恋する姫様

霜花 桔梗

第1話

 私は地方の藩の家系に生まれた。明治維新後も地元の有力者の娘として、私は姫様と呼ばれていた。


 勿論、学校でのあだ名も姫様である。


 そして、今日は文化祭、姫様としてイイコでいるのが嫌になり文化祭の片付けをふけていた。


 グランドの隅に座りぼっーとしていると。サッカー部のエースストライカーがフリーキックの練習を始める。


 綺麗に決まるフリーキックに見とれていると私に気付いたらしく歩いてこちらに向かってくる。


「姫様、お前もふけているのか?」

「ま、そんなところ……。それより君は大丈夫なの?一人でフリーキックの練習なんてして」

「サッカーの試合に勝てば誰も文句は言わない。その為の練習だ」

「へー」

「俺は『千堂 明』姫様と話せて光栄だ」


 また、姫様か、良くも悪くも、私は有名人である。試しに本名を名乗ってみるか。


「私は『神宮寺 薫子』薫子と呼んで」

「おいおい、姫様を呼び捨てなど出来ない。姫様は姫様で良いはずだ」


 私は姫様と呼ばれるのが当たり前だと思っていた。でも、この千堂君は違う、自分が姫様である事に自信を持てと言っている。その瞳は誰よりも輝いていて、だてにサッカー部のエースストライカ―をしていない。


「な、暇なら、キーパー役をしてくれないか?」


 アホか!


 姫様として自信を持てと言ったばかりなのに。私が丁重にお断りをすると。


「冗談だ、姫様の前だと気持ちが楽になってな」


 クス……。


 やはり、この人面白い。私が笑っていると。千堂君は照れた様子でいる。


 それは恋の始まりであった。


 数日後


 私はお昼休みにグランドに向かっていた。そう、千堂君が一人でフリーキックの練習をしているからだ。


「こんちわ」

「おす、姫様、また来たか」


 簡単な会話なのに心が踊った。それが恋である事に気付くには時間はかからなかった。


 でも言えない、私は初めての恋にどうしていいか分からないのだ。


 ここは会話をして親密度を上げよう。


「でも、よく昼休みに時間が取れるのね」

「三分で飯を食べ終わった」


 私の疑問に千堂君は笑顔で答える。


 ……。


 一瞬の沈黙の後、私は更に勇気を出して会話の糸口を探す。


「ねえ、私にもフリーキックを教えてよ」

「おやおや、とんだ、おてんば姫様だ」


 あああ、スパイクも無いし何よりスカートである。


「ゴメン、やっぱ無理です」

「それでいい、姫様に怪我でもさせたら退学処分だ」

「もう、意地悪、私そんなに偉くないよ」

「ははは、姫様も普通でありたいのか?」

「ええ……」


 私は澄みきった青空を眺める。六月だと言うのに綺麗な空であった。きっとこれが青春の幸せなのであろう。片思いでもイイ、好きな人と一緒に居られるのだ。


 私は空に向かって手を伸ばす。


「綺麗いた。これが姫様の本当の姿なのか……」


 千堂君は静かに呟く。


 本当の私?


 私は少し考え込むが答えは出ない。千堂君には私はどう映っているのだろう?

ま、いいや。でも、この恋がかけがえないモノだと再認識するのであった。


 はぁ~


 私は午後授業中に大きなため息を吐く。さっきまで昼休みで千堂君と話していた。これが恋か……。


 エアコンが入る前の教室の中は蒸し暑く。外を見ると空は低く、どんよりだ。


「神宮寺の姫様、たるんでいるな」


 国語の先生に呆れた声をかけられる。おっと、今は夏目漱石のこころを題材に授業中であった。夏目漱石も恋をしたのだろう。と、勝手に共感する。


「先生は恋した事はありますか?」


 私は興味本位で質問をする。


「こ、恋か?!中学の時に一度だけ……」


 すると、チャイムが鳴り授業時間が終わる。何故か安心している国語の先生であった。


 私が千堂君に恋に落ちてしばらく経った頃の事である。朝、学校に登校して昇降口に入ろうとした瞬間。


「生徒会の者です。姫様を連行する」


 は?言われるままに生徒会室に連れていかれた。これは嫌な予感しかしない。すれ違う生徒に朝の挨拶をされながら歩く。


 薄暗い生徒会室に入ると生徒会長が座っていた。


「ようこそ、姫様、話は他でもない。姫様に恋愛禁止を出す」


 生徒会長が低い口調で話始める。


 あああ、大体想像が付く、私は皆の姫様でいなくてはならないのだ。


「どうしてもダメ?」

「はい、姫様は皆のモノです」


 これは禁断の恋になってしまった。私は生徒会室を出るとトボトボと教室に向かう。隠し撮りをした千堂君のフリーキックの練習姿の画像を消すか悩む。生まれた時から私は姫様で皆から愛されていた。男性は勿論、女性にまで姫様としての人生であった。


 ぐ、ぐれてやる。


 ネットでヘヤカラーの商品を買う。


 翌日。


 私は自室でヘヤカラーの商品とにらめっこする。染めるのか?染めるのだろうな。


 ダメだ、私は皆の姫様だ……。


 最後まで残った自制心でヘヤカラーの商品を捨てる。禁断の恋の辛さをとことん味わうことになる。


 しかし、腹へったな。カップラーメンでも食うか。うむ、デブデブの姫様でも良いのか?


 夜食はよくないこのまま寝よう。


 とかく、姫様である事には苦労が絶えない。


 昼休み、私は独りで校内の中庭に居た。ここのところはグランドで千堂君に張り付いていたから寂しい。


 あああ、恋愛禁止で私の気分はド下がりであった。


 そこに現れたのは千堂君である。


「期待させておいて、恋愛禁止が出たら簡単に逃げるのか?」

「……」


 私は下を向き沈黙で答えると。


「俺は世界中を敵に回しても正直に生きるぞ」


 何を言っているか分からないよ。私は姫様だし、サッカーはチームスポーツ。困るのは千堂君だよ。


 すると、千堂君が私をベンチに押し倒して真上に来る。


「好きだ」


 近くで千堂君の吐息を感じると私も我慢できなくなる。


「私も……」


 次の瞬間。


「そこまで!!!」


 生徒会長達が私達に近づいてくる。


 私は生徒会長と群衆を確認すると、頭を上げて千堂君の頬を掴みキスをする。


 そして……。


「これが答えよ、私達は愛し合っているの」

「姫様、どうなっても知らないよ」


 呆れた様子の生徒会長は頭を抱える。


『姫様の結婚だ!』

『姫様の結婚だ!』

『姫様の結婚だ!』


 群衆が色めき立つ。これはもう後戻りできない。


 私は千堂君の手を掴むと校門に向かい逃げ出すのであった。


 逃げろ、逃げろ、世界の果てまで逃げろ。


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