裏組織のボスに助けを求める
学園を出て向かうと決めたのは裏組織のボスだ。普段、ボスと接触することはないが、ボスは同じく組織に属しているゼジット子爵家のフェスタとの婚約を認めた人物でもある。
「お嬢様、ボスに頼ろうと思ってらっしゃいますよね?」
「ええ、彼しかしないわ」
ボスの住む屋敷は学園から割と近い距離にある。もう少ししたら彼も帰宅するだろう。10分ほど歩き、鉄製のフェンスで囲まれた屋敷前で立ち止まった。マルタが取り次ぎを頼むように伝えると、屋敷の中に入れてもらえた。
対応してくれたボスの従者はパイクと名乗り、居間まで案内してくれた。ソファに座ると、とりあえず2〜3日過ごせるだけの衣類や明日使う教科書などが入ったカバンを下ろす。
それなりに重さがあったので、腕がすっかりしびれて手を振って疲労の回復を図っているとマルタが話しかけてきた。
「お嬢様、お疲れではないですか?」
「大丈夫。マルタこそ私の洋服まで運んできてくれたんだから重くて大変だったでしょ?」
「私はまあ、訓練されていますからね、このくらいどうったことはありません」
そう言うと、マルタは後ろを振り向いた。エリールもつられて振り向くと、先ほど案内してくれたパイクが紅茶ポットとカップを乗せたトレイを持って立っている。歩いてくる足音が全く聞こえなかったのでエリールはビックリした。
「なぜ、足音を忍ばせて来るんです?お嬢様が驚いていますよ」
「マルタさんが振り向いたからエリール様も気付いて驚くことになったのでしょう?なに、あなた方が何を話しているのか気になっただけですよ」
さすが組織に仕える従者だ。足音を忍ばせて歩けるなんて。エリールが感心してパイクを見ているとマルタが教えてくれた。
「お嬢様、彼が足音をさせないように歩く時は警戒している時でもありますからね」
「私達、警戒されているの?」
「お嬢さん方、丸聞こえですよ。そんなに荷物を持っていきなりやって来られたらアヤシイじゃありませんか。私の仕事はボスを安全に守ることですよ。おや、噂をすれば影……主が帰ったようです」
彼は耳も良いらしく、エリールには全く聞こえなかった音が聞こえたらしい。主を迎えにパイクは部屋を出て行った。
「お嬢様、なんと説明するおつもりですか?フェスタ様は彼の腹心ですが」
「ありのまま話すわよ。ボスだもん。公平に判断してくれるはずよ」
しばらくすると、この屋敷の主であり裏組織のボスを務める彼が部屋に入って来た。金髪の巻き毛に緑の瞳が印象的なスラリとした美青年だ。
「どうしたんです?急に訪ねて来るなんて」
「こんにちは。突然押しかけてすみません。色々とありまして......それにしても授業が終わるのが随分と早かったですね」
「気になることがあって早退して来ました。あなたがこちらに来ていると聞いたのもありますし」
彼、ボスは私やフェスタが通う学園に通っている生徒でもある。
「それで、どうしてこちらに?」
「学園の寮にいられない理由ができました。だから、あなたに私の新しい居場所をお世話してもらいたいんです」
「寮にいられない理由とは?」
「……フェスタに浮気されました」
「フェスタが?フェスタは君を大事にしていると思っていましたが?」
「はい......私も現場を見るまでは想像もしていませんでした……」
エリールの声が低くなる。ボスは構わず質問を続けた。
「浮気現場を見たのですか?」
「見ました。彼の部屋で彼は女性とキスしていました」
「それはツラかったですね。良いでしょう。僕があなたの住む場所を手配してあげます」
「ありがとうございます......その、1週間ばかりほどこちらにお世話になっても良いでしょうか?」
「構いませんが……お金に困っているんですか?」
「その、理由が理由なので実家には話せず手持ちのお金があまり無いんです」
今は丁度、次回の送金まで丁度1ヶ月空いてしまう最悪なタイミングになってしまっていた。
「なるほど……部屋を案内させましょう」
「色々とすみません」
キャプスはパイクに必要なことを指示すると部屋から出て行った。淡々としている。
パイクがエリール達を部屋に案内してくれた。案内された部屋は日当たりの良い南向きの部屋で、窓からは街の様子も見えた。パイクが出て行くと、エリールとマルタはソファに座って一息ついた。
「お嬢様、とりあえず落ち着く場所が確保できて安心しましたね」
「ええ。新しい家に落ち着いたらお兄様達にも寮を出たことを伝えないといけないわねぇ」
「相当、お怒りになるでしょうね」
「多分ね。多分、怒り狂ってフェスタを殺そうとするわ……こんなことが起きなければ平穏に暮らせたのに」
そうエリールは、平穏を愛している。いつしか心穏やかに暮らしていきたいというのがエリールの小さい頃からの願いだった。それは、父が任務で死んでしまったからだ。
小さい頃は家が組織に関わっていることを知らなかった。だが、だんだん成長するうちに、自分の家が普通ではないことに気付いた。
たまに血まみれで帰って来るお父様やお兄様達を見て、とにかく変だと思ったのだ。父や母、兄達はエリールが気付くまで組織に属している家だとは教えなかった。
エリールが裏組織に属する家だと知った時、普通に暮らしている人をうらやましく思った。だから、学園で気ままに暮らす生徒達を見ると、“何で私はこんな家に生まれたのよ”と心底恨んだりしたこともある。
だが、自分が今こうして生活できるのもお兄様達が組織で働いているからだし、同じ組織に属しているフェスタが自分を支えてくれたからだとエリールの組織へのイメージは和らぎつつあった。
「平穏に過ごしたいのに......」
エリールは誰に言うでもなく、独り言をつぶやいたのだった。
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