裏切り

 大学に入学してからの数ヶ月、親には高い学費を払ってもらっているのに関わらず、何度授業を飛んだか覚えていない。なんて無責任な行いだろうと悔やんでいたのは始めのうちだけだった。既に常習化している上に、正直モラトリアムを延長するために休学するのも有りだなと開き直ってしまっている。因みに今も授業中である()

 今まで僕に払われた資本に対して僕は答えられていない。僕が不出来な人間でなければ、きっとバスケで優秀選手になったり、陸上で上位大会で成績を残したり、秋田高校で高校生活を送り帝大理科で学生生活を送っていたんだろうと思う。親が元より優秀に育って欲しくて僕に機会を与え続けた訳ではないと頭では分かっているが、どうしてもそれに報いてやれないのは罪悪感がある。「期待してるぞ」なんて言葉は言われたことはない、ただ親族の部活で成功した人や努力が実を結んだ同期を見ては、同じような環境あるいはもっと恵まれた環境を与えられてもやれなかった自分の無能さが嫌になる。

 きっと親にとって僕の行動は裏切りに映っていない。僕が逃げ続けて遂に自殺をしたとき、親は本当に怒り言葉を失うのであろう。愛す対象が存在するうちは裏切りが完成することはないと思う。裏切られたと感じ憎めるうちも裏切りは完成していない。感情をぶつける場所を与えず、相手を完全に置いていくことこそが裏切りだと思う。

 だから僕は友達に裏切られたい。そして許したい。それで初めて愛を知覚できると信じている。感情の行き場を失って尚、それを一人で消化し、その人を思ってやれるなら僕は愛に目醒められると思う。中学校時代、ぼんやりと友達の定義を考えたことがある。命を賭けれる人、無償で働いてやれる人、事情も聞かずにお金を貸せる人。つまり相手の裏切りがあろうがなかろうが側に居たいと言える人である。

 もし恋人が出来て、その人が裏切るんじゃないかと過ってしまったら、その時点で関係は終わりにした方が良いのではないかと思う。きっと許してやれないから。友達の延長線上にしか、生涯の伴侶となり得る人は現れないのだから。許せると確信できる相手に告白して、そして両想いで一緒になれる日が来て欲しい。

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