キャプスの部屋に差し入れ

キャプスの部屋は3階にあった。


エリール達の部屋は2階なので階が異なる。事情を知らないシュトラがエリールの部屋を3階にしようとしたが、まだ学園に通っている身であるという理由から、違う階に部屋を持つということで納得してもらった。“何を今さら”と言われたが。......シュトラは完全に誤解していた。


キャプスの部屋の扉をノックすると、キャプスが扉を開けてくれる。


「どうしたんだ?こんなところまで」

「クッキー焼いたの。“これからお世話になりますからよろしく”みたいな意味のクッキー」

「何だそれは。だけど、さっきから屋敷に良い香りが漂っていたのはそれのせいだな?」

「お茶もパイクさんが運んできてくれているの」


パイクは慣れた様子でキャプスの部屋のテーブルにお茶の用意をした。


「パイクは食べたのか?」

「いえ、まだです」

「じゃ、お前も座れ。エリールも」

「え、私も?」

「食べた感想を聞きたいんだろ?」

「え、分かりました?」

「顔を見れば分かる。というか本当は、以前フェスタからクッキーをもらったという話を聞いたことがある。“感想を聞かれて上手く答えられず怒られた”なんて言ってたからな」

「あー、あれはフェスタがいつも“うまい”しか言わないから、ホントかなって思って詳しく聞いただけ」

「まあ、座ってくれ。男2人でクッキー食べても味気ないし」

「じゃ、少しだけ」


キャプスの部屋は広かった。寝室は隣の部屋にあるようで、今いる部屋はソファとテーブル、本棚などが置かれている。窓際には実務的な机も置かれており、学園のカバンも置かれているから、そこで課題などもやっているのかなと、エリールは思う。


「マジマジと部屋を観察しているようだが、珍しいものでもあったか?」

「いえ、意外と普通の部屋だなと思っただけ」

「そんなもんだ。どれ、クッキーいただくぞ」


パクリとクッキーを食べるとキャプスの目が見開かれた。


「美味しいじゃないか!甘じょっぱい感じだな。バターとよく合ってる」

「良かった!スイーツだけでなくてお料理も得意なの。クマ&ハチとは仲良くなったから、お料理も今度作るわね」

「そりゃありがたいが、勉強もしなくちゃならないだろう?」

「それはあなただって。学生なのにボスの仕事もあるじゃない」

「オレは成績もかなりいい。君はどうなんだ?」

「私は中の上ってとこよ。ギリギリ成績上位者の順位表には載らない感じ」

「そうか。ここに来てから成績が下がったなんてことをゴーツとミュークに言われたら困るからな」

「どういうこと?」

「さっき、ゴーツとミュークから明日こちらに来ると連絡があった」

「えっ!お兄様達が?キャプス様が知らせたの?」

「いや、学園寮を退出した分の返金が君の実家にされたんだ。君は何も知らせてないだろ?慌ててこちらに確認がきたというわけだ。オレは、保護する約束をしているからな」

「その、マズイわ!ホントにまーったく実家には何も言っていなかったから。落ち着いたらきちんと言おうと思っていたんだけど」


心の準備なく兄達が来ると分かってエリールはオロオロとしだす。呆れたようにキャプスが言った。


「では、きちんと明日は君から経緯を説明してくれ」

「え、私から?それはするけど、キャプス様は?」

「同席はするが、説明はきちんと自分でするんだ。当たり前だろう?」

「もちろんしますけど、お兄様達が怒って手が付けられなくなったら、キャプス様が助けてくれると嬉しいんだけど......」

「君って案外ちゃっかりしているよな」

「私、末っ子でお兄様達に助けてもらうことが多かったから」


何故かエリールは自信満々に“えっへん”と胸を張る。


「可愛がられて育てられたのは何となく分かる......」

「お兄様達は私がここに住むことを知らない状態なのかしら?」

「そうだな。オレは何も伝えていない」

「なぜなの?」

「クドクド文句でも言われたら面倒だろ。それに本人から理由は聞くべきだ」

「そんなぁ......」

「ホント、随分と甘やかされて育ったみたいだな」

「ボス、そんな冷たい言い方しなくても」


エリール達のやりとりを見ていたパイクがフォローしてくれる。パイクはこの前、ドーナツのお土産をもらってからエリールの味方になったみたいだ。


「お前もドーナツぐらいで買収されるな」

「されてませんよ。ボスは何でもできる人ですが、こちらのお嬢さんは要領が悪そうなんで多めに見てやったらと」

「要領が悪いって」


不満顔をパイクに向けると、パイクは素知らぬ顔をしてクッキーをかじった。


「今夜はサーモンとキノコのホイル焼き作ろうと思ったのにな……」

「え、美味しそうじゃないですか!」


料理に惹かれたらしいパイクは、期待する目でエリールを見る。


「だから、私のことを悪く言っちゃダメでしょう?」

「はい、もちろんです!」


エリール達の会話を聞いていたキャプスはやれやれとタメ息をついた。


その夜は、エリールの夕食の献立案を聞いたクマ&ハチが買ってきてくれたサーモンとキノコを使ったホイル焼きが食卓に並び、テンションの高めの食事となった。


何気にキャプスも一緒の食卓で食事したのは初めてだったが、彼は無口ながらもしっかりと出された食事を全て平らげたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る