楽屋に花を持って登場

フェスタはロビーに飾られていた花を引き抜くと左手に持ち、右手はいつでも短剣が取り出せるように用心して楽屋の方へと歩いて行った。


楽屋に向かう廊下は狭く少し暗い。楽屋の扉前に着くと2、3度ノックした。すると、すぐに扉の中から明るい声が響いた。


「は~い、あらお花のプレゼントね!お目当ては誰かしら?私?」


目が大きな女性は自分の母親と同じくらいの年齢だろうか。ニコニコした笑顔で話しかけてくる。


「いえ、あの、ラビィさんに」

「ラビィの新しいボーイフレンド?あの子、今舞台の方でプレゼントをいただいてる最中なの。劇が終わった後にファンと交流しているよ。呼んで来るからここに座って待っててね!」


壁際に置かれたイスに座るように言うと、舞台の方へ応対してくれた女性が向かって行った。ラビィと顔の造作が似ていることから、母親かもしれない。


しばらく待っていると、プレゼントを抱えてやってきたラビィがフェスタを見て驚いた。


「フェスタ様!どうして…?」

「イヤ……きちんと話を聞いてやるべきだったなと思って」

「それでわざわざお花まで持って?でも、そのお花って……ありがとうございます」


ロビーに飾られていた花だと分かったらしい。だが、空気を読んでお礼を言ってくれた。居心地の悪くなったフェスタは、ごまかす様に演技のことを話に出した。


「劇、観たよ。アンタ演技うまいんだな」

「劇もきちんと観て下さったのですか?」

「ああ。思わず感動して泣きそうになっちまった」

「そんな風に言ってもらえるのは本当に嬉しいです......!」


彼女は本当に演技が好きでこの劇団を大事にしているのだろう。褒められて自分の気持ちを伝える彼女は自然な態度な気がした。


「それで、この劇団のことなんだが、客集め以外に困ってることはあるのか?」

「客集め以外で……?」


ラビィがこちらの様子を探るように見て来るのはなぜか。違和感がある。


「何もねぇのか?」

「今のところ、お客さんが入ればいいなということぐらいで……」

「ラビィ、その方はどなただい?」

「お父さん!」


近くにラビィの父親が立っていた。ラビィの戸惑う様子を見て声をかけてきたようだ。


「どうしたんだ?君はラビィのボーイフレンド?」

「お父さん、この方はフェスタ様。学園の先輩なの」

「学園の、ということは貴族の方でしたか。失礼しました。こんなむさくるしい楽屋まで来て頂きましてすみません。建物が古いですからパッとしないでしょう。ハハハ......」

「もう、お父さんたら。恥ずかしいわ」

「スマン、スマン。だけど、直にキレイな建物になるかもしれない。そうしたら、もっと楽しんで頂けるだろう」

「建て替え予定が?」

「いいえ、まだそのような具体的な予定は……いずれはですよ」

「お父さん、フェスタ様のお父様は警備隊の方なんですって。悩みがあったら相談してみたらいいんじゃないかしら?」

「え、なんだって!?警備隊の方?」

「オレで良ければ相談に乗りますよ」

「いえいえいえ......そんなそんな。ラビィ、お貴族様に無理言っちゃいけないよ。遅くなる前にお見送りしておいで」

「え?ええ……」


フェスタもまだラビィに話したいことがあったので、ラビィと共に楽屋から出入口まで一緒に歩く。


廊下に出ると少し肌寒かった。ラビィを見ると、薄い舞台衣装のままで寒そうだ。フェスタは自分の首に巻いていたショールを取るとラビィの首に巻いた。


「フェスタ様......!」


突然、首に巻かれたショールに驚いたラビィがフェスタを見上げてくる。


「あー、寒そうだったから。ただ、それだけだ」


前を向いてそのまま歩こうとした。すると、ラビィがフェスタの腕を掴んで引き留めた。


「......フェスタ様。明日、学園でお話したいことがあるのですが、お時間頂けますか?」

「学園で?」


ラビィが自分に話したいことがあるという。これは例の薬の件を聞けるチャンスだろうか。だが、学園はマズイ。エリールに見られたら非常にマズイ。


「学園じゃ落ち着かねえから、街のカフェはどうかな?お茶とケーキぐらいごちそうするぜ」

「まあ、いいんですか?」

「ああ」


ラビィは話をするのに学園ではなく、カフェに誘ってもらえたことが嬉しい様子だ。


(何か、勘違いさせてるかもしれねぇが、学園よりマシだからな……)


「“アージョ”って店知ってるか?」

「はい。美味しいケーキがあるカフェですよね?」

「明日の放課後、そこで直接待ち合わせでいいか?なるべく早く行って待ってるから」

「はい!ありがとうございます!」

「じゃあ、明日な」


手を上げて劇場の出口で別れた。ニコニコした顔で手を振るラビィを見たら、フクザツな気分になった。人の善意に付け込んでいるような気がして。


(明日は、誰にも見られねえようにしてカフェに行かなくちゃだな)


そんなことを考えながらフェスタは、飲み屋がひしめき合う通りを抜けて学園の寮へと戻って行った。


考えこみながら歩くフェスタは、飲み屋の店からフェスタを観察する男がいたことに気付いていなかった。

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