第123話 黄色の大地3

 リンカーネとミゾルバも、案内とは言え、自分に向かってきた魔獣は相手にしていた。戦っていないのはフィリィも同じだが、一応剣は手に持っている。シェラに至っては、剣すら手にしていない。


「あんたは、部下に任せっきりってことかい」

 リンカーネが呆れるように言った。強力な魔獣が楽しみと言っていながら、戦う気がないので、不思議に思うのだろう。


「モストフの腕試しなんです。僕は、ただの付き合いですから」

「ご主人様が付き添いかい」

「戦うのを見るのが好きなんですよ。お二人もさすがお強いですね。飛びついてくる魔獣相手に、短剣で挑むのも、物好きではないですか?」


 数が多いため、一斉に襲ってこられたら短剣では戦いにくい。しかし、リンカーネとミゾルバは魔導持ちだ。そこまで問題ではないが、毒を飛ばしてくる魔獣を短剣で相手にするのは、普通ならば難儀するだろう。


「狭い通路に入ると、長剣は動きにくくなるんだよ。できるだけ、広間を抜けるつもりだけれど、奥深くなると、狭くなるからね。あと、半分くらいは趣味だ」

 リンカーネの答えに、やはり物好きだとシェラが笑った。


 シェラは戦わないからか、随分と余裕がある。魔獣は広間でごそごそ動いており、暗闇の中音がするので、戦いのできない者ならば、少なからず警戒するだろう。しかし、シェラにその様子は見られなかった。


『魔導士なんじゃないの?』

 エレディナの声に頷く。モストフの腕に信を置いているだろうが、それにしたって、無防備だ。


 奥へ進んでいくと、魔獣の数は減るが、強力になる。魔鉱石を運ぶための通路はあまり広くない上に長く、良くここで魔獣に挟み撃ちにされる。魔獣も人を狩る場所を分かっていた。


「随分と、綺麗に採掘しているんですね。通路も真っ直ぐですし」

「最初だけだよ。少し進めば自然の洞窟になって、採掘も適当になってくる。最後の方は、殆ど魔鉱石の出ない場所だったから、掘っては止めて、掘っては止めていた。そのせいで、小さな穴がいくつもあるんだ。奥へ行けば、道を知らない奴が、迷って戻れなくなるほどだからね」


 たまに、魔獣がその小さな穴に潜んでいることがある。道を間違えると、危険なのだ。似たような穴が多いので、戦い中に迷子になれば、元来た道に戻れなくなる。


「ここの道は気を付けてくれよ。狭いから、お互いの剣で怪我をしやすい」

 通路が狭いため、数に押されていると、間違って味方に剣を当ててしまうのだ。細い道は気を付けなければならない。


『前から来るわよ』


 エレディナの声が聞こえたかのように、モストフが足を止めた。暗闇からひたひたと足音が聞こえる。その方向に、ミゾルバが光の鉱石を投げた。青白い光が転がった先に、額に二つの長い触覚を持った魔獣が見えた。


 魔獣は一気に走ってくる。壁を蹴り上げ天井を足蹴にし、重力を感じさせない動きでモストフに飛びついた。モストフはそれを難なく斬り付けたが、道の先から数匹同じ魔獣が走り込んでくる。

 身軽な動きを持つ、ラタナスだ。四つ足の獣で、小柄ながら素早く動くため、太い前足に引っ掻かれると骨まで達する。剣で受けると剣身が折れることもあった。しっかりと動きを見極めて、斬らなければならない。


 しかも、ラタナスは天井を駆けて、人の背に噛み付いてこようとする。フィリィは飛び付いてくるラタナスの触覚を避けて、首を一斬りした。

 ラタナスの触覚には痺れる毒があるので、触れずに倒さねばならない。短剣だと不利だが、しおれるように地面に転がったラタナスに、リンカーネがとどめを刺した。


「フィリィさん、すごいですねえ」

 シェラがのんびりと言った。ラタナスが集まって来ているのに、全く動じていない。それどころか、感想を述べる余裕があるらしい。呆れそうになったが、シェラは、女の子が戦うんじゃあ。と呟いて、指で宙を指した。


「それなら、僕も戦おうかな」


 一瞬で描かれた魔法陣が仄かに金色に光ると、そこから四方に光が飛んだ。ぎやっ、と言うラタナスの叫びが廊下にこだまする。集まってきていたラタナスに突き刺す魔導の光が、あっという間に蹴散らしてしまった。

 残ったのは、一撃で息絶えたラタナスの死骸だけだ。


「魔導士かい」

 リンカーネが感嘆しながら、ラタナスの死体を転がす。魔導によって傷付けられた死体には、焦げたような跡が残っていた。


「炎の魔導で複数攻撃するなんて、味な真似をするね」

「この魔法陣は、得意なんです」


 シェラはにっこりと笑顔で返す。余裕なわけだ。魔導士でもいい腕をしている。だが、豪商の坊ちゃんにしては出来すぎた腕だ。どこぞの貴族である。


『遊び呆けてる貴族なら、あんたの顔は知らないでしょ』


 シェラとモストフの二人ならば忘れない自信がある。地方で遊び呆けるような金持ちの貴族を全て知っているわけではないが、会うことがあれば、腕のある魔導士として耳に入るだろう。


