第119話 手回し3
婚姻が早まり、動きも活発になる。早めに情報を交換したいが、その手紙も少しずつ届くのが遅くなってきている。
唯一の救いは、フィルリーネが反王派だったことだ。しかも、長い間隠され、仲間も存在する。気になるのはその規模だが、婚姻までに終わらせると考えているのならば、少ないわけではないだろう。
それを、ラータニアに知らせるべきかと考えたが、まだ状況を把握しきれていない。やっとフィルリーネの本性を知れたところだ。ラータニア王自身だけならまだしも、他の者たちに知らせるには危険がある。ラータニアにも間諜がいるからだ。
「何か、問題でもありましたか?」
無駄な挨拶ばかりで、重要な内容はほとんどない手紙を眺め続けていたので、サラディカは手紙を読んでいながら確認をしてきた。自分たちだけが分かる暗号を記すことがあるからだ。
確かに暗号はあるが、これは言う必要ないだろう。
「情報が古すぎるだけだ。こちらでも分かっている話だな」
「やはり、手紙の受け渡しも、時間が掛かるようですね」
レブロンやイアーナが神妙な顔をする。手紙を渡す相手も現れないことがあるらしく、それについてはウルドから話を耳にしていた。手紙が手元に届く頃には、その情報はこちらでも手に入っていることが多い。
王の手紙をサラディカに渡し、証拠を残さないように燃やさせる。次いでユーリファラの手紙を開いた。こちらは特に情報があるわけでない。
ラータニア王からか、他の者たちからか、こちらの話をどう聞いているのか、ユーリファラの手紙には自分の無事を祈る言葉ばかりが並んでいた。
フィルリーネの話も聞いているだろう、我が儘な王女に振り回されていないか、苦労は絶えないのではないか、考えるだけで沈鬱になるが、それ以上に苦労があるのだろうと、深い憂慮ばかり綴られているのがユーリファラらしい。
しかし、それに苦笑いしそうになる。
フィルリーネの悪辣な噂を耳にしているユーリファラに真実を言って、ユーリファラは信じるだろうか。優秀であるという噂のフィルリーネが、馬鹿で愚かで、我が儘な王女だったのが、実は全くの正反対だったと言って、信じられるだろうか。
今では、別の意味で振り回されている。そのせいで、前よりも面倒になったなど、事実を知った自分ですら、疑いたくなる話だ。
ユーリファラはフィルリーネと三歳しか違わない。本当に三歳差なのか、不思議に思えてくる。ユーリファラが十六歳になっても、フィルリーネのような性格には成り得ないだろう。
フィルリーネは、規格外だ。
心配だけで綴られた手紙の最後に、別れ際、囁くように口にした言葉が、記されていた。
『お兄様の、一刻も早いご帰還を、お待ち申し上げます』
「ルヴィアーレ様?」
「……いや、王女のところへ行く」
ユーリファラの手紙をサラディカに返し、破棄を頼む。
茶会が終わって、やっと部屋に戻ってきたのに、フィルリーネの所に行くと言うと、イアーナが顔をくしゃりと歪めた。最近よくフィルリーネの部屋に行くため、イアーナは言いたいことを溜めているのだろう。
その顔を見ぬふりをして、サラディカにフィルリーネに連絡をさせる。部屋に引き籠もっていなければ応対してくるし、引き籠もっていればその返事が来る。フィルリーネの返事など聞く気はないので、ここではただの体裁だけだ。
返事はすぐに来る。いつも通り部屋に籠もっていると聞いて、部屋へ向かった。
部屋に勝手に入ることについて、レミアは何も言わなくなった。フィルリーネが拒否をレミアに言えば、レミアはそうするだろうが、フィルリーネは断るように命令していないようだ。婚姻が早まった今、拒否ばかり口にできないのだろう。レミアは王に全てを報告しているようで、何度も同じことで諍うのを避けたようだ。
魔法陣をいつも通り抜けるが、魔法陣の強化は相変わらずされていない。一度新しい魔法陣を増やしてきたが、あれ以降は変化がなかった。警戒しているのかいないのか、フィルリーネの本性に気付いてから、何か動くような素振りは見せていない。こちらが気付いていないのかもしれないが、怪しい動きは分からなかった。
部屋に入れば、ロブレフィートの音が響く。エレディナが宙に浮きながら、眠るように音楽を聴いている。自分がここに入ることは気付いていたか、こちらには向かず、指を口元に一本指した。静かにしろと言うことだ。
フィルリーネは集中して演奏しており、自分が来たことに気付いていない。曲は一般的に知られている曲ではないが、演奏家が好む練習曲だ。練習曲でも難曲で、曲調が激しいものである。指の動きが早く、鍵盤の端から端へ移動していた。
「うぐっ」
奇声と共に、間違った音が聞こえる。フィルリーネは楽譜を食い入るように見て、もう一度手前から弾き始めた。それでも、こちらに気付かない。
