第3話 蠅が犯人を教える その3

 美月はとある農家のこじんまりとした家の中にいた。彼女の前では小柄で小太りの女性がすすり泣いている。少し前までは話ができないくらい泣きじゃくっており、とても話を聞ける状態ではなかった。ようやく名前が梅梅メイメイであり、殺された男、平の妻であることを聞き出したところだった。


 梅梅は謝りながら涙をぬぐい鼻をすする。その様子を見下ろしながら、軽い口調で「妻の話を聞いてきて」と言い放った提刑官の宋慈を、美月は恨めしく思った。妻のことを教えてくれた延が苦笑いをしただけで助け舟を出してくれなかったことも腹立たしい。


 梅梅は美月が黙って待ってくれていると思っているようだが、実際はそうではなかった。正直言ってなんと声をかけていいかわからなかったのだ。戦死した仲間の家族に亡骸を届けたことはある。しかし、その時に泣き崩れる家族にかける言葉は決まっていた。


「必ずや、敵国・金の兵士を撃ち滅ぼし、敵をとります」


 燃え盛る怒りと悔しさを押し殺し、そういうしかない。しかし、自国の民に自国の民が殺された場合、なんといえばいいのだろうか。文官の仕事に関わるのは初めてだ。言葉が見つからない美月は、うなだれ泣きじゃくる被害者の妻の様子をただ見ていることしかできなかった。


「旦那さんに恨みを持っている人に心当たりはありませんか」


 梅梅が落ち着いてきたタイミングを見計らい美月は切り出した。


「夫は恨まれるような人では断じてありませんでした」


 梅梅はそう絞り出した後、平の生前を思い出したのか、うっと嗚咽をもらし口に手を当てた。この様子では話が一向に進まないのではないかと気が重くなる。


 その後何とか情報を引き出すことができた。自分の旦那ということで色眼鏡を通した意見であるとは思うが、どうやら平は本当に恨みを日常的に買うような人間ではなかったようだ。人当たり、面倒見がよく、周りの人間から頼りにされ、慕われていた。夫婦仲も良好で、不貞も(おそらく)なく、喧嘩は時々するが殺したいと思ったことはない。


 簡単にまとめると梅梅からの情報はこんな感じだが、これを聞き出すのにずいぶんと時間がかかった。そして、気になる情報があった。数日前に甲という男が金を借りに来たというのだ。しかし、平が提示した返済の条件を甲が飲むことができなかったため、結局金を貸すことはなかったそうだ。梅梅がいうにはもめた様子はなかったと。金銭トラブルならば、殺しの理由にはなるかもしれないが、梅梅の話しぶりからするとそれが原因とは思えない。


 梅梅から得られる情報に限界を感じ外に出ようとしたとき、表が騒がしいことに気が付いた。怒声が聞こえる。


 何事かと外に出てみると、道に一列に座らされた男たちと、その前に並べられた農作業用の鎌かま。それを囲むように集まった野次馬。ひと際目を引くのは体格の良い男に胸倉をつかまれている宋慈と、それをふんぞり返ってにらみつける細い男と、おろおろと眺める延。


 遅れて出てきた梅梅が息をのむ音が美月の後ろで聞こえた。


 美月たちに気づいた宋慈が手を振る。


「小月、いいところに来た。とりあえず、これ何とかしてくれない」


 宋慈は自分の胸倉をつかむ手を指さして言った。


 この男、正規の宋軍の兵士ではなさそうだ。美月はやれやれといった感じで体格のいい男に歩み寄る。


「女はすっこんでな」


 今までに何度も投げかけられた言葉だ。宋慈との間に割って入るように男の目の前に立つ。男は一瞬たじろいだ。無理もない。美月の方が若干背が高かったのだ。


 この男、恵まれた体格をいいことに、今までさんざん暴力をまき散らしてきたのだろう。我が国の兵士に見られる覚悟を決めた眼光ではない。薄汚い略奪者の目だ。


 美月が宋慈の胸倉をつかむ男の手首を左手で握る。男が言葉を発するよりも先に、敵の体を突き刺すために槍を握りこむように思い切り力を入れた。男の情けない悲鳴とともに、腕の骨が砕ける音が聞こえた。


 恵まれた力を北狄からの防衛に使わず、あまつさえ自国の民に手を上げるのだ。これくらいでは安いくらいだと思いながら手を放す。


「貴様、提刑官殿に手を上げ、このようなことをしてただで済むと……」


「うるさいなぁ。ろくに検屍もできないくせに」


「なんだと。お前などに頼らなくても、州府の役人を呼んで今から勘験かんけんを始めるところだ!」


「それが無能なんだよ。もう殺人犯はわかった」


 用心棒をいとも簡単にねじ伏せられ、慌てたように話し始めた細い男は、ことごとく言葉を遮られ、すぐに顔を真っ赤にして憤慨した様子だったが、驚きの発言を聞き、眼を見開いた。


 美月も思わず宋慈の方を振り返った。彼はやれやれといった様子で、血のついた官服を正していた。

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