ストライプ柄の紳士
ラビィはフェスタと大通りで別れると劇場へと向かった。
(あの2人は別れていたのね。いい感じじゃない)
フェスタとあの地味令嬢が別れたのならば、自分の入り込むチャンスができると嬉しく感じた。ただでさえ、フェスタは心配して劇まで観に来てくれたのもいい兆しだ。
(それに、今日はカフェでデートみたいに会えたし……)
ラビィはちょっとしたことで壊れてしまう仲ならばそれまでだと思っていたから、罪悪感は無かった。
カフェでは、彼に白い粉のことを話す前に自分に対してどのように思っているかを探っていたが、良く分からない。こちらに関心を持っているように振る舞うくせに、思うようにノッてこないのだ。
核心をつくことは話さずにタチの悪いファンのことなどを悩みとして相談すると、フェスタはプレゼントを直に受け取るのはやめた方がいいんじゃないかとか、そんな話の程度。
ラビィは今のフェスタとの関係では、白い粉のことを話すつもりは無かった。彼の父は警備隊隊長をしている。信頼関係ができていないうちに話して劇団の営業を停止されてしまっては困るのだ。フェスタの気持ちが完全に自分に向くまで話さないでいようと思っていた。
“オレはエリールが本当に大事なんだよ”
あれは、聞きたくない言葉だった。だが、あの地味令嬢の様子からすると、さらにフェスタから気持ちが離れたことは間違いないだろう。
ラビィは貧窮する劇団を守りたかったから、自分の好みであるフェスタがうまく自分の思うように動くようになれば良いと思っていた。
両親はきっとあの白い薬のことは知っている。フェスタの父が警備隊の一員と知った時、やたら焦っていたから。父親の性格からして、困ったことがあればすぐに相談していただろう。両親は大事なことを自分に隠している。
先日見たストライプ柄スーツの紳士は、両親にまともな援助なんて提案していないのではないかとラビィは考えていた。援助の話があってから劇場に出入りする人が増えたが、観劇しているのとは違うと感じている。
フェスタとは特に話が進展せず今日は別れてしまった。彼の気持ちを自分に向けるまで劇場をそのままにしておいて大丈夫だろうか。
劇場に着くと、楽屋で稽古ができる服装に着替える。皆が仕事を終えて集まる前に、鏡の前に座って夜の公演に向けてメイクをしていると、鏡の中にストライプ柄が映っていたのでラビィは心底驚いた。
「やあ、ラビィ嬢。こちらに寄ったからあなたに挨拶に来ましたよ」
「こ、こんにちは。急にいらしたからビックリしましたわ」
「それは失礼しました。ノックしたのですが、メイク中のあなたは気付かなかったようだ」
(ノックした音なんて聞こえたかしら.......?)
「そうでしたの……気づかずすみません」
「いえ。どうぞメイクを続けて。鏡越しに話せますからね」
「では、失礼して。時間が惜しいものですから……」
メイクしながら鏡越しにストライプ柄紳士と話す。今日もベストを着こんだスリーピーススタイルだ。
「本日の演目は“モリオーネ”ですよね?ヒロインが煽情的なのが魅力だ」
「ええ……観劇されていかれますか?」
「もちろんですよ。援助を申し出たのもあなたのファンだったからですしね」
「私の?お見かけしたことはなかったような……」
「表立って花など届けには行きませんでしたからね。ああ、今日はロビーに花を飾らせてもらいましたよ」
「あの豪華なお花はあなたが……ありがとうございます」
「いいえ、お礼にはおよびません。持ちつ持たれつですからね」
そう言うと、ストライプ柄の紳士ことヒャルトはラビィの背後から両肩に手を乗せた。ラビィの本日の衣装は肩が出ているデザインなので、直に手で触れられていて気味悪い。ラビィは、援助者だというのもあってその手を払いのけることができなかった。
「ビックリしましたわ……」
「寒そうだと思って」
「あの、稽古をすれば身体も温まりますから」
「遠慮していますか?本番前はリラックスが大事ですよ」
怖くて動けないでいると、楽屋の入り口が騒がしくなってきた。仕事を終えた劇団員達がやって来たのだ。
「ああ、皆さん来たようだ。では、私は邪魔になるのでこれで」
(私の邪魔もしてくれたわよ……)
そんな思いがあったが、微笑んで見送った。すれ違いざまに劇団員達がヒャルトに会釈をしている。いつも通りにぎやかな様子の楽屋になった。
「ねえねえ!今すれ違った人、背が高くて顔もなかなかキレイじゃない?ラビィの新しい恋人?」
「違うわよ。あの人、この劇場の援助者よ」
「アンタに気がありそう」
「やめてよ。私の好みじゃないわ」
ヒャルトは色白の優男でキレイな顔をしている。だが、何か好きになれない人だ。寒そうだからといってレディの肩に急に触れるなんて失礼だろう。それに寒そうだったらフェスタみたいな気遣いをしてくれる方が嬉しい。
返しそびれた……意図的に返さないでいるショールを自分の肩にかけた。ふんわりと彼の香りがする。
明日、フェスタにヒャルトのことを相談をしてみようかなと、ラビィは思ったのだった。
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