作戦決行
エリールは翌日、授業を終えるとキャプスと共に手をつないでカフェに立ち寄った。
見張られている気配は感じないが、キャプスの表情が少し硬くていつもとは違うのだと感じる。
「エリール、周りをキョロキョロするな。こちらを伺うヤツに怪しまれる」
「え、いるの?」
「いつもいる。君は気付いていないようだったがな」
手をギュッと強めに握られると肩を抱き寄せられた。
「いいか、これから仕込みをしたカフェに入る。何か起きても接触されるまでは席から離れるなよ。エリールにはこちらの見張りを複数付けている。遠目が利くヤツも潜ませているから見失うことはない」
耳元でキャプスに囁かれる。耳に彼のくちびるが触れてくすぐったい。くすぐったくて思わず緊張感もなく笑ってしまうと、キャプスが言った。
「そうだ、笑え。リラックスしていると見せかけろ」
エリールは“リラックスしていると見せかけろ”と言われて、リラックスしていた時にフェスタにしていた“頬スリスリ”をすることを急に思いついた。
エリールは自分の顔をキャプスに近づけて頬にスリスリする。急にエリールに頬をすりつけられたキャプスがギョッとした反応を見せた。
(そんなに驚いたらバレちゃうじゃない!)
エリールはキャプスを軽くどつく。キャプスは一瞬引きつった表情を見せたものの、笑顔になるとエリールをカフェのオープン席に座らせた。ここのカフェは学園の生徒にも人気があって立ち寄っても不自然ではない。
2人で席に着くと飲み物をオーダーする。キャプスはエリールの手をとると、いかにも大事な人であるかのように握りしめて甲を撫でる。エリールはそんなキャプスの演技に応えるように愛しそうに見つめ返した。
アツアツのカップルの演技もそろそろ恥ずかしくて限界を迎えそうな頃、ようやく飲み物が運ばれてきた。
ウエイターが飲み物をテーブルに置こうとした瞬間、突然大きな音が辺りに響いてエリールはビクッとする。
音がした方を見ると、店前で荷馬車の積み荷が盛大に崩れていた。積んであったオレンジやらグレープフルーツの果物や野菜やらが道路一面に広がっていた。
驚くことに何やら人のうめき声も聴こえる。荷馬車の崩れた積み荷が身体に当たったのだろうか、うずくまる人が何人か道に転がっていた。血も見える気がする……。
「誰か手を貸してくれ!荷台を持ち上げて下敷きになっている人を助けるんだ!」
荷馬車を運転していたらしい人が大声で叫ぶ。
(これは例のシチュエーションつくり?すごくリアルで本当の事故にしか見えない!)
あまりに緊迫した現場の雰囲気にエリールが席を立とうとすると、キャプスがエリールを制止した。代わりにキャプスが倒れた人の方へと向かう。まわりにいた人も皆、そちらに向かった。
エリールは席に座ったまま成り行きを見守っていたが、ふと背中に何かを当てられていることに気付いて緊張感が走った。
「お嬢ちゃん、命が惜しかったら声を出さずオレについてきな」
(きた……!ホントにきた……!)
エリールはそっと席を立ち上がると、これといった特徴の無い男に背中に刃物らしきものを当てられながら店脇の路地へと連れて行かれる。
路地に入ったところでおそらくキャプスの配下だと思われる人達が特徴の無い男に襲い掛かったが、特徴の無い男は簡単に彼らをのしてしまうと、エリールを用意していた馬車に押し込んだ。
(あの配下の人達はワザとやられたのよね!?それともコイツは本当に強いの??)
何が何だか分からず混乱する様子のエリールに、特徴の無い男はニヤリと笑う。
「あんたが例の“大事な人”なんだろ?ウワサ通り普通のお嬢さんだな」
「普通のお嬢さんって.......私のことを知っているの?」
「当たり前だ。おお、そんなに警戒するなよ。安心しろ。うちのボスにはあんたを傷つけずにさらってこいと言われている。静かにしていりゃ手荒なことはしない。だが、ちょっと手は縛るし、さるぐつわもさせもらうがな」
男はエリールの手を後ろ手に縛ると口に布を噛ませた。縄でしばられた手はすでに擦れて痛い。
さらにエリールは目隠しをされると、しばらく馬車に揺られてどこへやらと連れて行かれる。磯の臭いがしてきたから海に近い川の下流だろうか......。
「お嬢ちゃん、ちょっと担がせてもらうぜ」
男の肩に担がれてエリールは運ばれた。5分ほどだろうか、肩から降ろされて目隠しを外されると、ベッドの置かれたシンプルな部屋にエリールはいた。肩に担がれていたせいで、気分が悪い。えづいていると口に噛まされた布も外された。
幸いにもトイレが付いたバスルームがある部屋だったので、エリールはバスルームに駆け込むとせり上がって来たものを出した。
「うぅ、気持ち悪い」
「手荒なことをせずに連れてくるように言ったのですがね。大丈夫ですか?」
後ろを振り返ると、担いで来た男とは違う背が高く髪の毛を七三に分けたメガネ男がいた。
「あなたが私をさらわせた人?」
「ええ。アナタがそちらのボスの“大事な人”だと聞いたので」
「彼は私がさらわれて怒っているわ」
「それでいいんです。彼のこと、もっと教えてもらえますか?」
七三のメガネ男こと、敵対組織のボスは落ち着いていた。
「私から聞こうとするならあなたのことも教えて。名前はなんて言うの?」
「面白いお嬢さんですね。こんな状況なのに落ち着いているように見える。私は“変幻自在のフィン”だなんて呼ばれていますね。本名ではないですが。フィンでいいですよ」
「フィン、私をさらってどうするの?」
「あなた方のボスについて詳しく聞きたいと思います。そして用が済んだら売り物として他国にでも行ってもらいましょうか」
「それって、私にメリットが無いじゃない!」
「この状況で言える立場ですか? 交渉って言うのはできない時に言うもんじゃないんですよ」
表情を変えずに淡々と言葉を発するフィンに恐ろしくなったエリールは、とっさにフィンが執着していたというラビィのことを話題に出してみた。
「ラ、ラビィのこと気に入っていたわよね?もう諦めたの?」
「あの子は非常に欲しかったですよ。私の好みでしたので。.......アナタは彼女とは違うタイプですね」
「え? どういうイミよ!? まさか、私には魅力が無いって言いたいんじゃないでしょうね?」
「ん? 私に興味を持って欲しいんですか?......お相手しても良いですが、今日は予定が立て込んでいましてね、ちょっと忙しいんです。明日でもいいですか?」
エリールの誘惑?にフィンが動じる様子もなく、エリールのプライドはズダボロにされたのだった。
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