突入

アナスタシアの放ったハトがキャプスの屋敷の元に戻って来た。


取引が今夜20時に行われることを確認すると、キャプス自身もアジト近くの待機場所へと向かう。既に警備隊と組織の配下はアジト近辺一体に潜ませている。後は現場を押さえるだけだ。


連れて行かれたエリールはアジトの建物内に入る所までは確認できたが、建物内の正確な居場所がまだ掴めず、キャプスは内心焦っていた。


(作戦通りやれているだろうか……)


彼女にはフィンと接触するであろうことを見込んで簡単だが重要な役目を頼んでいた。失敗しても構わないと伝えてある。エリールには安全を優先しろと伝えていた。


(やはり素人の彼女に頼むべきでは無かったのではないか……)


何度も後悔がキャプスを襲った。だが、ボスとして決めたことはやり通さねばならない。今は彼女を信じてこちらも最善の行動をするだけだ。


アナスタシアの知らせてきた時刻が近づくと、川岸が突然、騒がしくなった。合図の花火が上がっている。キャプスや配下も一斉に動き出した。


その頃、エリールはフィンをどうにか油断させようとして奮闘していた。


「私には魅力を感じないってこと?」

「アナタは私の好みじゃありませんが、美しいとは思います」

「男ってどうして、ラビィみたいな童顔の巨乳好きが多いのよ!!」


思わず心の声が出た。


「ラビィに対抗心を?安心して下さい。アナタ好みの人も世の中にたくさんいますよ」


フィンの気持ちの悪い言い方にひるんだ時、外で火薬が弾けるような音がした。


フィンが何事かと扉を開けて外の様子を伺おうとしたのを見て、好機だとばかりにエリールは“変身”した。


変身すると胸元に隠していたインクの入った玉をくわえて部屋の隅に素早く隠れる。


「アナタはここにしばらくいて……」


振り返ったフィンはエリールがいなくなったことに驚いた。ベッド脇に不自然な脱ぎ方だが洋服だけ残されているのを見て、ベッドの方へと目線をやる。


変身前にエリールがベッドの掛け布団の下に、素早く枕を入れておいたから人がいるように見せられるだろう。


「私を誘惑しようとして服まで脱ぐなんて大胆ですね。アナタの大事な人が悲しみますよ」


すっかり騙されたフィンがベッドの掛け布団をめくろうとしたのと同時に、インク玉をくわえたエリールはフィンの背中に跳躍した。前歯でインク玉をかじって緑のインクをフィンの背中にぶちまける。


(やった!大成功!)


そのままエリールはフィンが開けたドアの隙間から廊下に躍り出て必死に駆けた。インク玉をかじった時に自分も緑のインクにまみれたので、得体の知れない緑の何かが廊下を走り抜けているように見えた。


廊下を抜けて外に出ようとすると人がたくさん入り乱れていて、下手をすると踏みつぶされそうな状況になっている。


(わぁ、どうしよう!このまま出て行ったら踏みつぶされちゃう!)


廊下の隅でどうしようと思っていると、後ろから何者かが近づいて来る気配がした。


「動物を使ってくるとはね。エリールはどこにいった?」


(フィンだ!)


「この忌々しいウサギめ。服が汚れたぞ!」


緑のインクにまみれた子ウサギをフィンが怒りにまかせて足で蹴り飛ばそうとした瞬間、フィンがすごい勢いで壁に吹っ飛んだ。体当たりされたフィンは、なだれ込んできた配下にアッという間に拘束される。


「ボスが体当たりなんて危ねぇことするなよ」


フェスタの声が聞こえた。キャプスは素早く起き上がると緑色に染まった子ウサギをスカーフでくるみジャケットの内ポケットに押し込む。


(息苦しい!)


エリールがバタバタすると、ジャケットの上からキャプスがやさしく撫でた。


「やっとフィンを捕まえられたな」

「緑の目印ですぐにフィンが分かった。エリールの大手柄だ」

「まさにだな!......で、そのエリールはどこに行ったんだ!?」

「彼女は無事だ。さっきほかの者が確保した」

「え、いつの間に……だが、良かった!エリールがこんなことできるなんて思わなかったけど」

「お前や兄貴達を見ていて刺激されて頑張ったな」

「……オレだけだな、成長できていないのは」

「そんなことはないだろう」


フィンを捕まえてホッとした空気が流れているのか、キャプスとフェスタの会話が続いている。


「……オレがこの前、お前がエリールを抱きしめている姿を見たにも関わらず、大人しく帰ったのはナゼだか分かるか?」

「ああ、何でか気になっていた」

「オレだけずっと子どもみたいだと思ったからだ。ラビィは自分も怖い思いをしたのに、エリールが危険だと分かった途端、迷うことなくオレに言ったんだ。“エリールのところに行け!”って。よっぽどオレより大人だなと思ったんだ」

「女性は強いな」

「ああホントに」

「女性は思ったよりもいいものなのかもしれないな」

「お前さ、エリールのこと……」

「悪いが、急いで行かねばならないところがある。後ほどでいいか?」

「いや、いいよ。エリールのところだろ?褒めてやってくれよ。オレも今度スゴイ褒めるからって言っておいてくれ」


キャプスの懐で会話の全てを聞いたエリールは、フェスタが自分を認めてくれたことを嬉しく思った。いつも危険なことから遠ざけようとしてくれた彼はかなり過保護だったから。


その後、キャプスの懐で揺られること数分。しばらくするとキャプスの懐から出された。ここはどこかの部屋だろうか。パッと見た感じホテルのようだ。


「息苦しかったか?身体中、緑だな」


キャプスは時間を見ながら、緑まみれの子ウサギ姿のエリールを浴室に連れて行くと、ボディシャンプーで全身を洗ってくれる。エリールは子ウサギの姿といえど、キャプスに隅々まで身体を洗われるのはかなり恥ずかしかった。


キレイになるとキャプスはタオルで拭き、エリールをベッドに降ろす。


「マルタを呼んでいる。洋服を持ってきてくれるまでしばらくそのままそこで待っていてくれ」


キャプスが部屋を出ようとしていくので、子ウサギ姿のエリールは”1人になるのはコワイ”と彼のズボンの裾を噛んで引っ張った。


「引き止めているのか?」


キャプスは子ウサギを目線に合わせて抱き上げるとやさしく微笑んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る