第118話 手回し2

 グングナルドの貴族との会話は、いつも同じ。婚姻はいつになるのか。


 フィルリーネと共に誘われた、貴族との茶会に出席する苦痛は、言うまでもない。それは、フィルリーネも同じだろうが、会話を聞いていると、そうでもないような気がしてしまう。


「お父様ともお話しして、婚姻は早めようということになったんですわ。ルヴィアーレ様は、当然ラータニアの精霊と相性が良いでしょうけれど、グングナルドの精霊ともすぐに良くなりますでしょ。何の問題もございませんもの。ねえ、ルヴィアーレ様」


 笑顔でそんな話を振られても困る。曖昧に微笑んで返すと、フィルリーネの瞳がぎらりと光る。真面目に演技しろと言われているみたいだ。


「婚姻が行われれば、ルヴィアーレ様の能力に、精霊も怒りなど持ちませんわ。わたくし、婚姻の儀式が楽しみですのよ。やっと、マリオンネの女王様にお会いできるのですもの」


 部屋で言われた言葉と真逆の言葉を、まるで心から望むように、吐息をして口にすると、フィルリーネは空を見つめる。すぐにでもマリオンネに行きたいのだと、フィルリーネは心待ちにしているような仕草をした。

 周囲の貴族たちがそれに同調して、早く婚姻の儀式が行われるように、口々に言いはじめる。


 茶番過ぎる。


 しかし、周囲はフィルリーネの言葉を信じるのだろう。この会話は、王にも届くのかもしれない。フィルリーネは婚姻を心待ちにし、王に従順であると、当然のごとく思われるはずだ。


 自分と出会った当初は嫌味を言っていたが、フィルリーネは少しずつその態度を緩和させてきた。拒否の意を表しても覆ることがないと理解し、段階を持って、態度を改めたように見せてきたのだ。婚姻が早まったからと言って、不機嫌になるような真似はしない。それが、不自然に見えないように行なってきたのだから、頭が下がる。


 精霊が怒ることもないだろうと、安易なことも軽く言う。それを聞いている者たちは、何も思わないのか、大きく頷いて、賛同しているだけだ。精霊への憂いが全く無く、理解も薄い。ラータニアではあり得ない会話だった。


 心の中では、精霊への侮辱を忌んでいるのにも関わらず、それをおくびにも出さない。それを精霊たちが聞いていれば、精霊たちはフィルリーネから離れるだろう。だが、そうならないように、エレディナが精霊に事情を説明しているようだった。それどころか、城にあまり来ないように伝えていることに驚いた。


 城にいれば、ニーガラッツなどに捕らえられる可能性がある。だから、姿を現さないように、伝えてあるそうだ。だからだったのか、この城に、精霊の姿が多く見られないのは。


 何もしなければ、冬の館にいたように、精霊たちはフィルリーネにまとわりつくほど側にいるのだろう。それが、本来の王族の姿だった。





「精霊が怒らないとか、良く言えますよね」

 部屋に戻れば、イアーナがいつものように腹を立てて、鼻筋を寄せた。


 前ならば、その言葉もそんなものだと呑み込んでいたが、今では反応し難い話だ。フィルリーネを知ったサラディカも、反応をしないように黙っている。


「王の、資格を得た話をしていましたが、貴族たちは、ルヴィアーレ様が行なったことと考えているのでしょうか」

 レブロンが口を挟んだ。イアーナの愚痴より、貴族の反応の方が気になると、フィルリーネが自慢げにして話した話題を口にする。


 冬の館で起きた出来事を貴族に聞かれた時、フィルリーネは自らが王に成るための資格を得られたと、堂々と言っていた。それに対し、貴族たちは褒めながらも視線はこちらで、フィルリーネの話をまともに信じていないのが伺えた。


