◆第三章 新しい捜査と人間関係

キャプスの提案

マルタから“ボスが来た”と知らされた。


マルタにとってもキャプスはボスになるため、彼女はキャプスを“ボス”と呼んでいる。なので、家で彼のことを話す時は自然とエリールも“ボス”と呼んでいた。本人の前で呼ぶと訂正させられるので、名前で呼ぶようにしているが。


「キャプス様、ごきげんよう。学園では滅多にお会いしませんね?」

「君はいつまで敬語を使うんだ?同級生だしフェスタというもいるのだからもう少し砕けた話し方の方が自然だ」

「それは裏の顔を知っているから……」

「普通に話すように、と命じれば聞いてもらえるのか?」

「分かりま……分かったわ。勇気がいるけど」

「僕は害を与えない人間には優しんだ。心配しなくていい」

「まあ、そうでしょうね。学園では穏やかな人にしか見えないわ」

「それでいいんだ。それで、今日来た用件なんだが」

「ボス、コーヒーを入れました。先にどうでしょう?」

「ああ、もらうよ」


先日、新しく部屋に運び込まれたばかりのソファに腰を下ろしてコーヒーを飲むキャプスはサマになっている。本当に普段からコーヒーを好んで飲んでいるようだ。


「ソファ、気に入ったか?勝手に選んでしまったが」

「ええ、あるとないとでは違うわ。ソファがあるとやはりくつろげていい。ありがとう」

「そりゃよかった。僕もソファの方が落ち着ける」

「君も座ってくれ」


1人掛けのソファも贈ってくれたのでそこにエリールは座った。


「それで、用件のことを聞かせてもらっても?」

「ああ。君にちょっとした手伝いを頼みたい」

「手伝いって組織のですよね?」

「先日、手伝いなんてしなくていいとは言ったが、事情が変わった。なに簡単なことだ」

「私にできることですか?」


マルタが心配そうな顔をする。“組織のお手伝い”と聞いて神経をとがらせているようだ。


「ただ僕とオペラを観劇するだけだ。オペラ観劇はペアで行くのがこの国ではマナーだろ?エスコートするにしても適当な女性がいない。そこで君だ」

「ああ、なるほど」


学園で彼に付きまとう女子は数多くいる。キャプスの父は亡くなってしまったがため、既に彼は伯爵の爵位を継いでいる。令嬢達が常々、美男子で将来も有望な彼を狙っているのだ。


「オペラ座で何か起きているの?」

「まだ起きてはいないが、劇団のこともあるからな」


ラビィのいる劇団に警備隊が捜査に入ったというのは聞いている。最近、出回っている白い粉の取引に使われている場所だったとか。管理人のおじちゃんがここだけの話だと言って聞かせてくれた。彼、口軽すぎて大丈夫かしらと思うが。


「聞いているんだろ?アイツはおしゃべりだからな」


(何だ、おじちゃんの口の軽さも計算済なのね......)


「それでだ、オペラ座には今週末さっそく行きたい」

「週末ですか?」

「何か用事はあるのか?」

「いいえ、ありませんけど。オペラ観劇って言えば……」

「ドレスのことか?マルタ、ドレスの手配をすぐ頼めるか?」

「はい、すぐに手配します。ドレスのデザインに注文はありますか?」

「ない。任せる」

「かしこまりました」

「オペラの観劇の開演時間は遅い。帰宅する頃には日付が変わるだろう。行きも帰りも僕が送るからそこのあたりは心配ない」

「ありがとうございます。オペラを観るのは初めてだわ。ドレスアップするのもすごく久しぶり」

「そうなのか?学園の舞踏パーティーも卒業時ぐらいしかないからな。ドレスは好きなのを選ぶといい。ドレス代はもちろん僕が支払うから気にしなくていい」

「いいのですか?」

「ああ。オペラの内容は好みによるかな。少し予習しておくと楽しめるだろう」

「分かりました」

「あと、フェスタ達のことだが。今はツライかもしれないが、割り切って欲しい。ラビィがまだ狙われる可能性がある。心を開けるフェスタが付いているのが丁度いいんだ」

「心を開ける?」

「フェスタには下心はあって近づいたのだろう。ということは、少しは気を許していい相手ということだ」

「まあ……」

「不満か?」

「いえ別に。もう彼とは道を違えたんです」

「なら問題ないな」


キャプスなりに気を使ってくれたのだろうか?フェスタとラビィが中庭で仲良くしているのを見かけた日にそんなことを言ってくるなんて……。キャプスのことだから自分がフェスタ達を目撃したことに気付いてもおかしくはないとエリールは感じる。


「オペラのこと、楽しみにしています」

「まだ敬語だな」

「無意識に敬語が出ちゃうんです……」

「じゃあ週末までには普通に話せるようにしておいて。迎えに来るから」


キャプスはソファから立ち上がると部屋から出て行った。


ひょうひょうと去っていく彼はやはりよく分からない人だなと、エリールは思ったのだった。

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