それぞれの朝

フェスタは、昨晩目撃したキャプスとエリールの光景が衝撃的でほとんど眠れなかった。


明け方、やっと眠れたと思ったら自分が大事にしている宝を誰かにとられる夢を見て気分悪く目覚めた。


(エリールがなんで組織の手伝いなんて。しかもキャプスと……)


自分が組織の仕事をするのは当たり前だから構わない。だが、なぜキャプスはエリールを組織の仕事に巻き込むのか。オペラを観に行くと言ったって、ボスのパートナーとなれば狙われる可能性もあるのだ。


(キャプスと話さなくちゃなんねえ)


フェスタは起き上がると、シャワーを浴びて強制的に目を覚ました。


一方、昨晩、キャプスの肩に寄りかかるうちに眠ってしまったエリールは、キャプスに背負われて部屋に戻り、そのままの恰好で眠ってしまっていた。


「私、なぜこの姿のまま寝ているの?」

「お嬢様、ボスに背負われてこの部屋に戻ってきたのを覚えていません?」

「ボスに背負われて?」

「そうですよ。背負われている時、スリットから脚がむき出しになっていましたよ」

「それはマルタのせいでしょ!......それにしてもボス自ら、3階のこの部屋までおぶってきてくれたの?」

「そうですよ。無理させたって。少しシャンパンをお飲みになったそうですね」

「1杯だけね。慣れないドレスアップとかオペラとかで疲れたのよ」

「最近は色々ありましたしね。オペラは楽しめたんですか?」

「ええ。とーっても芸術的だったわ」

「あら、薄っぺらい感想......」

「ともかく、楽しかったわよ」


叩かれた話はしないでおこうと思ったが、マルタは頬の傷に気付いていた。


「で、その頬の傷は?」

「ちょっとね。ボスのファンに叩かれたの」

「何ですって?」


マルタの表情が変わる。


「そうなるから言うつもりなかったのに」

「どこのどいつです?」

「サーブ伯爵家のネリー令嬢よ。だけど、ボスがしっかりと対処してくれるって」

「ならいいです」

「ボス、手荒なことしないわよね?」

「素人に粗いことはしませんよ。手痛い思いはしてもらいますがね……」


ふーんと、適当に流しておいた。仕返しの方法なんてあまり知りたくない。


「学園には行かれますよね?」

「ええ。急いでシャワーに入りたいわ」

「朝食の用意をしておきますね」


シャワーを浴びて朝食をとると、制服に着替えて学園に出発する。青い空が広がりとても天気がいい。


(まるで昨日の夜のことが夢だったみたいだわ)


学園の門に着くと、キャプスが門にもたれてエリールを待っていた。


「おはよう。眠れた?」

「あ、お、おはよう。昨日はありがとう。その、背負って部屋まで運んでくれたんでしょう?重かったんじゃない?」

「いや軽い。大丈夫だ。それにしても見せて」


キャプスが私の頬の傷を見て眉を寄せた。


「やっぱりアザになっているな」

「メイクで少し隠してきたんだけど、目立つかしら?」

「目立ちにくくはなっているが、よく見ればわかる。数日中にサーブ伯爵家から謝罪があるはずだ」

「そこまでしてくれてありがとう」

「当たり前だ。オペラ座で君とオレの姿を見た者はほかにもこの学園にもいるだろう。オレの彼女に手を出せばオレの顔に泥を塗るのと同じだ。許すわけないだろう」

「そっちですか?」

「どちらの意味でもだ。君、分かっている?昨日のオペラ観劇に行ったところから君はオレの彼女だってこと」

「えぇ、彼女?」

「フリだがな。さあ、手でもつないで教室に行こうか」


キャプスはエリールの前で“僕”とは言わず“オレ”と言うことにしたようだ。少し警戒感が薄れたのだろうか。エリールと手をつなぐと教室へと向かって歩く。こちらを見てショックそうに口元に手を当てる令嬢の姿がチラホラ見えた。


「目立ってる」

「いいじゃないか。それにしてもようやく敬語じゃなくなったな」


エリールは感情を爆発させてしまってから、ありのままの話し方でいくことにしたのだ。


「あんな泣いてる姿を見せちゃったし、もういいいやって」

「そう。それでいい」

「キャプス様も、もう少し自然な姿を見せてくれたらいいなと思ってる」

「オレ?追々ね」


エリールだけ素を見せているのになかなか素を見せないキャプスはちょっとズルイと思う。分かりやすいのはボスとしてはダメなのかもしれないけど。


そんな2人の様子を、3年の校舎から見ていたフェスタは爪が手に食い込むほどこぶしを強く握りしめた。


「どうしたの?すごーく怖い顔」

「ラビィか、今は構うな」

「ああ、あの2人。オペラ観劇に昨夜行っていたんでしょう?クラスの子が言ってた」

「もうウワサになっているのか」

「フェスタ様も知っていたのね」

「オレは昨晩、直接見た」

「遅くまで飲んでたの?少しお酒のニオイがする。いくらフェスタ様でも1人で遅くまで危ないわよ」

「相談されていたんだよ……ってお前にそんなことを言われる筋合いはねえ」

「冷たいこと言わないで。あなたのことを心配している人もいるってことよ」

「……ラビィ、今日は劇場に1人で行けるか?」

「行けるけど……何で?」

「言わなくてもいいだろ。帰りは送ってやるから」

「……分かった。待ってる」


不服そうではあるものの、ラビィはフェスタの言葉を大人しく聞くと1年の校舎に戻って行った。


フェスタはキャプスとエリールの2人の姿を思い出すと、歯をギリっと噛みしめたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る