ソファーに座れば気付きそうだが、座っても気付く様子がなかった。ソファーに座れば、目端に映るだろうに。
フィルリーネは楽譜とにらめっこをして、もう一度弾き直す。同じ箇所で詰まりやすいようだ。
「さっきから、そこばっか間違ってるじゃない」
「ご愛嬌だよ!」
「何が、ご愛嬌」
まるで姉妹のように、フィルリーネとエレディナは言い合った。王の弟についていたエレディナは、姉のようなものなのだろう。フィルリーネは膨れ面をして見せて、再び集中する。
初めて会った時の、あの毒を吐いた王女とは思えない。あの王女は幻で、前にいるのは、他愛なく感情を出すような少女だった。そこに王女の気品はないが、王女たる努力は惜しんでいない。
この部屋が、その証拠だった。
「あれ、いたの?」
やっとこちらに気付いたフィルリーネが、とぼけるように言った。こんなとぼけた顔を見ていると、とても王を騙せるほどの偽りを続けている者には見えない。
「結構、前からいたわよ。あんたが間違い続ける前から」
「暇人め。もういい加減、来るの止めなよ。イアーナの顔がどんどんひどくなってくるんだから」
「死んだ目してるわよね、最近」
「あれの顔に出やすいのは、こちらも困っている」
あれでもマシになったとはとても言えない。昔は表情だけでなく、態度もひどかった。身動きしなくなっただけ良くなった方なのだ。
「からかいやすくて困っちゃうよね」
「何だ。それは……」
フィルリーネは、反応が楽しすぎて調子に乗りそうになるよ。と、足をぷらぷらさせて、愚痴るように言った。イアーナの顔が百面相のように反応してくれるので、遊びたくなるようだ。何だ。その馬鹿げた遊びは。
「あんまりひどいと、また、追い出すよ?」
フィルリーネの前ならばまだ許されても、王の前では許されない。暗にそれを言う。フィルリーネは自分の機嫌に合わせたように、イアーナに注意を行なっていた。誰も気付かない所業だ。
それに関しては、今では礼を言いたい。
前に注意を受けた時に、ある程度の灸を据えられた。フィルリーネはそれを計算していたが、こちらもイアーナの扱いがし易くなった。フィルリーネの我が儘な言動が、こちらにとって有用になった、いい例である。
最初からフィルリーネの手の中だ。今更ながら、気付かなかった自分に、呆れてしまう。
「イアーナはあれだが、腕はある。外すわけにはいかない。態度は改めさせる。最近、またひどくなっているからな」
「へえ、腕あるの? それ、言わない方が良かったわよ〜?」
エレディナが笑うように言った。何のことかと顔を上げると、フィルリーネがエレディナの隣で目を輝かせている。
「強いの? 強いの?? 今度、アシュタルとやる? たまにはさ、たまには!」
フィルリーネが身を乗り出した。剣の腕のある者が好ましいのは、偽りも本物も同じらしい。
「側近のベルロッヒの剣技でも、見に行ったらどうだ?」
呆れて言うと、フィルリーネは見れるだけ見ていると、口を尖らせた。
「怪しいやつらはちゃんと見とかないと、戦う時、何してくるか分からないじゃない」
それを言うならば、イアーナもそんな目で見たいように聞こえるが、間違いなく剣技を見るのが趣味だと思う。
しかし、フィルリーネはそんな理由で強い者を好んでいると発言していた。何もかもが、王を倒すための動きとなっている。
「とんでもないな……」
二人に聞こえないほど小さく呟いて、溜め息を吐く。ここに来たのは、世間話をするためではなかった。
「近々、獣と戦う大会があると聞いたが、王族は出席しないのか?」
「王族関係ないわよ? 見たいの? あそこで繋ぎつけるの、難しくない?」
フィルリーネは言ってもいないことを、さらりと言ってのける。含んで問うていることくらい分かるだろうが、返答が早すぎだ。想定していたのではなく、当たり前に気付いてしまうのだろう。
違うの? と首を傾げた。まったく、やりにくい。
「腕に自信のある者が出る大会なんだけど、民間から出たり、兵士でも門兵とか、下の兵士でね。いくつか部門があるけど、部門ごとに褒賞が出るのよ。その時は賭けもできるから、街の人の娯楽ね。王族が行くような大会じゃないわよ?」
狩りとは違い、大勢が一匹の獣を相手にするわけではない。悪くすると死人も出るため、王族の出席はないようだ。大会は褒賞が高いため出場率も良いらしく、競技場が満杯になる。そんな場所に王族が入れば、警備も多くなるのは当然だ。
そこで繋ぎがつけられるのか。それは、難しいのではないのかと、フィルリーネは唸った。
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