母シュトラとキャプス

キャプスの母シュトラが帰宅するのはいつも突然だった。


パイクに呼ばれてキャプスが居間に来てみれば、シュトラは居間のソファのひじ掛けにもたれてダラリと座り込んでいた。酒の香りが漂っているから酒を飲んで来たのだろう。


「母さん、帰宅するなら連絡をくれませんか?飲んだくれて帰宅だなんてみっともない」

「外じゃシャンとしているわよ。自分の屋敷でリラックスして何が悪いの」

「あなたはほとんど屋敷にいないじゃないか。オレはパイクに面倒を見てもらって育ったようなもんだ」

「何よ、恨み事を言われるなら帰らなきゃ良かったわ」

「今のあなたの姿はヒドイからね。文句でも言いたくなるさ」

「生意気ね。あんたを見ていると……あの人にどんどん似てくるからイヤなのよ」

「父さんのことキライだったんだろうが、これは遺伝で......」

「愛してたわよ!だけど、私を置いて死んじゃったじゃない!あんたを見るとあの人を思い出してツライのよ……!」


シュトラは泣きながら部屋を出て行ってしまった。パイクが慌てて後を追う。しばらくすると馬車が出て行くような音が聞こえた。


パイクが少しすると戻って来た。


「奥様は、知り合いの方の屋敷に泊まるとのことです」

「またか……変わらないな、あの人は」

「奥様は大ボスのことを愛していらっしゃったんですね」

「意外だった。政略結婚で父に愛情は無かったと思っていたからな」

「あなた達は会話が少なすぎます」

「仕方ないだろう。あんなんじゃ会話なんてできるわけない」


キャプスは立ち上がると私室へと戻った。母に会った日は気持ちがささくれ立つことが多く、モヤモヤした気分になる。


キャプスは自室の浴室で湯の張られたバスタブに浸かると、“父に似てきて見るのがツライ”と言われた顔を手で拭った。


(似てしまうのはオレのせいじゃないだろう......)


入浴が済むとバスローブに身を包む。入浴は一人の方が落ち着くので以前から自分で行っていた。


ノドが乾いたなと思っていると、扉をノックする音が聞こえる。


(パイクか…?)


扉を開けると予想外の人物が立っていて驚いた。


「キャプス様……ってキャーッ!」

「おい!叫ぶな!人の部屋に来てワザワザ叫ぶな!前はしっかり閉じているだろ」

「バスローブ姿なんて思わなかったから!しかも一人でお風呂に入るなんて思ってなくて!パイクさんは下にいたし」

「オレは一人で入る派なんだ。で、何なんだ?」

「あー、あのね......シュトラ様とケンカしていたみたいだから、ホットミルクをと思って」

「何でホットミルクなんだ?......そもそもケンカじゃない」

「ホットミルクにハチミツを垂らしてあるの。ケンカ後の気分も落ち着くわ」

「だからケンカじゃないって……まあ、ちょうどノドが乾いていたからタイミングが良かったが」

「家族でモメ事ってつらいわよね……シュトラ様って自由人だけど、私にドレスを貸してくれたりやさしい方ではあると思う。こう、何ていうか2人はうまく気持ちを伝えるのが得意ではないのかな......って。ごめんなさい......私が言うことじゃないけど」

「ああそうだな。プライベートなことに介入されるはキライだな」

「ごめんなさい……」

「だがだ、オレにそんなことを言ってきたのは君が初めてだ」

「そうなの?」

「君の純粋な気持ちによる心配だと受け取っておく」

「……良かった。無遠慮だったかなって思ったから......おやすみなさい」

「おやすみ。......ホットミルクありがとう」


エリールは走って階段を降りて行く。また転ばないかと心配になった。


(こんなプライベートなことを心配されるとはな......)


思えば、このところ夕食のメニューを楽しみにしている自分がいて、彼女に救われている部分もあるのかもしれないとキャプスは思ったのだった。

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