第117話 手回し
「あなたの国への連絡を断つ。まずはそこから」
フィルリーネは部屋で地図を見ながら、はっきりとした声音で言った。
フィルリーネの引き籠もり部屋で、いつも通りとソファーで本を読んでいると、フィルリーネは最近の状況について話し出す。
最近は、旅人ですら、ラータニアの人間が訪れることが減ってきている。街からの情報として、フィルリーネは語った。
連絡は滞りはじめた。秘密裏に送った手紙も、届いているのかどうか。襲撃の用意がされているのではないかという便りが来た後、一向に連絡が来なくなった。
「思い当たることはある?」
フィルリーネは情報が欲しいだろう。しかし、話すことはできない。フィルリーネに多くを話すことは避けるつもりだ。グングナルドの王が何を求めているか話せば、与えてはならない情報まで与えることになる。
「君に言う話ではない」
ルヴィアーレがすげなく言うと、フィルリーネは、そうね。と相槌を打って、ソファーに寄りかかった。
聞かないのか。聞こうとしても無駄だと思っているのか。いや、もう分かっていることなのだと、どうでも良さそうにして、コニアサスへの贈り物にヤスリをかけている。
王女が部屋で木片にヤスリをかけている姿とは、まったくもって、おかしな光景だ。
前に部屋に来た時、フィルリーネは出掛けていた。自分がいない間に外に出ているようだ。それ以外は、ここで模型の部品を作っている。前に作っていた布の玩具作りは、一度終えたらしい。仕舞ったのか、どこかに移動させたのか、この部屋で見当たらなかった。
「大きな話になる前に、終わらせたいんだけれど」
溜め息交じりに言うが、それはこちらも同感だ。大きな話になる時、グングナルド王はラータニアに侵略しているだろう。
その前に、フィルリーネは父王を討つ気なのだ。
幼少より、その教育を受けてきたであろう、フィルリーネ。王の弟が死んだ今、誰がフィルリーネを先導しているのだろう。カサダリアにいる副宰相ガルネーゼか、魔導院副長イムレスか。それとも、自分が知らない何者かがいるのか。まだ分からない。
「なぜ、そのような思考を持つようになった?」
王の弟が関連している。はっきりとした理由は分かっていないが、こちらが知り得ているのが、その事柄だけだった。王の弟が死んだだけで、当時六歳の少女が、王を討とうと思うのだろうか。
「簡単な話だわ。器のない者が、王である必要がないからよ」
フィルリーネのきっぱりとした発言に、エレディナが空で身体を傾けた。フィルリーネはこちらも見ずに、ヤスリをかけている。細かいところが滑らかにならないそうだ。
恨みがあるのかもしれないが、それを表に出すことはなかった。ただ、王の弟が関わると、フィルリーネは嫌悪感を出す。
この部屋ではなく、他の場所での話だが。
「王の弟は、なぜ死んだのだ?」
「王が殺したからよ」
フィルリーネは深い声音で言葉を発した。外にいる時には一度も聞いたことのない、怨恨を含ませた声だった。
即答に、こちらが口を噤む。この部屋にいるだけで、そこまで感情を出すのか。
「力量不足なくせに、王であるプライドだけは高い。王の弟を殺したのはただの妬みだけで、どうしようもなく下らない理由でしかないのよ」
実の父親に言う言葉ではない。蔑んだ言葉に寒気がするほどだ。フィルリーネは、明らかな嫌悪と私怨を、口に乗せた。
「あの王に問題は多いのよ。従う者に利益を、従わない者には破滅を与える。魔導が少ないせいで精霊の声もまともに聞けず、王族としての力量も皆無。狭量で、愚かな真似しかできない。存在する意味もない」
フィルリーネは毒を吐く。グングナルドから精霊が逃げ出すことを、意にも止めない。あまつ精霊を無理に捕らえるような愚を犯す、愚かな王なのだと。
フィルリーネの感情の発露は、いつも演技だった。下らないことに喜び、馬鹿らしい話に怒りを見せる。浅慮で思慮のない、子供のような感情の表し方だった。
それが、全て嘘だったのだと、改めて気付かされるのだ。
「王を討って、どうする気なのだ?」
