幕間・大賢者の日常

第41話・大賢者の(非公式)職場体験

「じゃあ、行きましょう!」

 今日は約束していた久保山財閥突入の当日だ。友達と一緒に遊b・・・・体験できるなんて最高だ。

 会社の中に入ると、受付嬢がいた。

「玲香ちゃん、どうしたの?」

「また会社を周りたいの。ダメ?」

「迷惑をかけないならいいよ。」

 あからさまに幼児退行した私の声と口調に、受付嬢の方が許可を出した。きっと子供だと思われてるけど、最近は吹っ切れて”子供最高”と思えるぐらいになってきた。

「じゃあ、芽衣子ちゃん、理沙ちゃん、行こう!」

「「うん!」」


「玲香さん、お久しぶりです。今日は他の人もいるんですか?」

「いつもお疲れ様です。はい、今回は友達を連れてきました。」

 いつも会社に潜入している社長令嬢なんかに相手をしてくださる男性社員に声をかける。

「玲香さんは礼儀があっていいですね。うちの課長なんか、平社員をこき使った上にお疲れ様の一言もないのに。」

「それはひどいですね。両親に伝えておきましょうか?」

「いえ、結構です。なんか大変なことになりそうなので・・・・」

「・・・・わかりました。何かあったら言ってくださいね。」

 あれ、お父様とお母様って以外とモンペなのかな?まあいいや。

「あ、手伝える仕事とかありますか?」

「現時点ではないですよ。ありがとうございます。」

「いえ、失礼しました~。」

 一旦、話していた男性社員のいた部屋から離れた。


「面白いね。会社ってこんなになってるんだ。」

「まあ、久保山財閥は大きい会社だからね。管理も厳重体勢だったりするよ。」

「へえ、そうなんだ。」

「なんか社長令嬢特権で周ったりできてるけど、本当は迷惑なんだろうな。」

「そうなの?」

 多分、要人の護衛をするときに、護衛対象に戦闘を手伝われる(しかも大した力にならないor状況が悪くなる)ときみたいな感覚なんだろうな。

「言われたらすごい共感できると思うよ。」

「そうなの?」

 夕方になって、廊下をゆったりと歩いている。そろそろ帰ろうかな、とかそんなことを思っていたときだった。

 今歩いている場所の隣にある部屋の中から変な音がする。具体的に言うと、男性の怒鳴り声と、殴られる音と、女性の悲鳴の声がする。暴行の現場かもしれない。

「芽衣子ちゃん、拘束術のやりかたとか、覚えてる?」

「覚えてるけど・・・・なんで?」

「いやな予感がする。いざというときにはアザーワールドを展開するから、殴ってる人を拘束して?私が回復魔法で被害者を治すから。」

「・・・・わかった。暴行の予感なのね?」

「うん。」

「え、え、何が起こってるの?」

 修行と戦闘経験を積んだことでたくましくなった芽衣子ちゃんと、何もわかっていない理沙ちゃん。しっかりしなければ、最悪被害者死亡の結末になるかもしれない。だから、お節介かもしれないが、介入することにしよう。これは、命を守るためだ、お節介じゃないと思っておこう。そう思いながら廊下にある内線に触れる。

「もしもし」

〈何の用でしょうか?〉

「すみません、○○室から暴行が行われているような音がします。私たちが対応するので、そちらでも対応をお願いします。」

〈え?〉

「多分、警察を呼ぶことになるので、そのときはお願いしますね。」

〈・・・・〉

 電話を切った。これで対応されてなかったらそのときはなんとかしよう。そう思って突っ込むための詠唱を始める。

「・・・・アザーワールド」

 アザーワールドとは、”異世界からレベルや能力を持ってくる”という、いわゆる”強くてニューゲーム”に似ている強化方法だ。副作用は多少あるが、芽衣子ちゃんのレベルと持ってくる世界の近さからしても、問題は全くないだろう。

 静かにカードキーを使う。そして、一気に扉を開けた。

 部屋の中では、予想通り暴行が行われていた。暴行の音や、男性の怒鳴り声、女性の悲鳴などがより大きく聞こえた。どうやら、暴行をしていたのは、さっき男性社員に言われていた課長のようだ。女性社員の方には・・・・心当たりはない。

「落ち着いてください!」

「ああ?落ち着けるかよ!」

「芽衣子ちゃん、拘束して!」

「はい!」

 芽衣子ちゃんに指示をした。今の芽衣子ちゃんはアザーワールドで強化されている状態だ。力の差があるので問題はないだろう。

 問題はひどく怪我をした女性の方だ。駆け寄って確認したが、見た目が20代後半にしては体力の残量が少なすぎる。回復魔法というのは、使用者のMPと、双方の体力を消費して被使用者を回復させる。体力残量が少なかったり全くなかったりすると、回復できない可能性がある。体力もまた、底をつくと死ぬことになるから。

 体力がない状態でできる回復魔法・・・・ファ○ナルファ○タジーⅦのLv1下位リ○ットブ○イクの”癒しの風”ぐらいしか思いつかない。あれはすごく性能がいいのだが・・・・今はこれに関して一旦考えるのをやめよう。少なくともこの世界ではできない。

 他にあるかな・・・・あ!

