第8話

結局、私は先輩の話を聞かずに駆け出した。


「うっ、」


また、誰かとぶつかってしまった。


朝陽先輩だったりするんだろうか、


「せんぱ…じゃなくて、遥希君…?」


「心桜ちゃん?」


やっぱりそんな偶然起きたりしないか。


「前見てなくて、ごめん、ぶつかっちゃった」


「大丈夫だけど…心桜ちゃんこそ大丈夫?思い切りぶつかったんじゃない?どこか打ったり…」


「あ、いや、私は大丈夫、」


そういえば、同じクラスなのに遥希君とそんなに話したことなかったな。


「ならいいけど、、何かあった?」


「え?」


どうして分かったんだろう、


「目、赤いから」


「あぁ、えっと、何でもない」


さっきは泣きそうになった。


だけど、悔しくて泣かなかった。

泣いた方が負けみたいで、必死に我慢した。


先輩は今頃、沙紀先輩のところだろうか。


「何でもなくないでしょ」

「っ、…」


何でもなくない。

むしろ、ありすぎる。ありすぎて…


爆発した。


「話聞こうか?」

「でも、」


まともに話したことないのに、相談に乗ってもらってもいいんだろうか。


「泣きそうになってるのに、見過ごせないよ」


___



「そんなことが…辛かったね」


私の話を静かに最後まで聞いてくれた。


「先輩の気持ちも分かるの。だから、余計に辛い」


さっきは、ついあんな事言っちゃったけど、冷静になって考えてみればとんでもなく我儘だった。


「仲直り、するんでしょ?」


仲直りなんて出来るんだろうか…


「したい。けど…」


沙紀先輩にも最低なこと言った。


先輩の言う通りだった。


沙紀先輩も好きで体が弱いんじゃない。私みたいに元気な体でいたいに決まってる。


分かってる。


だけど、思ってしまう。


"私も体が弱ければ…"


そんな風に思わないためにも、


「暫くはお互い離れてた方がいいのかも。なんて思ったりも…」


「一度冷静になる時間も必要かもね、でもそれも長引かせるほどヒビが入ると思うよ」


ヒビならもう既に…


元には戻せないなら、これ以上ヒビが入らないようにするしかない。


「そう、だよね。ていうかごめんね、私のせいでこんなに遅くまで付き合わせちゃって」


気づけば辺りは暗くなっていた。


「いいよ。でも、そろそろ帰ろうか」


「そうだね」


てっきり正門で別れると思っていたのに、


「危ないから送って行くよ」


「え、でも、」


相談にのってもらった上に、送ってもらうなんて


「こんな時間に女の子を一人で返せるわけないでしょ。心配だから」


なんて親切なんだ


「ありがとう。でも、本当にごめんね」


「気にしないで。友達なんだから当然だよ」


遥希君の優しい言葉に、少しだけ心が軽くなった気がした。


二人並んで歩き始めた。


夜風が心地よく、静かな街並みが広がっていた。


「明日から…その先輩と仲直りするまで僕が心桜ちゃんのそばにいてもいい?」


「ありがとう」


彼なりの励ましだろうか。


一人じゃないから大丈夫だよ。そう言ってくれているような気がした。


「ありがとう、送ってくれて」


「うん、気をつけてね。また何かあったらいつでも言って」


優しい言葉をかけてくれる遥希君のお陰で、前向きな気持ちになれた。


「うん、ありがとう。本当に、何もかも」


「どういたしまして」

そう言うと、遥希君は微笑みながら手を振り、歩いていった。



私は彼の姿を見届けてから、静かにその場を後にした。

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