっていない。

美月は平の死体を思い出した。

夏の暑さのせいで、彼女たちが見に行った時にはすでに蠅が飛んでいた。

砂にまいれているが、平を殺したときについた血肉が蠅を呼び寄せたのだろう。

鎌の持ち主の男の顔が青ざめたのが見えた。

美月にはその顔の変化は見慣れたものだった。

恐怖だ。

自分はもう助からない。

このまま殺されてしまうのだと悟った敵兵の顔。

忘れるはずもない。

それに対しいて無慈悲にも死を与え続けたのだから。

ここでもその役回りが回ってくるとは思ってもみなかったが。


「貴様、名は甲だな」


美月はその男を見下ろしながら言った。

梅梅の話を聞いた時の違和感。

人がよく、皆から慕われているという人物像の中での異物。

唯一平に恨みを持っていてもおかしくはない男の名を美月は口にした。

男は今度は両手をついて地面を見た。

暑さのせいなのか判断できないが、地面に汗がしたたる。

男は答えなかったので、美月は梅梅を見た。


「その男が甲です」


信じられないといった具合に目を見開き、口に手を当てた梅梅がそう答える。


「さて、この町のお役人さん。自白はしていないが、こいつが第一容疑者だ。連れて行ってくれ。さぁ、見世物は終わりだ。皆解散するように」


宋慈が追い払うように手を振ると、集められた男たちと野次馬は好奇の目で甲を見ながら散っていった。

確かに自白していなかったが、それを引き出すのは検屍官である宋慈の仕事ではない。

甲は細い男と用心棒に連れられて行った。


「なぜ、甲さんが……」


梅梅は立ち尽くしながらそうつぶやいた。

宋慈はまるで興味がないようにその場を後にする。

かける言葉が見つからなかった美月も宋慈に続いた。

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