思い出の裏庭での話し合い
翌日、学園に行くと校門でフェスタが待ち構えていた。
「エリール、話だけでも聞いてもらえないか?」
エリールを見かけると真剣な表情で話しかけてきた彼の言葉を聞いて、フェスタの言い分もきちんと聞かねばと考えていたエリールは首を立てに振った。
「放課後……あの裏庭でいいかしら?」
「エリール......!ありがとう。早く行って待ってるから!」
フェスタが嬉しそうな顔で言うので、エリールの心は痛んだ。理由を聞いても彼を許すことはないと思うから……。フェスタはお礼を言うと、なぜか人目を気にしながら学園の校舎の方へと駆けて行った。
エリールは去るフェスタの後ろ姿を見ていると、彼とよく放課後にデートの約束をしていたことが思い出された。
(あんなことがなければ仲良くいられたのに......)
ふいに後ろから声をかけられた。振り返るとキャプスが歩いて来たところだった。
「どうしたんですか?そんなところに立ち止まって」
「ボ......キャプス様、おはようございます」
エリールがうっかりボスと言いそうになると、キャプスが鋭い目を向けた。彼は自分が裏組織のボスであることは世間に隠している。彼の存在を知るのは組織の者だけだ。正体を漏らせば、誰が漏らしたのかはすぐに彼にも伝わるようになっている。
「遅れますよ」
「そうですね。急ぎましょう」
エリールはキャプスと距離を取りながら教室まで歩いた。彼に必要以上に近寄らないのは彼がそう望んでいたようだし、ほかの女子生徒に嫉妬されたくなかったからだ。
彼はエリールを家においてくれはしたが、エリールに必要以上には関わる気も無いようで同じ屋敷にいるのに顔を合わせることが無かった。
キャプスとはクラスが違うので、それぞれの教室に入ると少しホッとする。
(フェスタを許すつもりは無いと言った手前、放課後にフェスタと会う約束をしたのを知られるのはちょっと気マズイわ)
いつものように授業を受けてランチの時間が過ぎると、あっという間に放課後になった。放課後に試練があると思うと、エリールは落ち着いて授業を受けられなかった。
(フェスタのことを考えたくないのに、かなり意識してしまっている)
通い慣れた図書館裏の庭に行く角を曲がると、エリールに気付いたフェスタが顔をパッと輝かせた。
「エリール!ありがとう!来てくれて!」
「お礼なんて言われることでは……でも、あなたの言い分も聞かずに避け続けたことは謝らなきゃいけないって思っていたの」
「エリール謝られることなんてない。オレには謝んなきゃいけないことがあるわけだけど......」
木陰のベンチに並んで座る。いつもより距離を話して座ると、フェスタは悲しそうな表情をした。
「その、オレがラビィという女にキスしちまった件なんだけど、あれは何かしようとしたわけじゃなくて、泣いてる姿見てたら励ましてやりたかったっていうか......深い意味は無かったんだ」
「慰めるのにキスなんてする必要ある?私には理解できないわ」
「いつもエリールにするようについ習慣でしたっていうか......特別な意思はねぇんだ」
「習慣で?泣いてる子がいたら習慣で誰にでもキスして慰めるっていうの?」
「そうじゃなくて......あの子、劇団の経営状態が良くないとかでオレの顔の広さを頼って相談してきたんだ。皆が劇を観に来てくれるようにおすすめしてほしいって。それであんまり必死に泣きながら頼んでくるんでつい......」
「それって色仕掛けに引っ掛かっているだけゃない」
「そう!色仕掛けに引っ掛かっちゃったんだな!」
パシン!
乾いた音が鳴り響いた。
真剣な話をしているのに、おちゃらけた様子で話すフェスタにエリールはイライラしてつい頬を引っ叩いてしまった。ちなみに人の頬を叩いたのはエリールにとっても初めてだ。
「……ごめん。フザケたわけじゃなくて......オレも説明がヘタだから......だけど、言わせてくれ。オレはあの子に何の感情も抱いてないよ。オレは変わらずお前が好きなんだ。どうしようもないくらい」
「どうしようもないなら、あんなことしてほしくなかった」
「すまねぇ。ほんとにすまねぇ」
フェスタは赤くなった頬でうつむいた。反省はしているのだろう。
「あなたの言い分は分かったわ。だけどね、もし、私があの部屋に来なければあなた達はどうなっていたかしら?ラビィって子、ずいぶん男性に慣れていたようよ?」
「何も起きなかったはずだよ……」
「あなたはキスすることを予測できた?“つい”って言ってなかった?私、あなたのこと、とても信頼してた。だから、裏切られたことを許せないの。ごめんなさい」
エリールはつらくなって涙があふれてきた。
エリールはまだフェスタをすごく好きだった。この気の良い単純な男を。
涙をぬぐい立ち上がって去ろうとすると、エリールはフェスタに後ろから抱きしめられた。後ろから包むように抱きしめられると、いつもフェスタが励ます時にしてくれたハグを思い出してエリールは余計に泣けた。
「ゴメン……ゴメン。二度とあんなことしないから......」
(何もなかったことにして許したとしても、キスしてた場面を生々しく思い出してしまう……それに、また同じようなことが起きたら?)
エリールは涙を手で拭うと、フェスタの手をほどいて離れた。
「あなたが反省してくれているのは分かる。だけど、どうしてもあの場面を忘れることはできないの」
フェスタが分かりやすく絶望した表情を見せる。エリールもそんな彼の顔を見るのはツラくて目をそらした。
「私達、一度離れましょ。学園内で会うこともあると思うけど、その時は友達として接するようにするわ」
「いやだよ!そんなの!オレにとってエリールは特別なんだ!」
エリールは初めてフェスタの泣いた顔を見た。
(彼とは距離を置いた方がいい)
自分の感情に素直な彼は、今は真剣に忠誠を誓ってくれるだろう。だが、時間が経てば、忘れてしまうのではないかという気持ちがエリールの中にはあった。裏切られて傷つくのは二度とゴメンだった。
フェスタから逃げるようにしてエリールはその場を去ったのだった。
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