オペラ観劇へ

早くも週末になり約束のオペラ観劇の日がやって来た。


「ねえマルタ、おかしくないかしら?」

「とーってもキレイです!!ボスも惚れ惚れしちゃうんじゃないですかね」

「言い過ぎでしょ……」


ドレス専門店で調整したドレスが今朝届き、それに合わせてお風呂で肌磨きだの、髪の毛を結ったりだの、メイクしたりだので気付いたら日が暮れていた。


(用意だけで1日かかるなんて……)


鏡の前に立つエリールは確かにいつもとは違ってとてもキレイに見えた。だけど、これを作り上げるのにこんな時間と手間をかけるのかと思うと、たまにでいいかなと思える。


「そろそろボスが迎えに来る時間ですね」

「そうね。きちんと夕飯は食べたのかしら?」


観劇前に食事はどうかと聞かれたのだが、食事してスレンダーなドレスがキレイに着こなせなくなったらイヤだという思いと、ドレスを万が一汚したらという心配で食事はお断りしたのだ。


ちなみに、お昼をメインにして夕食は軽くとって体型キープに気を使った。


「ふわあ。もう行く前に疲れちゃうわぁ」

「そんなこと言って……あ、お見えになりましたよ」


部屋の扉をノックする音が聞こえて、エリールも背筋をシャキッと伸ばした。


マルタが扉を開けると、タキシードを着たキャプスが立っていた。ホワイトシャツに蝶ネクタイ、ウエストにカマーバンドというフォーマルスタイルが似合っている。なぜか手には小ぶりの花束を持っているではないか。


「手ぶらで来るのも何だなと思って」


渡された小ぶりの花束は、色とりどりのミニバラが束ねられていてとてもカワイイ。


「ありがとうございます。バラって好きなんです」

「そうなのか?持ってきて良かったよ」

「マルタ、お花を活けといてもらえる?」

「かしこまりました。お嬢様にピッタリのプレゼントですね」

「え?ええ……」

「では、さっそく行こうか」

「行ってらっしゃいませ」


マルタはいつも通りのキャプスの様子にちょっと不満みたいだった。わざわざ“美しいお嬢様に…”なんて言ってくるので答えにくいといったら。肝心のキャプスはスルーしてるし、ハズカシイと、エリールは思う。


部屋を出ると、キャプスが腕を折り曲げて差し出してきた。


「ドレスだと歩きにくいだろう?掴まってくれ」

「では、お言葉に甘えまして」


キャプスの腕に掴まると、細く見えるのに意外と筋肉質で驚いた。男性だとは分かってはいるが、改めて異性なんだと感じる。


「どうかした?」

「いいえ」


話が盛り上がるワケでもなく3階から階段を降りると、停めてあった馬車に乗せてもらう。


乗る時にアッと思ったのだが、このドレスを試着した時には無かったハズのスリットがいつの間にか入っている。しかも、かなり深く。馬車に乗ろうとしてスリットから見えた脚が大胆に露わになった。


……マルタの仕業だろう。“お嬢様のスタイルはスバラシイ!”なんていつも言ってくれているから“美脚”を披露するために、マルタが後からドレス専門店に指示したに違いない。


(部屋を出る前にマルタにドレスの裾が……なんて引っ張るからちょっとヘンだと思ったのよね)


スリット部分を留めていた仮止めの糸を抜いたのだろう。そんなことをしてキャプスが気付かないわけないと思うが。どう思われたのやら。


馬車に乗り込むと、エリールの小さな驚きに気付いたらしいキャプスが話しかけてきた。


「そのドレス姿、似合ってるじゃないか。マルタも君の美脚ぶりを見せつけたかったようだし」

「やはり気付きました?私は馬車に乗るまで気づきませんでした……」

「マルタがドレスの裾を引っ張っているから何かと思ったよ。いい目の保養になる」

「……あなたがそんなこと言うなんて」

「僕だって女性に興味が無いわけじゃない。普通に褒めてるつもりだ」

「はあ」


褒めてくれているつもりらしいが、“いい目の保養になる”なんて嬉しくならない言い方をするところが彼らしい。ほぼ1日かけてオペラ観劇に出かける用意をしたのだ。何だかアッサリとした反応でちょっと悔しい。


「この胸元のアクセサリー、用意していただいてありがとうございました」

「ああ、似合っている。君の白い肌に映えるな」

「ありがとうございます」


聞けば褒めてくれる......ならば、もうちょっと誉め言葉を聞いてみたい……。


「あの、ネックレスとピアスはおそろいなんですよ。カワイイでしょう?」

「ああ……すまないが、君の胸元をそんなに凝視するわけにいかないんだけど」

「え?」


エリールは誉め言葉を引き出そうとして前のめりになりなっていたので、胸が寄せられて特盛になっている。


「し、失礼を。せっかくこんな高価なアクセサリーやドレスを用意していただけたので、もう少し評価して欲しかったと言いますか……」

「君が喜んでくれているならいいんだ」


向かいに座るキャプスはちょっと顔がほんのり赤い気がした。いつもクールな彼にしては珍しい表情だ。


「とにかく、今の君はかなり男性の目を惹きつけるのは確かだからそれを意識しておいてくれ」

「分かりました……」

「それと、敬語はやめよう。今日は親しい男女が集うオペラ観劇なんだから」


“親しい男女”という言葉に、エリールは思わずドキッとしてしまったのだった。

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