まさかの同居生活

それはそうと、とキャプスが言いにくそうにエリールに告げた。


「母が……君をここに住まわせると言っているんだが」

「そうおっしゃってましたね。お母様は組織のことは知らないのですよね?」

「ああ、父が知らせなかった。そのせいで、気持ちがすれ違ってしまったが」


キャプスの父も妻をやはり組織とは関わらせたくなかったため裏の顔のことは一切知らせていなかったようだ。だから屋敷を組織の仕事で長く空けることが度々あると、キャプスの母は夫の浮気を疑い、遊び歩くようになってしまったらしい。これは兄達の話だが。


「母は乗り気で、もう部屋の模様替えをすると言って業者を呼んでいる。思い立ったらすぐに行動に移してしまう人だ。オレは今まで通り離れて暮らした方がいいと思うが」

「私は、学園からこちらのお屋敷の方が近いし、寮でないのならばキャプス様のお屋敷でお世話になっている方が実家にも説明しやすいからいいかなって」


さすがにボスが責任を持って自分の屋敷で預かるとなれば、実家の母や兄も文句は言えまい。


「そう言われてもな……うーむ、どうするか……」


今までならば、迷うことなくエリールを突き放すはずなのに、なぜか迷ったような言い方をするのが気になる。


「……もしかしてキャプス様、一緒に住んだら子ウサギに変身した私をナデナデできるなぁ、なんて思ってません?」

「……気持ちを読むなよ」

「えぇ本当にっっ!?」


まさかの読みが当たっていたらしい。そんなに子ウサギが好きなのか……。


「では私、こちらに戻らせて頂きます!マルタも今の新居よりはこちらの方が働きやすいだろうし」

「迷うところではあるが、君のスキルは貴重だ。君を手元に置いておきたい。明日にはこちらに荷物を運ばせておこう」

「ありがとうございます」

「君のスキルを知ったからには利用させてもらうこともあるかもしれない。家族の同意なしにスキルを使った仕事をしてもらうつもりは無いが」

「私ができる範囲で協力しますね」

「ああ、ありがとう。それと、このスキルの話はオレだけに留めておく。フェスタにも話すな」

「分かってます。家族とマルタとの秘密です」


そんな言われ方をしたキャプスは微妙な顔をしたが、思い出したように“ドーナツでも食べるか”と提案してくれた。色々あってすっかりドーナツのことを忘れていた。


ドーナツを頬張りながら、キャプスの母のことについて対策を2人で練る。


「母は、君のことを何だか気に入っているようだな。なぜか君がいる場所に母が現れることが多い気がしてならない」

「お母様は自由に過ごされているのでしょう?」

「ああ。オレが家に女性を連れて来たのが初めてだから気にしているのかもしれないが」

「そうなの?」

「多分だ。オレは今まで女性をこの屋敷に招くことなんてなかったからな」

「それはやっぱり……女性に興味が無いとか……」

「ちがう! こんな秘密を抱えていたら、気軽に女性を近づけられない」

「そう?フェスタは気軽に女性に関わらず誰にでも話しかけているみたいだけど」

「フェスタはそういう役回りだからだ……フェスタと言えば、君が一緒に住むとなればまた文句を言いに来そうだ。というか、必ず現れるな」

「またって、言いに来たことがあるの?」

「君を最初のオペラ観劇に連れて行った時、見られていた。翌日、文句を言いに来たぞ」

「そんなことをしに……」

「聞いておくが、フェスタのことはもういいのか?一緒に住むとなれば今度は完全に婚約者として世間に認識されるぞ?」

「キャプス様こそ。どうなの?」

「オレは誰とも結婚する気はない。だから問題ない。問題があるとすれば君の方だ。いずれ家庭を築きたいんじゃないのか?」

「私はサラサラそんな気がないの。誰かさんが私の信頼を裏切ってくれたから」


エリールはいずれ結婚したいと思っていた。だけど、そんな相手は自分を裏切った。当分、結婚なんて考えたくない。


「覚悟してるんだな?後で後悔して文句を言うなよ?」

「大丈夫。ここで私のできることを探していく」


タメ息をついているキャプスの顔が見えたが、エリールは自分の将来がかかっている。自分なりに数日間本当に真剣に考えたのだ。


「分かった」

「あの、ついでに頼みというかお願いというか、言ってもいい?」

「何のついでだか分からんが、何だ?」

「私、お料理が好きなの。シェフがいるけど、私もお料理していい?お洗濯も得意よ!」

「料理を?実家でやっていたのか?」

「うちはしがない田舎の男爵家だもの。できることは自分達でやることも珍しくないのよ。伯爵家とは違って」

「……まあ、好きにすればいい。シェフに言っておく」

「ありがとう!」


エリールはキャプスの許可が無事下りたことで、屋敷での生活がかなり楽しみになったのだった。

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