エリールの誘惑

帰りの馬車の中、エリールは考え込んでいた。


「何を考えている?」


ずっと黙り込んでいる様子を気にしたらしいキャプスが声をかけてきた。


「私、ラビィが組織の一員になることを決心するなんて思わなかった」

「まだ、そのことにこだわっているのか」

「人材に困っているの?」

「そういうわけじゃないが、彼女は演技ができるし、聞いたところなかなか度胸もある。使いやすい人材だ」

「私は役に立ちそうにない?」

「何でそんなことを言うんだ。家族が悲しむぞ」

「私だって、役に立てることはあるのよ」

「この前もそう言っていたな。組織の仕事は最悪……言いにくいが君の父のように命が無くなることもある」

「それでもラビィは組織の一員になったじゃない」

「彼女は、劇団を守るために命をかけられる覚悟がある。君はそういった覚悟ができるのか?」

「覚悟は……できてない。だけど、このままでいいのかなってずっと思ってた。守られているだけで、私は何もできないなんて」

「何もできない人はいらない」


キャプスの言葉は冷たい。だが、真実だろう。


「……お兄様達には武力スキルがあるわよね」

「君はスキル持ちじゃないだろう?何かあるって言うのか?」

「もしあったらどう思う?」

「スキルにもよる。もし、君がスキルを隠していたとなれば相当なものと期待するが?」

「……」


エリールは、家族がずっと隠してきたスキルをこんな風に勢いで言っていいものか迷った。だが、勢いで言ってしまった手前、引っ込みがつかない。


「えーとね、“誘惑”スキルよ」

「誘惑?魅了でもできるっていうのか?君のところは精神系スキルの家系じゃないだろう?」

「そうだけど私は特別にできるの。試してみる?」


エリールは本日も頂いたシャンパンの酔いの力を借りて、恐れ多くも裏組織のボスであるキャプスを“誘惑”してみることにした。


向かい側に座るキャプスの方に席を移ると両手でキャプスの顔を挟み、顔を近づける。鼻と鼻がくっつきそうでくっつかないくらいの距離でキープして手で頬を撫でる。前にフェスタにやってあげたらすごーく喜んだヤツだ。


「……“誘惑”スキルとはこれか?何ともないぞ」


腕を掴まれて引っぺがされた。失敗したらしい。私ってそんなに魅力なかったのだろうか……とエリールは落ち込む。


「それはスキルじゃなくて単なる“誘惑”しているだけだ。スキル持ちなんてウソだな」

「……フェスタには効いたわ」

「オレはフェスタじゃない。ボスにこんなことをしていいとでも?」


キャプスの目がギラリと光る。怒らせてしまっただろうか。


「“誘惑”スキルといういうならばこうやるんだ」


キャプスがエリールの顔を両手で挟むと目線を合わせてしばらく見つめた。


だんだん頭がクラクラしてくるのをエリールは感じる。キャプスの顔が少し歪んで見えてきた。


『君はオレのことを好きでたまらない』


そんな言葉が聞こえてくると、その言葉が真実な気がしてきた。エリールは意図せず身体が動いてしまう。


「そこまでだ」


キャプスの人差し指がエリールのおでこにビリシとつきつけられた。


気付くとエリールはキャプスの膝に乗り上げてしなだれかかっている。キャプスはエリールを膝から降ろすとタメ息をついた。


「精神系スキルっていうのはいわゆるこういう催眠状態にさせるんだ。君のさっきやったのとは違うだろ」

「ごめんなさい……本物は全然違うのね」

「何でウソをついた?オレをなめてもらっちゃ困るんだがな」

「なめてなんかない。私も役立ちたいと思ったの。私にしかできないこともあるって言いたかったの」

「今の君が何に使えるかと言えば、こうしてオペラを観に行くことぐらいだ。ああ、あとは学園での令嬢除けだな」

「それだけ?」

「ほかに何があるんだ?それだけでもオレは十分助かっている」


そんな風にキャプスに言われてエリールはうまく丸め込まれているような気持ちになった。


(ラビィに負けたくない)


フェスタと一緒にいたラビィを見て、幼い思考だと思われるかもしれないがエリールはそんな風に思ってしまっていた。あの挑戦的な言葉も許せない。


「ラビィの言葉に刺激されたんだろ?仕事もフェスタの面倒も見ると言われて内心穏やかじゃいられないのは分かる」

「そう私、そんなに大人になれなかったわ。売られたケンカは買う主義なのよ」

「おいおい、ケンカを売られただなんて。まあ確かに彼女はケンカを売っていたな。ラビィは面白い」

「あなたまでそんなことを言って」

「ムキになるな。焦らなくていい。そんな気持ちで組織の仕事をしようなんて思われても困るからな」

「……あなたはどんな気持ちで仕事を受け継いだの?」


ずっと聞きたかったことを思い切って聞いてみた。


「オレはやるしかないからだ。選択肢なんてないんだ」

「選択肢が無い?」

「国を守るためにオレがやらなきゃいけない。とは言え、しょせんは裏方の汚れ仕事だがな。君は選べる立場にあるんだ。家族の気持ちを大事にした方がいい」


エリールを突き放すようにキャプスは言ったのだった。

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