第122話 黄色の大地2
「前より、砂増えました?」
「分かるかい? 強風で少しずつ砂が移動してきてたけれど、最近ひどくてね。町が埋まるまではまだ時間がいるだろうけれど、数十年後には分からないね」
空から見て砂の量が多く感じたのは、近くにあるはずの岩場が少なく感じたからだ。砂は遠くの岩山が風で削れて流れてくる。風が強いと崩れも多くなり、砂になって地面に落ちるのだ。その傾向が、ここ数年で増えてきていた。
「砂で、町が埋まるんですか?」
シェラが不思議そうな声を出して、窓の外を見遣る。確かに砂だらけだけれども。と呟いた。シェラはラザデナに来たのは初めてなのだろうか。ラザデナの町が埋まるかもしれないというのは、この付近に住む人間なら耳にする話だ。
「ラザデナは、精霊の少ない土地だと言われているんだよ。だから、土地が死に向かっているんだ。砂の大地はグングナルドじゃ珍しくないけれど、ラザデナは特にひどいからね」
他の国でも砂場の土地はあるだろう。砂の精霊が多ければ、砂地は当然に現れる。しかし、ここラザデナは砂の中にいる生き物が少ない。精霊が少な過ぎて、砂の中でも生きられる植物が生えにくい。食物がなければ、動物も生きられない。
死んだ大地にいるのは魔獣だけだ。そんな土地でも魔獣は生きられる。むしろ、好んで集まってくるだろう。
「珍しい魔獣が多いと聞きましたけど。その影響でしょうか?」
「どうだろうね。他の土地に比べて魔獣の種類は多いし、強力なのも多い。お陰で客も多いけれど」
シェラはリンカーネの答えを聞きながら、窓から外を見遣っていた。この小型艇はスピードが出るので、すぐに目的地に辿り着く。降下しはじめた景色に、黄色に染まった古い建物や岩場が見えて、フィリィは腰にある剣を確かめた。
辿り着いた先は、昔の採掘場だ。周囲は岩場だったが、小さな建物が残っている。採掘の際に休憩する建物だ。その数を見れば、ここでどれだけ魔鉱石が採れたか、想像つくだろう。
少し風が吹けば、黄色い砂が建物の隙間にぶつかっていく。
「魔鉱石を全て採掘したくらいで、精霊が少なくなったんでしょうか?」
「さあね。ここの土地は、昔から魔獣が多かったから。ただ、ここの採掘場は十年以上前に封鎖されたんだけれど、その頃に比べれば、魔獣が増えたのは確かだよ」
小型艇を降りて、モストフはフィリィと同じように、マントの上から剣を確かめた。シェラは剣を持っていたが、何かする素振りもなく、建物の奥に見えた岩場を見上げた。
「採掘場は奥まで繋がっているけれど、中にいる魔獣はそこそこ強いよ? 本気で行く気かい?」
「魔獣も強く、景色もいいと聞いたのですが」
「いいは、いいけれどね」
リンカーネはため息をつきながらこちらを見た。もしシェラが弱い場合、全員で守らなければならない。それでもいいかという視線だ。フィリィは軽く頷いてみせる。弱いかは分からないが、モストフもいるのだし問題ないだろう。しかし、
「景色がいいって言っても、遠くまで一望できるだけだよ?」
採掘場の奥に、崖へと繋がる場所がある。そこから外が一望できた。見晴らしは良いのだが、如何せん、そこまで行く過程に魔獣が多い。崖から見える景色は、小高い山に建てられた砦と捨てられた町で、町は古いためほとんど砂に埋まっていた。
遥か昔に捨てられた町が、砂に埋まっていくのを見て、ラザデナの人々は遠くない未来に、自分たちの町も埋まるのだと気付く場所だ。ただ、その排他的な景色に日光が照らされると、黄色の砂によって黄金の景色が垣間見られる。
その美しさを噂した者はいるが、そこに行くまでの魔獣の多さを考えると、割に合わないと思う者は多いだろう。しかし、シェラは強力な魔獣も楽しみだと、形のいい唇でふんわりと笑って言った。
腕に自信があるのだろうか。謎だ。
「最近、その古い町に兵士が来ているから、あまり行きたくないんだけれどね」
「兵士?」
リンカーネの呟きに、フィリィは顔を上げた。この辺りは国から捨てられたような場所だ。魔鉱石が出なくなった今、兵士が訪れることはない。
「兵士だと思ってるんだけれどね。大きめの小型艇が飛んで来るんだ。魔獣を狩りに来てるのかもしれないけれど、動きが気になってね」
「あそこには、使わなくなった砦がありますよね」
「そこに、小型艇が停まっていることがあるんだが、何をしているのか分からないんだ」
ミゾルバがぼそりと言った。リンカーネとミゾルバは、その砦にいた兵士だ。あそこに何があるのかは良く知っている。そこに兵士が来ているのならば、何を奪うのかと心配になるのだろう。だが、あの付近に資源などはない。
兵士ならば、グングナルドの紋章が入った小型艇に乗るはずだ。しかし、紋章のない民間の小型艇だと言う。
「兵士が、こんなとこに来るわけないんだけれどね」
「でも、リンカーネさんは兵士だと思うんですよね?」
