動揺するフェスタ

オペラの上演が終了し帰宅する人が出口に向かっていく。


オペラを観に来た人々に変わったことは見られず不審な点も見られなかった。エリールはキャプスと行きと同じように腰に手を回された状態で階段を降りる。


途中、バーカウンターであったアーバンとアナスタシアに再び会うと、キャプスは何かを彼らに告げて別れた。


「何か手がかりあったの?」

「いや、今日は特には。さあ帰ろう」


キャプスは馬車乗り場にエリールを連れて行くと、待っていた馬車に乗り込めるようにエリールに手を差し伸べた。


「酔いは冷めたか?」

「酔ってないし」

「少しまだ顔が赤いぞ」


久しぶりに飲んだお酒だから思ったよりも赤くなっているのかもしれない。


キャプスの手に掴まって馬車に乗ろうとすると、大きく入ったスリットがパックリ割れて太ももが露わになる。


「あら、見えちゃった。ウフフ」


何だかおかしくなってケラケラ笑ってしまう。


「おい、思ったよりも酔っているんじゃないか?少しフラついているぞ」


キャプスがエリールを半ば抱き上げるようにして馬車に乗せる。


「帰ったら、水を飲むんだ」

「お役目が終えられそうだと思ったら気が抜けて、急にフワフワした気分になって……」

「色々と気を使わせたな。叩かれることになったのはすまなかった。叩かれることになるならば、君を連れて来るべきじゃなかった」

「叩かれたのはビックリしたし痛かったけど、オペラは素晴らしかったし、ドレスアップもできたし満足よ……私だって役に立てるでしょう?」

「エリール?」


キャプスやフェスタ、さっき会ったアーバンやアナスタシアを見ていたら、私だって役に立つ人間なんだとエリールは言いたくなってしまった。


「お母様もお兄様達も私を組織に関わらせたくないって何も言ってくれなかったけど、私だって少しくらいのお手伝いはできるのよ」

「……君、そんな風に思っていたのか」

「フェスタだって、いつも何も言わなかった。ケガをしてきた時も何が起きたのかなんてぜーんぜん話してくれないし」

「酔って絡むなよ。君が今日来てくれてオレは助かった」


しまいに泣きだしたエリールをキャプスは困ったように慰める。エリールはここ最近、起きたことの疲れもあって思わぬ形で感情が爆発していた。キャプスはエリールを抱き寄せ、自分の肩にエリールの頭を乗せると背中をポンポンと叩いて落ち着かせた。


少し前、オペラ座の向かいで酔いを醒ますフェスタが偶然いた。ラビィを劇場に送った後、街でいつものように相談事をされて、そのまま相談してきた花屋の男と食事をしていたのだ。お酒も飲んでいたのですっかり遅くなってしまった。


学園に酒臭いまま帰るわけにはいかないため、明るくライトアップされたオペラ座とは反対側の目立たない場所で水を飲んで酔いを覚ましていたのだが、オペラ座の馬車寄せが急に騒がしくなったのを見て、オペラの公演が終わったのだと分かった。


(そういや、オペラ座もきな臭いウワサを聞いたな……)


酔いの回る頭でボンヤリと考えていると、次の瞬間、一気に酔いが覚めるような光景が目に飛び込んできた。


「エリール!キャプス……!」


キャプスに伴われてきたエリールは、キャプスに腰を支えられ密着している。エリールはドレスアップしてこれまで以上にとても美しかった。


これは一体どうしたことだろう。今日、エリールを連れてオペラ座に行くなんて聞いていない。


酒に酔っているのだろうか、エリールはふらつきながら馬車に乗ろうとして深く入ったスリットから太ももを惜しげもなく披露しているではないか。自分だってあんな露わなエリールの太ももを見たことがない。


(何だってあんな恰好しているんだ!胸の谷間だってアクセサリーで隠れてはいるがほとんど丸見えじゃないか!)


足元が怪しいエリールをキャプスが抱き上げると、馬車の中に運び入れている。馬車内の様子は良く分からないが、2人で寄り添っているように見えた。


ほとんど無意識に馬車の方へと駆けて行こうとしたところで、後ろから肩を掴まれた。振り返ると組織仲間のアーバンがフェスタの肩に手をかけている。アーバンはタキシード姿だった。


「止めておけよ。嫉妬なんてみっともないぜ?」

「嫉妬じゃねえ。なんでキャプスがエリールとオペラに!」

「仕事に決まってるだろ。オレだってほら、アナスタシアと」


よく見ると、腕を組んだアナスタシアがアーバンの側に立っていた。グリーンのタイトドレスを着ている。


「少し話したけど、彼女、本当にフツーの女の子ね」

「何で酒なんて飲ませてるんだよ」

「彼女、緊張していたから。ホラ、オペラ観劇はカップルでいくものだろ。ガチガチじゃおかしいし」

「というか!なぜエリールなんだよ。アナスタシアで良かっただろう」

「アナスタシアはオレのパートナー役だぞ」

「あたしもボスのパートナーを務めてみたかったけど、あたしなりに色々とチェックすることもあったし」

「ボス、学園で令嬢達に追われているんだろ?パートナーは、エリールみたいに学園も一緒の女の子が必要だったわけだよ。ただでさえ、お前からフラれたと言われているんだし。丁度良かったわけだ」

「オレがフッただって?」

「お前がフッたんじゃないの?」

「フッてなんかねえ!オレがフラれたんだよ。詳しくは言わねえけど……」

「何かフクザツなことが起きたのね」


アナスタシアが興味無さそうな声で言う。アーバンは同情してくれているのかフェスタの肩を叩いた。


キャプスとエリールを乗せた馬車はもうとっくに去ってしまっている。キャプスはアーバンとアナスタシアと別れると、水を一気に飲んで学園の寮へと走って戻ったのだった。

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