それぞれの想い

フェスタは去っていくエリールを止められなかった。


(後悔しても遅い......)


そんな思いが彼の中に浮かんだ。


フェスタは力なくその場にしゃがみ込むと、しばらく情けなく涙を流した。


一方、エリールは泣いた姿を誰にも見られたくなくて、少し離れたトイレに駆け込んで目元を水で冷やしていた。


(泣いた顔のままじゃ帰れないわ......)


悲しい気持ちはある。自分で決めたことなのに自分の心をうまく整理できない。だけど、こうして帰り道に誰かに泣き顔を見られる心配をしている現実的な思考もある。


(前を向いて進んでいかなきゃ......)


幸い、放課後のトイレに入って来る女子生徒もいないせいで、心を少し落ちつけることができた。


今日は学園から一人でキャプスの屋敷まで帰る。侍女のマルタは引っ越しの作業を進めてくれていた。学園から屋敷までは近いし、組織の管理が行き届いているからエリールが危険に感じることもまず起きない。安心して歩けた。


「ただいま」


迎えに出てくれたパイクに言うと、パイクはエリールの顔を見て顔を少し歪めた。


「泣きました?」

「分かるの?」

「人の観察は仕事のうちなので」

「そう……ちょっとね」

「……私もマルタさんを手伝ってすぐにでも新しい家に移れるようにしておきましたよ」

「そうなの、ありがとうございます」

「それと、ボスが今夜は食事を一緒にどうかと言ってます」

「今晩までここにいていいの?」

「ええ。まだ新しい家も片付いていないですし、掃除もまだだろうからって」

「細かい気遣いしてくれる人なのね、ボスって」

「ええ、ボスですから」


人の上に立つ人って細かく気が付かなくてはいけないものなんだなと、エリールは思った。ホント同じ歳だとは思えない。


エリールは部屋に戻ると、作業のほとんどを進めてくれたマルタをねぎらった。


「ありがとう。私が学園に行っている間に全て進めておいてくれて」

「意外にもパイクさんが協力的でテキパキ作業を進めてくれたんですよ。組織の連中を使って学園にある荷物も全て新しい家に運んでくれましたし」

「さすがボス付の従者ね。そう、パイクさんから聞いたのだけど、ボスが夕食に誘ってくれているらしいわ」

「ボスが?最初にここに来て以来、顔も合わせていませんでしたからお礼を言うのに丁度良いですね」

「ええ。ボスに改めてどうお礼すればいいのかしら?」

「一度、お母様やお兄様達に相談してみてはどうでしょうか?まだ、今回のことは話されていませんよね」

「そうだけど、言いづらいわ。反対されていたのもあるし。それに学園ではまだフェスタと会うこともあるでしょう?同じ組織に属している家同士でモメたくないわ……だから、言わない方がいいのかなとも思っているのよね」

「しばらく様子を見ますか?」

「うん、そうさせてちょうだい」


お母様やお兄様達がフェスタの行動を知ったら怒る。特にお兄様達は私を過保護なぐらい可愛がってくれているから、フェスタはホントに冗談でなく無事で済まないんじゃないかとエリールは思う。


エリールの兄達も武力のスキル持ちで強さには自信がある人達だ。フェスタの高速の剣さばきスキルがあったとしても、エリールの兄達の打撃スキルの前には叶わないだろう。


ちなみに、エリールの母にはスキルはなく、エリールに付き従ってくれているマルタには尾行スキルなんてものがあったりする。


「マルタに話しておこうとおもうのだけど、今日、フェスタと話してきたわ」

「彼はなんと?」

「すごく謝ってくれた。だけど許さなかった。許せなかったの。また裏切られたら怖いっていうのが一番。あと、キスしてた場面を忘れられそうになくて」

「彼とは距離を取るのがベストでしょう。一区切りつけられて良かったではないですか」

「まあね」


(そう簡単に心は割り切れないけど......)


そうエリールは思いつつ、夕食に向けて片付けや準備をした。


気付けば外は暗くなり、夕食の時間となっていた。夕食の席に着くと、いつもはいないキャプスが奥のイスに座っていた。エリールが来るまでワインでも飲んでいたのかグラスに赤い液体が入っているのが見える。


「お待たせしました」

「いや、待っていませんよ。少しワインを飲んでいましたが」

「お酒、飲むんですね」

「少しだけですよ」

「あの、突然来て新しい家の手配までしていただいてありがとうございました」

「組織のモメ事は解決しなくてはいけませんからね。気にする必要はありません」


相変わらず敬語で淡々と話すキャプスの感情を読むことは難しかった。悪い人ではないと思うが、会話をしにくい。


「私に敬語なんて使わなくて結構ですから。普通に話していただけませんか?」

「そういうことなら……普通に話そう。君も普通に話してくれて構わない」

「分かりまし.......分かったわ」

「それで、フェスタと話してどうすることにしたわけ?」


ドキンとした。今朝、フェスタと話していたことを聞かれていたのだろうか。フェスタが去ってからキャプスが来たと思っていたが。


「知っていたのですか?」

「敬語になっているよ。フェスタのことは僕もよく知っているから。あのまま大人しく引っ込むと思っていなかった。君の出した答えはやはり“別れ”だろう?」

「その通りです」


何でも見通されているようでエリールは驚いてしまった。フェスタのことはともかく、自分のことはそんなに知らないハズなのにと。


「よく私のことも知っているみたいですね」

「君のことはたまに実家に様子を伝えているから、逆に君のことを聞くこともある」

「実家とやりとりを?」

「僕はボスだからね。仕事の指示もあるし、フェスタとの交際を認めた責任もあるから」

「あなたは私と同じ歳なのに、とてもそうは思えないほどしっかりとしているんですね」


エリールは何でもお見通しのキャプスを前に普通に話す余裕がなく、敬語で話し続けた。


「しっかりしているか……そう思われるのは悪くない」


キャプスは納得するように一人つぶやくと、黙々と夕食を終えて食堂を出て行った。


(普通に話してくれるようにはなったけど、未だ近寄りがたい人ね)


エリールも食事を終えると早々に部屋に戻って休むことにした。


翌日、食堂に行くとキャプスはもうおらず、学園に一足先に向かったようだった。エリールもしばらくお世話になったお礼を改めてパイクに述べて学園に向かったのだった。

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