「まあね」
リンカーネの勘を信じるならば、兵士が来ているのだろう。しかし、こんな場所に、何をしに来るのだろうか。
「調べに行ったりはしないんですか?」
「調べるとしても、こちらも気付かれないようにしなきゃならない。小型艇で堂々と行けば、撃たれるかもしれないし、客がいる状態で、客を放っておいて調べに行くわけにはいかないんだよ」
シェラの問いに、リンカーネが肩を竦めた。もし、兵士だった場合、秘密裏に動いているのであれば、調べに行くと攻撃を受ける可能性がある。元兵士であれば、その想像がつくのだ。
「撃たれる……、ですか? 兵士から?」
「可能性があるんだよ。兵士たちが民間を装って何かをしているなら、知られたくないことを行っているわけだ。そんなところに飛び込んだら、消されてもおかしくない。まあ、あまりにも多いから、そろそろ砦には行こうと思ってるんだけどね」
南部の様子を最近見に来ていなかったので寄ったわけだが、こんな地方でも王は何かをしているのか。もし、本当に兵が動いているならば、調べる必要がある。魔鉱石の輸入に変化はないか調べに来たのだが、別の調査をしなければならないようだ。
シェラは口を閉じた。モストフに至っては一度も口を開いていない。二人が何を思ったか分からないが、狩りを止めようとは思わないようだ。
採掘場は小さな山を掘っていたが、入り口は広い。神殿のように、数本の柱を残してくり抜かれた入り口から砂が入り混んでいて、外と同じく砂場になっていた。中も広く、頭上を見上げれば、綺麗に平坦な天井が続く。講堂のように広い空間で、その部屋から奥へと向かう。
講堂の奥には、一箇所だけ四角い穴が開いており、その中へと進んだ。短い通路を進むと、再び広い部屋へと出る。窓がないため中は暗いが、手前の講堂と造りは似ている。
先導するミゾルバが、地面に光を持つ鉱石を置いた。仄かな光が道を記すように、辺りを明るくさせる。その手のひらに入る小さな光の鉱石を等間隔に置くのは、広い採掘場の中で迷子にならないようにするためだ。
広い講堂のような場所は、いくつかの柱を残して続いている。講堂の端に辿り着くと、再び扉のない入り口があり、そこを歩くと再び講堂が広がる。それが四方に渡って同じように続くので、どこから来たのか分かりづらくさせるのだ。
「来たよ」
そうして、ここは魔獣が出る。
リンカーネの声より先に、モストフがマントを広げた。マントの下から取り出した剣を構えて、足音のする方向へ向き直す。
出入り口付近に出るのは、いつも同じ魔獣だ。暗闇に生き続ける白の肢体。手足のない身体を奇妙にくねらせて、毛のないつるりとした胴体を伸ばした。魚が泳ぐように宙に浮きながら、大きく開いた口から鋭い歯を見せる。暗闇で目が役に立たず、音だけで獲物を見付けるため、飾り程度に小さな点が二つ、頭に付いていた。
「また、気持ちの悪い形をした魔獣ですね」
シェラがのんびりと言ったが、その手には何もなく、代わりにモストフが飛び出す。
剣身は、魔獣が動くよりも早く、その身体に突き刺さる。リンカーネが素早い動きに、口笛ではやした。
立ち上がればフィリィの身長ほどある魔獣だ。目は見えないが、動きの速い魔獣で、気付くと首に食いついてくる凶暴さがある。しかし、それが飛び込んでくる前に一撃で倒してしまった。
剣先に刺さった魔獣を、モストフは軽く振って飛ばした。
「やるじゃないか。その速さがあれば、問題ないかね」
「モストフは強いんですよ」
シェラはモストフに信頼をおいていると、剣すら手にしていない。ミゾルバがそれを見て、数が出るから気を付けろ、と念のため注意した。フィリィも剣を早く出せるように剣に手をかけたが、シェラはマントを開くことなく、にこにこと笑顔を浮かべたまま足を進めた。
シェラが剣を手にしないのは、モストフに絶対的な信頼をおいているからなのか、魔獣が何匹出てこようと、剣を手にする気配がない。モストフは遠慮なしに、出てくる魔獣をざくざく切っていく。
先ほど出てきた胴長の魔獣インダは、相手にもならないようだ。
魔獣の数は多い。インダだけでなく、天井を這い、動くものに向かって飛んでくる六足のバロクや、細く長い四つ足で、素早く動きながら毒を吐き出すニッカがいた。
入り口近くは、この三体が現れる。インダは大きめだが、バロクとニッカはフィリィが抱えられるくらいの小ささだ。暗闇に住む魔獣で、目がなく面妖な姿なので、抱きしめたくはないが、どちらも飛び付いてくるので、気を抜いた者がたまに下敷きにされる。
モストフはそうされる前に、草を狩るように魔獣たちを倒した。その後ろを、シェラが機嫌良くついていく。シェラは戦う気がなく、モストフについていくだけだった。
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