特訓の始まり

エリールは湯舟に浸かりながらさっきのフェスタの様子を思い出していた。


(フェスタは、私がキャプス様に抱きしめられた姿を見ても何も言わずに去った……)


「完全に終わったっていうことなのかなぁ......」

「独り言ですか?」

「わぁ、マルタいたの?」

「タオルをお持ちしました。フェスタ様のことですか?」

「ええ。あんなアッサリ去って行ったから逆に気になっちゃって」

「なるようになったんですよ。それが“運命”というものです」

「これが“運命”なの?」

「そうです。それはそうと、お嬢様はこれからキャプス様の“大事な人”として敵対組織に狙われることになります。ちょっとしたお手伝いではなく、ガッチリ組織に関わることになったんですから覚悟しなくちゃいけません」

「同じことを思っていたわ」

「夕食後に私とお嬢様とでキャプス様の部屋に来るように言われています。さっそく作戦会議です」


急かされるようにお風呂から出ると、マルタに保湿の香油を全身に塗りたくられた。ローズの香りでとてもいい香りだ。


「すごくいい香り。新しいオイル?」

「そうです。キャプス様もお気に召すかと思って選びました」

「何でキャプス様の好みに合わせるの?」

「お嬢様はキャプス様の“恋人”ですから」

「それはフリで本当じゃないわ」

「どうでしょうね? それよりもまずは夕飯です!」


さっきは“吊り橋効果”などと冗談で言ったつもりだが、マルタがヘンなことを言うものだからエリールも多少、キャプスを意識してきてしまう。だが、キャプスが自分を抱きしめたのは、きっと自分を妹のように考えているからだろうと思い直す。


(女嫌いのキャプス様だし、私に惹かれているなんてあるワケないわ。私に厳しいし。私だってやさしくない人なんてイヤ......あれでも、本当にキャプス様って私にやさしくないかな?)


エリールの中で色々な考えが浮かんだが、そもそも人を好きになるのはもっと慎重にいかねば!と考えていたエリールは何も考えないようにして夕食を作った。


「ごちそうさまでしたぁ!」


クマ&ハチの満足気な声が響く。今夜はじゃがいもと人参などの野菜と豚肉を煮込んだ料理にした。甘じょっぱい味付けで食が進む料理だ。夕食はシュトラがいない時は皆で一緒に食べているので賑やかな夕食タイムとなる。


「エリール、マルタ、このままオレの部屋に来てくれ。バイク、茶の用意を頼む」


キャプスは一足先に自室へと向かった。


「何だよ、2人ともボスの部屋に呼ばれちゃってさ。秘密の話かよ」

「うるさい、だまってなアンタ達」


マルタは普段とても丁寧な言葉で話す。けれど、相手によって使い分けているようでこうして自分よりも目下?の手下と話す時はとても言葉がガサツだ。初めて聞いた時、エリールはビックリした。


マルタと共にキャプスの部屋をノックするとキャプスが扉を開いて2人を招き入れた。ソファには案内せず、なぜか寝室の扉を開けてそちらへと誘導する。


「あの、なぜ寝室に?」

「オレはソファに座っているから、そちらの部屋を“変身”の前後の準備に使ってくれ」


寝室の扉を開けて入るように言われた時はビックリしたが、そういうことかと納得した。


マルタとキャプスの寝室に入ると辺りを見回す。落ち着けるこざっぱりとした空間で意外とシンプルだ。普段寝ているだろうベッドには、大柄のチェック柄カバーが掛けられていて何となくカワイイ。枕カバーもチェック柄だ。


「意外。ほっこりするチェック柄だなんて!」

「......たしかに意外ですね。ささ、早く変身して下さい」


エリールは目を閉じて念じると身体が縮んでいくのを感じた。人間がまるで溶けてしまったかのごとく洋服はそのままの形で残る。マルタが洋服を畳み、エリールを抱いてキャプスの元に連れて行った。


「子ウサギになったか。どれ、こちらにおいで」

「ボス、お嬢様ですよ」

「分かっている。今は子ウサギだから撫でても問題ないだろ? マルタはエリールが変身している時間を正確に測ってくれ」

「かしこまりました」

「30分まではこの姿のままでいられるのだよな?」

「そのはずかと。ですが、万が一ということがありますので」


マルタの手には毛布が握られている。変身が限界に近づいたら毛布で隠すつもりらしい。


「では20分ほどはこのままオレが抱っこしていてもいいな? お、今日はバラの香りがするな~」


子ウサギをスンスンと嗅ぎながら撫でまわすキャプスにマルタは引いた。マルタは彼が子ウサギフェチだとは知らない。


そのままキャプスは子ウサギの姿のエリールを撫で回し、20分を過ぎたころマルタへと手渡した。マルタは残りの5分になるとエリールの変化を感じたのか、隣の寝室へとエリールを抱いて移動する。


エリールは段々と自分の身体が大きくなるのを感じて元の姿になった。洋服を着るとキャプスの元へと戻る。


「戻ったか。変身するのは一瞬だよな?戻るのも自分の意思でできるのか?限界を感じた時はどういう予兆があるんだ?」


キャプスは変身について詳しく知りたいらしく矢継ぎ早に質問してきた。エリールは問われるまま答えていくと、マルタに尾行スキルなどをエリールに教えるように指示する。


「パイクから聞いたと思うが、君は新しいターゲットになっている。変身スキルを使うことがあるかもしれない。君のことは守るが、自衛できるようにしておく必要があるから練習してくれ」


エリールの特訓は突如として始まったのだった。

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