第124話 黄色の大地4
「うわあ。すごいですね。これは絶景だ」
シェラは感嘆しながら、身を乗り出す。すぐにモストフが、それ以上歩まないように止めた。さらさらと地面の砂が、穴から流れている。
この場所は高所で、穴の向こうは崖になっていた。足元は断崖絶壁だ。崖下の地面から少し行ったところに砂に埋まった町と、少しばかり小高い山に砦が見えた。
「光の反射で、眩しいですね」
日光が差し込んで、砂に光が反射するように、キラキラ煌めいている。黄色の砂が金色に光っていた。この美しい風景を見ていると魔獣を忘れそうになるが、後ろでミゾルバが短剣で魔獣を串刺しにしている。景色ばかりに見惚れるわけにはいかなそうだが、フィリィは遠目に見えた、白い物体に気付いた。
「リンカーネさん、双眼鏡、持ってます?」
「持ってるよ。……いるかい?」
「いますね」
フィリィの声に、シェラが身を乗り出した。シェラもすぐに気付いたか、目を眇める。
双眼鏡から見える白の点は大きめの小型艇で、紋章は見えない。黄色の砂に紛れるような白の機体だが、確かに民間で良く使われる型だ。それが砦の方角に近付いている。
『見てくる?』
エレディナの声に頷く。もしかしたら魔導士も帯同しているかもしれない。あまり近寄り過ぎないように伝えると、エレディナの気配が消えた。
こんなところに、兵士が何をしに来るのか。考えられるのはラータニア襲撃の用意だが、ここ南部からでは、ラータニアは遠い。
「リンカーネさん、砦って、ずっと封鎖されたままですよね。最近、中に入りました?」
「あの砦に入ることはないよ。小型艇がうろつき始めてからは、近付いてもいない」
「砦の中に入っていきますね」
シェラの声に、もう一度砦に注目する。
砦の屋上に機体を着陸させ、人が数人出てきた。皆マントを被っているので、様子は分からない。だが、周囲を確認する姿が、民間人には見えなかった。シェラも見たそうにするので、双眼鏡を渡す。
「訓練された動きをする人たちですね。元兵士の可能性もありますが、何かするにしても、白昼堂々だ」
「夜中の方が目立つんだよ。周囲に何もないから、光を灯せば遠くからでも気付く。砂の舞う空を見上げるやつはいないから、昼の方が分かりにくいんだ」
シェラとリンカーネの会話を聞きながら、フィリィはもう一度双眼鏡で覗く。人数は四人だけだ。小型艇の中にいなければ、少人数で行動している。
「ま、そろそろ戻ろうかね。充分魔獣と戦っただろう?」
リンカーネは話を変えた。砦を調べるにしても、シェラたちは邪魔だ。素性も分からない相手を巻き込むことはできないし、もし王の手であれば、被害を被るのはリンカーネたちになる。
それを考えただろう、リンカーネとミゾルバは、それ以上砦の話をしなかった。シェラは気になったようだが、どちらにしても、あの砦に行くにはここからでは無理だ。一度元の道を戻って、小型艇で移動しなければならない。ラザデナの町から砦に行くまで距離があり、長い断崖絶壁が移動を遮っている。歩いていくには時間が掛かり過ぎるのだ。
「今日はありがとうございます。魔獣も沢山狩れたし、面白い風景も見られました」
町に戻るとシェラは笑顔でそう言って、フィリィたちと離れた。ラザデナの町で宿をとっているので、その宿に戻るそうだ。
「宿とってるなら、貴族じゃないのかね」
リンカーネは気になったか、ぽそりと呟く。貴族であれば、宿などとらずに屋敷に戻るだろう。ラザデナの町の宿では、貴族を相手にできるほど、良い食料も部屋もない。
「私も、貴族だと思ったんですけど」
「魔導士にしちゃ、腕がいいからね。あれだけの腕なら、貴族だろうよ」
「もう一人の男の腕も、良かった」
何にせよ、怪しい二人だ。王の手ではなくとも、地方で何かをしているのかもしれない。
「あんな目立つやつらがうろついていたら、私の耳に入るはずだけれどね」
リンカーネは眉を寄せる。この周辺の貴族ではないと言いながら。
「私も知らない顔です。他の地方の貴族なのかもしれませんが、本当に娯楽でここに来たのか、それとも何か目的があって来たのか。分かりませんね」
「他の奴らにつけさせるよ。妙な組み合わせだからね」
リンカーネの言葉に、ミゾルバが頷いて走り去る。その後ろ姿を見送って、リンカーネはフィリィに家へ入るよう誘った。外にいると、髪の毛まで黄色の砂にまみれてしまう。
リンカーネの家は二階建てで、下が倉庫で二階が住居用だった。外階段から部屋に入れさせてもらう。中は工具や武器などが置いてある部屋になり、机の上にも細かい部品が転がっていた。一画だけ何も乗っていないので、そちらに座る。