「貴族たちは、ルヴィアーレ様が共に行ったと知っている。フィルリーネ王女の話は、話半分で聞いているだろう」

「当然ですよ。むしろ、どう考えたら、自分が行なったなんて、言えるんですかね」


 サラディカの言葉に、イアーナが鼻息荒く反論する。

 冬の館で起きた話は、貴族たちは概ねルヴィアーレが資格を得られたと考えていた。それを、フィルリーネは我が物として話すので、周囲は目を剥いていたのだ。

 それが分かっているのに、フィルリーネは全く気にせず、偉ぶって話していく。あの空気を無視しきり、我が物顔で話す姿は、フィルリーネを知った今、感心しかない。


 だが、実際のところ、あの儀式に関しては、未だどちらの力に反応したのか分からなかった。こちらの力か、あちらの力か、それとも、両方か。


「あの儀式の詳細について、まだラータニアから連絡はないか」

 冬の館から帰った後すぐ、サラディカに命じて、儀式の意味を調べさせた。イムレスに渡された原文を書き写し、ラータニアへと送らせたが、返事はまだ来ていない。


 サラディカは、ただ首を振った。

「監視が強まっておりますので、本当にラータニアに届けられたのかも分かりません。次の行事には繋ぎを戻すと言っておりましたが、その時に間に合うかは、まだ」


 ラータニアへの繋ぎが、途切れ始めている。フィルニーネが知ったように、繋がりが断ち切られることが増えた。秘密裏に送る手紙程度ならまだしも、精霊の書の写しは量が多い。全てをラータニアに送られたのかは、分からなかった。


「次の行事とは、いつのことだ?」

「来週終わりにあります。民間の狩人などが獣を相手に戦うらしく、優勝者には、褒賞が出るとか」


 来週末ならすぐだが、そのような話はフィルリーネから出てきていない。フィルリーネならば、少ない話題を何度も言うので、日程が決まった時点で、こちらに伝えてくるのだが。

 サラディカもそう思っているか、そう言った話題が周囲から出てきていないことを伝えてきた。話題に出なければ、問うことができないと。


「民間だけの行事なのかもしれません」

 それでは、繋ぎをつけられないかもしれない。次に情報を得られるのが、いつになるのかも分からなくなってしまう。それならば、フィルリーネに問うしかない。


 サラディカも、行事の情報を得られるように確認するだろうが、フィルリーネに直接聞いた方が早かった。目配せで問題ないと合図して、ソファーにもたれる。


 ラータニアへの繋ぎは、いくつか確保している。手紙程度の小さな物であれば、そこまで苦労はない。布の隙間に挟み込んだり、縫い物に編み込んだりと、手はあるからだ。

 しかし、束になった紙となると話は違う。何度も送るには量が多く、束になった紙をそのまま持つには、内容が特殊すぎた。魔導書のような内容も含んでいたため、国境で持ち出すには危険があったのだ。


 信用のできる者に託し、国境を越えてもらうしかない。どんな方法で紛れさせられるかはこちらでは分からないが、返事を待つしかなかった。


 ラータニアからの荷物が届かないわけではない。王やユーリファラから届けられる荷物はあるが、それが届くのは稀だ。中は検閲がされており、荷物の中から物が無くなっていることもあるので、そこに重要な手紙を入れるわけにはいかない。

 軽い手紙ならば届いたが、ラータニアの状況が書かれた物は破棄されているようだった。


 重要な内容が書かれた手紙は、秘密裏にしてこの城へ届けられる。どこからかの繋ぎから届けられた手紙は、検閲を得ずに手に入れることができた。


「王とユーリファラ様より、お手紙です」

 部屋に入ってきたウルドからサラディカに渡されて、自分の手にしわを伸ばした手紙が手渡される。雨に濡れたか、文字が滲み所々擦れていたが、読めないほどではない。捻って何かに編み込んだのだろう。


 届いた手紙には、必ず日付が記されている。どれだけ情報が遅れているか分かるからだ。

 この手紙は行き違いになっている。精霊の書の写しを送る前に。ラータニアから送られた物だった。


 王からの手紙には、相変わらずの軽口で挨拶が綴られていた。サラディカが情報としてこちらの状況を伝えているか、暗い部屋で鬱々していない? やら、引き籠もる王女と仲良くできているの? など、平民口調で、長々と小言のように、こちらを心配するかのような言葉が並んだ。


 見ていると、破りたくなる。


 眉根を寄せたのが分かったか、サラディカが何かあったのかと問うてくる。何でもないと首を振り、長ったらしい小言を流し読みして、重要であろう、文へ目を進めた。


『入国の制限が増え、グングナルド王の許しを得ている貴族のみが、行き来を許されている。商人は危険を冒してまで、グングナルドに商売をしに行く必要性がなく、グングナルドへの行き来は、これから更に減るだろう』

 ラータニア王からの手紙には、こちらで得ている情報を裏付けるものだった。しかし、情報自体は古い。


『武器を輸出することはできなくなり、魔鉱石は一定の商人が購入をしている。おそらく、グングナルドの王が買い占めているのだろうね』


 武器を運ぶことはできない。魔鉱石は買い占められる。こちらに手助けとなる物が送りにくくなっている。それは、当初から想定されていたことだ。

 ラータニア王は別の道を使い、手助けを行う用意をすると旅立つ前に言っていたが、その話はまだこちらに届いていなかった。

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