組織の仲間とシャンパンを
“親しい男女”という言葉に、急にエリールは焦った。
キャプスはオペラ観劇に誘った意味をきちんと理解していたんだと思うと、何だか落ち着かない。
「というわけだから、オペラ座に着いたら親しそうにしてもらう必要がある」
「親しそうってどの程度に?」
「まず、敬語はヤメて普通に話す、そして多少のスキンシップかな」
「えっ……」
「肩を抱くぐらいだよ。それくらいなら許してもらえないか?」
「それくらいなら……」
肩を抱かれるのはフェスタにもされたことがある。相手は違うがまあ許容範囲だ。
馬車の中ではそれ以上、これといった会話は無く、オペラ座に着くまで無言の時間が続いた。
(こんな感じで急にパートナーらしく振る舞えるのかしら?)
「あの、“親しい男女”という認識を持たれることになるなら、学園でも一気にそういうウワサが流れますよね?」
「ああ、そうだね」
「イヤじゃないんですか?」
「僕は構わない。いつも寄って来る女子がうっとおしかったから丁度いい」
「うっとおしいから丁度良い……」
「君もしばらくは恋人なんて作るつもりないだろ?」
「まあ……」
「僕とのオペラ観劇が話題になれば、フェスタ達のことを面白おかしく言うヤツらに一泡吹かせられるぞ」
「それは……ありがたいかもしれません。確かに友人達にもフラれたと思われているみたいですし」
「君がフッたんじゃなくて?」
「……目撃したことは学園の友達には言ってませんから」
「言わないでくれてありがとう。アイツは学園の人気者でいてほしいから。仕事がやりやすいという点で」
「はあ……」
「そういうことなら、心変わりした友の親友が君を慰めるという設定でいかせてもらおうかな」
「あの、楽しんでいません?」
「まさか。君にはツライ思いをさせているからね。まだ、気になっているだろう?フェスタのこと」
「いいえ。もうぜんっぜん!すこーしも思い出すことがありません!」
「君はウソが下手だ。僕がそれらしく振る舞うから合わせてくれればいい」
そんなやりとりをしているとオペラ座に着いた。馬車からキャプスがさっそく本物の恋人を見るようにエリールの瞳を見つめながら降ろしてくれる。
キャプスは自然な様子で手をつないだ。腕に掴まって歩く普通のエスコートじゃない!と、エリールが驚いているとキャプスは余裕そうに微笑んでくる。
(なにこの人、自然にこんなこともできるのね……)
普段の冷淡とも言える彼が、こんな自然に恋人らしいスマートな行動がとれるとは思わなかった。
そのまま手をつないで会場に入ると、オペラ座内にあるバーカウンターに向かう。知り合いなのか、同じようにドレスアップした女性とタキシードの男性がいてキャプスが話しかけている。
知り合いのカップルの男性は、赤茶色のクルクルとしたやわらかそうな髪が特徴のスタイリッシュな人で、女性は黒髪と切れ長な黒い瞳がとても色っぽい美人でスタイルの良さが際立つ人だ。
「何か飲む?」
「え?私ですか……?」
「緊張しているようだね。少しシャンパンでも飲むといいよ」
気を抜くとすぐに敬語になってしまうエリールを見かねたのか、キャプスはカウンターに向かうと飲み物をオーダーしに行ってしまった。待っている間、知り合いらしきカップルに小声で話しかけられる。
「……ボスのパートナーにフェスタの元彼女とはね。ラッキーじゃないキミ」
「うらやましいわ。ボス、私をパートナーにしてくれても良かったのに……」
「君にはオレというパートナーがいるだろう?」
「そうだけど、ボスのパートナーなんて面白そうじゃない」
「......あのぉ、お仲間の方ですか?」
「そうだよ。あ、オレはアーバン。若手紳士会のメンバーつながりってことになっている」
エリールは彼らを知らなかったが、エリールのことをよく知っているらしい。エリールは驚いた。
「私はちょっとしたお手伝いで今日、来ているだけでして……」
「うまくやれるかはアナタにもかかっているわよ」
「おいアナスタシア、プレッシャーかけるなよ。彼女は素人だぜ」
「かけてないわよ、ホラ戻ってきた」
「君ら、何を話していたんだ?」
「特には。挨拶をしてただけさ」
親しそうな雰囲気で彼らと話した後、キャプスは低く小さな声で彼らに一声をかけた。
「オレ達は3階、お前らは2階だ」
「分かってます」
キャプスの言葉使いがいつもと違う。これがボスとしての顔?頼まれた2人は指示をされると急に表情が引き締まった。
「エリール、了解をとらずに買ってきてしまったが、酒は飲めるか?試しに少し舐めてみるといい」
「お酒は領地にいた時にちょっと。兄達はお酒好きだから私も大丈夫かなと」
「ああ、あの兄貴らは確かによく飲むからな」
「知っているの?」
「ああ、去年一緒に飲んだ」
「へぇぇ」
「エリール、もう少ししたらオペラが始まる。飲んだら席に向かおうか」
「分かりま…分かったわ」
うっかりすると敬語になってしまう。緊張しているからだろうか。シャンパンのグラスを受け取ると、エリールは一口飲んだ。
「あ、美味しい!」
「やはり飲めるクチか。味は気に入ったか?」
「ええ。グラスが1つしかないみたいだけど、あなたのは?」
「オレは大丈夫だ」
あれ?と疑問に思っていると、アナスタシアが小声で教えてくれた。
「ボスはね、仕事の時は飲まないのよ。覚えておきなさい」
(そうなのか。プロ意識というヤツかしら)
納得がいったエリールは、キャプスを待たせてはいけないと思ってグイッとシャンパンを一気に飲み干した。
「一気に大丈夫か?無理して飲み干さなくても良かったんだぞ」
「とても美味しかったから大丈夫!」
「ならいいが、そろそろ行こうか」
キャプスはエリールの手からグラスを取ると、近くにいたウエイターにグラスを返して自然な様子でエリールの腰に手を回した。自然と振る舞わなくてはいけないのに、腰に手を回された瞬間、エリールはビクっと反応してしまう。
そんなエリールの様子をキャプスは面白そうに見ていたのだった。
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