「本当に久し振りだね。今日は、何を調べに来たんだい」
「ラータニアからの輸入が止まりはじめたので、魔鉱石や武器が隣国グロウベルから、まともに輸入されているのか気になって」
「グロウベルからか」
リンカーネはお茶のカップを机に置くと、どかりと椅子に座った。あまり良い反応ではない。
「魔鉱石は、ほとんど買えないね。屑ですら高額で買われていく。手に入れられるのは本当に小さな物だけさ。つてのある商人から、何とか買える程度だろうね」
「そうですか」
やはり、魔鉱石を買い占めているか。ラータニア襲撃に、あるだけ使うつもりなのかもしれない。魔鉱石を使用して、魔法陣の強化ができるからだ。
「何に使うか、思い当たるかい?」
「国境に張られた、精霊の守護を破壊するために、使うんだと思います」
「精霊の守護って」
国には、その国にいる精霊が引いた結界がある。人の行き来は可能だが、戦意を持って進撃する場合により、結界が発動した。その国から許可の出た輸送機など、航空艇の行き来は可能でも、大砲が乗っている戦闘機は行き来が不可能なのだ。それと同じく、兵士の派遣が行えない。戦意があれば、結界に弾かれる。
武器の輸入には許可がいる。証明書がなければ、門から入られない。個人がいくつもの武器を入れるには、国境を越える際に止められる。魔獣を相手にするにしても、過剰な武器は必要ないので、門で入国が拒否された。
「高い戦意を持てば、結界から弾かれます。進撃には、その精霊の守護を破壊しなければならないんです。この結界については、あまり一般的に知られてはいませんけど」
「聞いたことはあるけれど、隣国に入るのに弾かれたりしないから、おとぎ話みたいなものだと思っていたよ」
「精霊を見ることができる人間が限られているし、魔導士でも、その結界が見えるわけではないですからね。国境の結界は、マリオンネが国を分けた時に作られたと言われています。それだけ古い守護なので、なおさらおとぎ話に思えるのかもしれません」
しかし、精霊の守護は、実際国境で国と国を隔てている。守護の力がどの程度なのか知らないが、城を守る結界と同じで、魔鉱石が使われていた。一定の位置に魔鉱石が置かれ、精霊がその結界を持続させているのだ。
マリオンネの女王に命じられた精霊が、持続している守護。精霊に相性があるのは、そのためなのかもしれない。この守護については、王は関わりがないのだ。
その守護を破るために、魔鉱石は必要になる。
「つまり、隣国へ戦いに行く用意をしてるってことか。何でまた。この国の精霊が少ないからかい?」
「ラータニアの浮島が必要だからだと言う意見がありますが、まだ分かっていません。ただその用意をしているのではと言うだけで」
「大ごとだね……」
リンカーネは、予想外の話に大きく息を吐いた。
リンカーネはこのラザデナの衰退を案じている。魔鉱石を採り尽くした後、魔獣が増え、王は砦を捨てた。ニーガラッツがわざとそうさせた。兵士を辞めたリンカーネたちは、その考えが捨てきれない。
魔鉱石の採掘ができるほど、多くの精霊がいたラザデナ。しかし、それは過去の話だ。元々枯れた土地で、砂の精霊が多い。精霊が逃げれば、土地が荒れるのは早い。
故郷を追われる者たちは、この国が病んでいくのに気付いた。しかし、気付いた時には、既に精霊が故郷から姿を減らした後だ。このラザデナでも同じことが起きる。リンカーネたちは、王の所業に疑問を持った。
彼女たちは、王への不信がある。そのため、おかしな動きがあれば独自に調査をしていた。
しかし、王が行なう一貫に、まさか隣国の襲撃があるとは、予想だにしていなかっただろう。
「あの砦に来てる奴らが、何か関わっていないか、気になるね」
それに関しては、こちらも気になる話だ。調べに行ったエレディナも、そろそろ戻るだろう。
「砦はこちらで調べます。私も、気になりますから」
「それは助かるけれどね。こっちでも調べる予定だったんだ。行くんなら、気を付けるんだよ」
リンカーネの言葉に頷いて、フィリィは礼を言うと、家を後にした。
しばらく来ない内に、気付かないことが増えている。もう少し、外に出る時間があればいいのだが。
『地下の広間に、魔獣を集めてるわ』
エレディナが。戻るなり声を上げた。やはり、王の関係か。
『魔導士っぽいやつが一人混じってる。どうする。行く?』
「そうね」
人のいない場所を探して、フィリィとエレディナは砦へと飛んだ。
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