「ちょっと待ってて、今治すから!」

 魔法でロッドを召喚する。そして、ロッドに軽くMPを込めて、丸を描き、その中に二重丸を描き、その中にスマイルを描いた。人が一人足を延ばして座れるぐらいの大きさで。

 そして、暴行を受けた女性をロッドで書いた図の上に座らせる。女性はひどいけがをしていて、悩んでいる時間などあったのか甚だ疑問に感じる。

 そして、最後に・・・・

「発動しなさい!」

 そう一言だけ言う。そうすると、女性にしみこむように光が出てくる。

 説明すると、私が使ったのは俗にいう”魔法陣”と言われるものだ。私が描いたのは、上級回復魔法の魔法陣だ。

 魔法陣含む”理論魔法”と呼ばれるのは、理論だけで発動させることができるので、初心者向けの魔法の発動方法だ。魔法陣の最大のメリットと言える。

 しかし、魔法陣は描く時間がかかるうえに、魔法陣の丸の外からははみ出さないので、使用者が魔法を使えるようになるほど、使われなくと言える。無詠唱魔法がしょっちゅう対義発動方法と言われる。あと、フィクション関係で魔法が発動するときに、なぜか魔法陣が足元に書いていたり、星屑のようなものがMPの表現をされていたりするが、意味がわからない。フィクションだからこそなのだろうが。

 なぜ私が使ったかというと、理論魔法は被使用者の体力も消費しづらいと聞いたことがあるからだ。そして、女性が体力をほとんど消費せずに傷が回復しているところを見ると、真実だったようだ。

「・・・・え?玲香、ちゃん?」

「一旦しゃべらないで?怪我してるんだから。」

「怪我?」

「そう、怪我してたけど私が不思議な力で治したの。」

「・・・・魔法、少女?」

「まあ、そう捉えることもできるかもね。信じるか信じないかはあなた次第よ。」

「・・・・」

「あとで話、聞かせて?」

「・・・・」

 こくんと頷くところを確認したあとで、課長と思わしき人の方を見る。どうやら芽衣子ちゃんがしっかり拘束しているみたいだ。

「理沙ちゃん、警察呼んで?」

「もう呼んだ!」

「ならいいや。」

 これであとは警察の到着を待つだけだ。そうなのだが、一人納得していない人がいた。課長らしき人である。

「お前ら、女の分際で!」

「こんなことをして、許されると思ってるの?」

 激怒する芽衣子ちゃん。そりゃあそうだ。一方的に暴力をふるうなんて卑劣すぎる。そう思ってから”現代日本に染まってるな”と再確認した。

「俺は、俺は、間違いをただしただけなんだ!」

「どんな間違いだったとしても一方的に暴力をふるうのはダメよ!」

 芽衣子ちゃんが反論している。

「有給なんて取るなっていったのに、どうしてもというから暴力をふるってわからせようとしただけなんだ!なのに、お前らは過剰に反応して、俺を悪者にしたいのか!」

「悪者にしたいんじゃなくて実際に悪者なの、女性不信さん?わかる?」

「はあ?女の分際で拘束して言い返すんじゃねえ!」

「・・・・玲香ちゃん、こいつの口を永久にふさいでもいい?」

「芽衣子ちゃん、こんなやつにイラついて人生棒に振るぐらいなら警察を待った方がいいよ?」

「そうだよね!」

 そんな話をしていたら警察が到着したので、課長らしき人を引き渡した。そのあたりでスマホがなる。着信のようだ。

〈もしもし、玲香?〉

「あ、無事だよ。」

〈本当に暴行とか起こってたの?〉

「うん。被疑者の名前とかはわかんないや。」

〈玲香は大丈夫なの?〉

「うん、大丈夫だよ。仮に怪我してたとしても、すぐ治すよ。」

〈・・・・治す?〉

「今ちょっと立て込んでるから切るね。」

 電話を切った。

「すみません、お嬢様方。署までご同行願えますか?」

「「「はい!」」」


 そのあとは、事実などを質問された。暴行の瞬間はバッチリ防犯カメラに映っていたので、暴行をしていた人は逮捕となった。

 ちなみに、防犯カメラに映っていた魔法の光について説明したが、信じてもらえなかった。そうだよな。この世界、魔法の存在ないことになってるもんなって言い聞かせてたけど、実際には爆発していたかもしれない。最終的に警官の傷を治したりしたら納得してくれた。

 それからというもの、なぜか魔法が使えるということが学校で噂になっていたりしたが、我関せずで放置した。ちょっとめんどくさいから。

 これが、私の日常(?)だった。・・・・大半は日常じゃない気がしてきた。犯罪行為に出くわすとかこの世界ではめったにないし。日本は治安がいいのに、犯罪行為ってなくならないんだなって痛感した。

 あ、ちなみにあの課長は最終的に不起訴になってたけど、私がお父様とお母様に報告したことでパワハラが大問題になって、懲戒免職になり、そのあとは風の噂で再就職できてないで後ろ指をさされて生きてるとか。

 私はときどきあの課長に”がんばって生きて?私は学歴全くない状態で大賢者にまでなったんだから、暴行起こして再就職できなかったとしても、生きていけるでしょ?”とか語りかけています。まあ、本音は俗にいう”ざまぁw”です。なんかスカッとした。

 なんだかんだで幸せになれたな、と今では思う。こんな(ちょっとかけ離れた)日常を私たちは繰り返していった。

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