『こんな奴ら知らないし、気にすることないんじゃない?』


 そうだね。でも、念のため後で調べることにしよう。偽名を使われていたら難しいが、風貌と技で簡単に見付かるはずだ。

 ダリュンベリならば、腕のいい魔導士で顔が整っていると、すぐに噂が耳に入る。女性たちの良い男調査は、間諜並である。


 魔導士ならば、魔導院に勤めてもおかしくないのだが、地方の貴族の次男などは、地元で生活することも多かった。領主でもない有力者は、余程のことがないと面識がない。シェラはその類の貴族なのかもしれない。


 シェラが魔導で戦いに参戦したため、強力な魔獣が現れても、すんなりと先に進むことができた。複数攻撃できるのはありがたい。


 成形された広場と長い通路を何度か通過して、自然にできた洞窟へと入り込む。リンカーネの言う通り、広い洞窟に不自然に人が数人入れるような穴が空いている。魔鉱石が出なければ、また別の穴を掘るため、幾つも穴があった。

 ここには何度か来ているが、明かりがないため、案内がなければ迷ってしまうだろう。ミゾルバが迷わないように、鉱石を地面に置いた。


「こちらは、全くの自然の洞窟なんですね。本当に小さな穴が多い」

「魔鉱石があるか分からずに掘らせたからね。魔鉱石の塊を採掘した後、指示をしていた魔導院が撤退したんだ。けれど、まだあるんじゃないかって、闇雲に掘り続けた。全くの無駄だったわけだけれど」

「お陰で、魔獣の住処を掘り当ててしまった。魔獣が多くなった一因だ」

「魔鉱石を得るのに、指示者を伴っていなかったんですか?」


 シェラが首を傾げた。その話に疑問を持つのは、魔導に詳しい者の証拠だ。フィリィは溜め息を吐きそうになって、周囲を眺めた。小さな穴は、巣穴のようにいくつも掘られている。これは魔鉱石がどこにあるか分からずに掘った跡だ。

 本来ならば、魔鉱石を感じられるほどの魔導を持つ者か、王族が精霊より場所を聞いて、魔鉱石を採掘する。闇雲に掘って、掘り当てられるものではないからだ。


 この採掘所は、魔鉱石が多く埋まっている場所だった。掘るにはかなりの高さを掘らねばならず、広場のようになったが、それはあると分かっていたから、掘っただけのこと。その指示は、魔導院院長ニーガラッツが行っていた。

 ニーガラッツはあらかた採掘を終えた後、まだ魔鉱石があることを匂わせて撤退した。その後、残った兵士と採掘業者が闇雲に掘り出したのだ。魔鉱石は高額で売れる。


 何のためにそれを行わせたのか。撤退した後残った者たちが掘るとは思っていなかったのか。ニーガラッツ自体は、撤退を命令しているため、その後掘り起こそうと、ニーガラッツの責にはならないと口にしている。しかし、残った者たちは採掘を続けた。

 そうして、洞窟に眠る強力な魔獣を掘り起こしてしまった。


「採掘した広場に出る魔獣が増えて、ここは封鎖されたんだ」

「魔導を強く持つ者であれば、魔獣の住む巣穴が近いことに気付くような気もしますが」

「どうだろうね。ニーガラッツ様は魔導が強力だと言われているけれど、魔鉱石を得るように命令したのは王だよ。精霊からその場所を聞いたんじゃないか?」


 精霊の声に耳を傾けて、魔鉱石を掘れたのかは分からない。大きな声であれば、さすがの王でも耳にできるだろうが、この場所は昔から魔鉱石があると言われていた。祖父の時代に掘らなかっただけだ。その頃は、まだ他で魔鉱石が採れていた。


「魔獣の巣を掘り当てて、討伐をしなかったんですね」

「封鎖すれば良いと言われたんだよ。まあその通りだろうけれど、あちこち開けたもんだから、封鎖しても意味がなかったんだ。何せ崖を突き破ってしまったし、あの壁面を埋めるのは無理なんだよ」


 行けば分かるだろうけれど。リンカーネは諦めるような声音で呟いた。その穴を開けた者たちと共にいたリンカーネとミゾルバには、思い出したくない出来事なのだろう。

 掘り起こされた魔獣は、多くの採掘者を殺したと言う。


「とにもかくにも、洞窟に巣食っていた魔獣を、外へ放ってしまった。魔鉱石を取り尽くしたせいか、再び精霊が魔鉱石を作ることはなかった。古くからある魔鉱石だから、精霊も少なかったしね。そのせいでなのか、更に精霊が少なくなって、この土地は崩れていくばかりなのさ」

「欲をかいたせいで、少なかった精霊も逃げてしまったのかもしれない」

「精霊が、逃げる……」

 シェラが小さく復唱した。地方にいれば、耳にするだろう。


「良く聞く話さ。ラザデナでは普通だよ。他の地方だって、そんな話は耳にする。ほら、明かりが見えてきたよ」

 遠目に陽炎のような光が見えて、一行はそちらへ向かった。近付けば、微かな光が眩しいほどになってくる。


「景色はいいが、魔獣もいるから、気を付けて見てくれよ。足元も気を付けるんだよ。砂で滑るからね」


 天井から細長い岩が飛び出し、岩がごろごろした、歩みにくい足場の一角に、ぽっかりと穴が空いている。そこから風が流れて、砂が入り込んでいた。

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