新たな情報

オペラ座での騒ぎがあってから3週間ほど経った。


エリールは、マルタから周囲への警戒の仕方や襲われた時の対処などについて色々と特訓してもらってはいたが、素人であるエリールはメキメキと成長することもなく、それらしきマネができる程度の成長しかしていなかった。


「お嬢様はとにかく“変身”が大きな武器になるでしょうから」

「.....変身以外のスキルも身につけたかったのに~。むずかし過ぎる!」


変身の特訓も続けていたが変身時間が伸びることはなく、変身が解ける予兆が何となくつかめるようになっただけだ。


キャプスはマルタからエリールが変身の練習をしていると聞くと必ずやってきて、子ウサギのエリールの姿を撫でまくって行く。マルタも慣れて“さあどうぞ”なんて子ウサギ姿のエリールを差し出すので、エリールはちょっと不満だった。子ウサギの姿であっても人権はあるぞと、エリールは思っている。


そんなある日、配下の1人が屋敷にやって来て屋敷が騒がしくなった。エリールは会話を聞こうと、配下とキャプスが話している居間に向かって習った忍び足で近寄った。


「やはり貧民街か……いかにもな場所にいるわけか」

「川を使って他国にこちらからは女を、あちらからは薬を運び入れています」

「アナスタシアから連絡は?」

「アナスタシアはうまいことやっています。敵組織の男を情報源として確保しました」


(アナスタシア?あのオペラ座で会った組織の女性?)


彼女はスタイルの良い黒髪でエキゾチックな美女だ。話からするに彼女は敵組織の男に接触しているようだが、オペラ座で敵対組織の者に見られてはいないのだろうかと気になった。


「エリール、そんなところで盗み聞きしているならこっちに来い」


突然、キャプスに言われて驚く。配下の人もエリールがいるのに気付いていたようだ。


「特訓の成果はまだまだみたいだな。一般の人間は気付かなくてもオレ達にはすぐに気付かれるぞ」

「やっぱりバレちゃったか……私も話を聞いてもいいの?」

「ああ。君も自分を狙っているヤツらがどんなことをしているのか知っておくといい。愉快な話じゃないがな」


キャプスの隣に座るように促されて話の続きを聞いた。


「アナスタシアは敵対組織の幹部の1人と恋人関係になったが、まだボスの顔を確認できていないようです」

「......あの、アナスタシアさんはオペラ座で敵対組織の人に見られたりしていないの?こちらの組織の人だって分かったらキケンなんじゃ......」


気になっていたことを思わず聞く。


「アナスタシアも変装の名人なんだ。あの特徴的な黒い髪も今は金髪に青い目でまるで別人の見た目になっている」

「アナスタシアさんて、そんなこともできるんだースゴイ!」


さすがは組織に属している女性だと、エリールは感心した。


「それで、次の取引はいつになるのかは掴めたのか?」

「明日です」

「急だな」

「取引の日はいつも急に決まるようです」

「確かか?」

「アナスタシアの渾身の情報です」

「アナスタシアを信じるか……」


エリールはそこで名案を思い付いてしまった。


(取引が明日だとして、敵対組織のトップの顔が分からないとなれば……)


「あの、私からも提案をして良いでしょうか?」


明日の取引に備えて動こうとしていたキャプスと配下は、手を挙げて質問するエリールを見た。


「何だ?君も聞いた通りこちらは忙しいんだが」

「敵対組織のトップの顔が分からないのでしょう?明日、取引を取り押さえたとしてもトップを捕まえなければトカゲの尻尾を切るのと同じ。とすれば、私が役に立つのではないかしら?」

「どういうことだ? イヤ聞かなくても何となく分かるぞ。却下だ」

「ボス、いい案かもしれませんよ。彼女をワザと敵対組織の者に捕えさせるのですよね?あちらはエリールさんをボスの大事な人だと思っている。エリールさんが手に入ればトップ自らきっとボスの情報を聞き出そうとしてくるでしょう」

「危険すぎる」

「だけどボス、ヤツは“変幻自在のフィン”なんて言われる変装の名人ですよ。ヤツらが明日の取引前にエリールさんを手に入れたら、油断も生まれて捕まえやすくなります」


配下の話は理解できたが、キャプスはエリールをさらわせるなど、キケン過ぎると考えていた。


だが最近、例の白い粉の薬が出回る量が確実に増えてきている。配下達が目を光らせているが、どんどん運び込まれてしまっては大元を絶つしか対処法は無いと感じているのも事実だ。


キャプスは迷った。


「キャプス様、私には秘策があるでしょう?こういう時にこそとても役立つはずよ!」

「一歩間違えれば、取り返しがつかない」

「でも、あなたはそれを皆に命じられる力を持っている」

「……」


キャプスは、自分の国の民が他国の悪意によって苦しむ姿は見たくなかった。キャプスが組織のトップを引き継ぐ決意をしたのはそこである。


(信じるものを守るため自分は決意した。今のエリールもそうだと言えるのか)


「......エリール、後悔しないな?」

「しないわ、絶対に」


キャプスはエリールの迷いのない答えを聞いて決意した。


「では、エリールを偶然を装いさらわせる。急いでエリールの尾行できる配下を集めろ」

「承知しました」


配下は急いで出て行った。マルタはいつの間にか扉のところに立っていて不安そうにこちらを見ていた。


「お嬢様が敵陣に乗り込んで敵のトップをあぶり出そうなんてムチャな……」

「マルタ、彼女は決意をしたんだ。オレも全力でエリールを守る。そして、ヤツを捕まえる!準備を手伝え」

「はい」


そこからは慌ただしかった。取引は明日なのだ。エリールを見張る配下の準備が整うと、明日の学園帰りに作戦を決行することになった。


「学園帰りにカフェに寄る。そこでオレは自然を装って席を外す」

「普段、ガッチリとガードされているのに、急に席を外すなんて怪し過ぎない?」

「それなりにシチュエーション作りはしてから行う。驚いてもその場から動くなよ」


演技ができないエリールのために色々と仕込みをしてくれるらしいが、事前に詳しく知らせるとエリールが不自然な行動を取りそうだと、詳しいことは聞かせてもらえなかった。


エリールはこれまでに経験したことがない大規模な計画に緊張してきたのだった。

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