手作りクッキー

キャプスの屋敷に住むことになった経緯をマルタに話すと、案外アッサリと了解を得られた。


マルタには秘密にしていたスキルをキャプスに告白したことをかなりグチグチと言われたが、エリールに迷いがないと分かるともうそれ以上は何も言わなかった。


「お嬢様がそこまで考えて決めたことなんです。スキルを話した以上はボスの元にいて守られている方が安全ではあるでしょう」


そんなわけで、学園の帰りにマルタと共にキャプスの家に向かった。


「奥様やお兄様達にはしっかりとご自分から事情を説明してくださいね。こんな秘密をいつまでも私一人が抱えていなくてはならないと思うと痩せそうですよ」

「いつも通りよ?」

「例えです!」


ワイワイ話ながらキャプスの屋敷に着くと、珍しくキャプスの母であるシュトラが出迎えた。


「今日からお世話になります。こちらは侍女のマルタです」

「奥様、お嬢様共々、お世話になります」

「堅苦しいのはいいわ。私、今までと同じように出かけることが多いと思うの。これでも一応、キャプスの母としてあの子のことを気にしていたつもり。だけど、あなた達が来たのだからこれからは安心して遊べるわ」

「そういうわけで来たのでは……」

「やはりそういった目的で住まわせるつもりだったのか!」


キャプスの冷たい声が後ろから聞こえた。


「あら、あんたも帰ったの?私、さっそく旅行に出かけるわ。じゃ」


シュトラは息子の反応を気にすることなくそのまま旅行鞄を下げて出て行ってしまう。門近くに停められた馬車から紳士が出て来ると、慣れたようにシュトラの手を取って馬車の中へと導いた。乗り込むとこちらを気にすることもなく行ってしまう。


その様子を見たキャプスは深いタメ息をついた。エリールとマルタも何も言葉を発することができなかった。


「ようこそ、我が家へ。こんなところで良ければ好きに住んでくれ」


ちょっと投げやり的なキャプスの言葉に、エリールは胸が痛む。実家の家庭環境とは違い過ぎて切なくなった。


「キャプス様、あの、今日の予定は?」

「今日は特にない。屋敷にいる予定だ。なぜ?」

「ならばいいの。ではまた後で」


パイクがエリールとマルタの部屋を案内してくれた。この前、滞在していた部屋をエリールの部屋として用意してくれたようだ。マルタは隣の部屋で侍女の部屋としては好待遇だった。


既に運び込まれていた荷物を大体片付けると、エリールはエプロンを取り出してマルタが用意してくれていた材料を持ち調理場へと向かう。調理場へ行く時に思ったがこの屋敷は極端に使用人が少ない。タウンハウスというのもあるが、伯爵レベルの屋敷としては人が少なすぎた。


(やっぱり組織のことを知られないためなのかしら……ならば私も家のことを手伝う方がいいわよね)


エリールは、家事全般が得意なのでそういう手助けができるならばと、モチベーションが上がる。


調理場に行くと、キャプスが事前にシェフに話を通してくれていたようでスンナリと調理場を使わせてくれた。


「何を作るんで?」

「クッキーよ。おじさんも作ったことあるかしら?」

「おじさん……オレのことは“クマ”でいいよ。クッキーね、ほとんど作ったことないな。ちなみにオレまだ25だからな」

「へぇー意外と若いのね。で、何でクマ?見た目で?」

「そう通称“クマ”。怪力と調理が得意スキルだ」


どこまで本気で言っているのかは分からないが、怪力で調理が得意なのは本当そうだ。


「親方だけ盛り上がっちゃってズルイですよ。オレは通称“ハチ”。素早い調理が得意で甘いものに目が無い。だから“ハチ”って呼ばれてる。クッキー作り、楽しそうだね」

「あの、これからお世話になるんだけど、私のことはなんて聞いてるの?」

「ああ、オレらも組織の人間だから、説明してもらわなくても分かってる。よろしくな。アンタの兄ちゃん達とも知り合いだぜ」

「クマとお兄様達は知り合いなんだ?今度、お仕事中のお兄様達のこと良かったら聞かせてね」

「まあそのうちな!ホラそれより早く作るんだろ」


急かされてクッキー作りを始める。エリールもこちらに来てからクッキーをつくるのは久しぶりだ。“これからよろしくね”的な意味でクッキーを作ってキャプスやキャプスの母に渡そうと思ったのだ。シュトラは出かけてしまったけど。


(バターを利かせたクッキーなら、甘くなり過ぎないからキャプス様も食べられるわよね)


エリールはクッキーが焼き上がるまでの間、クマ&ハチと様子を見に来たマルタとで楽しくおしゃべりをしていた。


「ああ、いい香り!これは上出来なクッキーの香りだな!」


ハチがクンクンと鼻を鳴らす。焼き上がって取り出すと、バターがじんわりとしみ込んだクッキーが出来上がった。


「これ、キャプス様に食べてもらおうと思って。10枚くらい持ってくわね。後はクマやハチとかほかの使用人兼手下?の人で食べてもらえたらと思って」

「オレ達に気を使ってくれたのか?そりゃウレシイ!ちなみに、使用人は本当に最小限に抑えられているんだ。洗濯と掃除のメイド兼手下のソントっていうヤツと執事兼手下のパイクがいるだけだ」

「ソント?その人は通称じゃないのね」

「女だからな。オレ達みたいに動物や虫の名前で呼んだらカワイソウだろ」

「女性なのね、マルタは知ってる?」

「会ったことはないですが、諜報方でしたね」

「ソントは殆ど姿を現さないからなー。そんでもって、この屋敷で何にも知らないのは奥様だけさ」

「ずいぶん、秘密が多い家だこと」

「まあ、そんなことはいいからボスに焼きたてのクッキー持ってってやんなよ。味見したけど美味しいぜ」


ハチのお墨付きをもらったエリールはお皿にクッキーを乗せると、パイクに案内されてキャプスの私室に向かったのだった。

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