ルヴィアーレは問うた。コニアサスを王にするつもりだと言うが、そうなれば、フィルリーネは城には残れないだろう。どこかに嫁ぐ相手でもいるのだろうか。フィルリーネの周囲に、そのような相手がいるようには思えないが。
「職人になるけど?」
「は?」
聞き間違いだろうか。妙な言葉が耳に入った。フィルリーネは別の部品を手にして、再びヤスリをかける。
「職人と、言ったか?」
「コニアサスに王になってもらうのに、私がいても、しょうがないでしょ。初めから、この国を担うつもりはない。けれど、膿は全て潰していく」
多くを犠牲にして生きてきたのに、目的を終えれば、全てを捨てる気か。フィルリーネは当然のように言い放って、笑顔を向ける。むしろ、早く職人になりたいとぼやいた。
荒唐無稽すぎて、言葉が出てこない。
「そんなことを、本気で考えているのか?」
「本気だけど?」
むしろ、なぜそんな怪訝な顔をして言われなければならないのか。フィルリーネは首を傾げた。物を作っている方が、性に合うのだと。
確かに、職人顔負けの製作を行なっているが、その年で、全てを偽り、仲間を得ている者が、王族を退くなど、仲間が許さないだろうに。しかし、フィルリーネは、働く場所も目処は付いていると、含んだ笑みを見せる。んふふ。と不気味な笑いをした。
呆気にとられるしかない。人生設計が、王女のそれではなかった。職人になりたいなど、本気で思っているのだ。
エレディナも、それを当然と聞いている。止める気はないと、肩を竦めた。
「部屋見れば、分かるでしょ。ガラクタだらけよ」
「何おー。ガラクタじゃないですー」
「どんどん物増えてるのよ。物置く場所、借りた方がいいんじゃない?」
「そうだよねー。作った物とか、あっちに全部送っちゃおうかなあ」
「……嫌がられるわよ」
「あっちとは、どこだ」
「あっちはあっち」
答えるわけがないと、フィルリーネは他所を向く。王の話が出ないと、年齢よりも子供っぽい。この部屋にいるフィルリーネは、ラータニアのユーリファラより精神年齢が低めに思えてくる。
ユーリファラと比べるべくもないか。フィルリーネは環境が違いすぎた。本性を出せない分、自らを出せる場所では、子供のままなのだろう。親しい友人すら作れない状況だ。
エレディナが近くにいるため、孤独を避けることができるの、が唯一の救いなのかもしれない。
「何?」
フィルリーネはとぼけた顔をしてくる。子供でも、偽り続ける精神を持った者だ。
「何でもない」
まったく、やりにくい。知れば知るほど、どんどん面倒になってくる気がする。
ラータニアの王も、幼くして大人にならなければならなかった人だった。普段王として働いていても、時折幼少期に戻ったようになるのは、フィルリーネと同じ理由に思えてくる。
幼き王を惑わす周囲。どれだけ足を引っ張ろうとしたか、子供の頃でも覚えているものだ。兄の行く道を遮る者は何であろうと許さない。そう思うのは、フィルリーネと同じだろうか。
「国のためなどと言う方が、嘘くさいか」
小さな呟きは、フィルリーネに聞こえなかったか、首を傾げた。その気の抜けた顔には、王女としての矜持が全くない。
「暇なら、ロブレフィートでも弾いてなよ」
フィルリーネはロブレフィートを指差した。作業をしながら音楽が聞きたいと、のたまう。楽譜もあるからと広げてみせる。
出してきた楽譜は難曲で、指並びの複雑な激しい曲だ。作業用の音楽としては、音が大きくなりすぎるだろう。
「弾けるのか?」
楽譜には走り書きがあるので、練習はしているのだろうが、問うとフィルリーネはとぼけた顔をして、弾けませーん。と語尾を伸ばして返事をしてきた。言葉遣いが好ましくない。
「笛もあるよ。フリューノート」
「君のではないのか?」
「私のだけど?」
眉根を寄せると、フィルリーネは再び顔を傾ける。何か問題でもあるのかという顔だ。自分の笛を他人に吹かせる行為が、王女のそれではない。普段のフィルリーネならば、行うはずのない行為だ。
無言で返すと、フィルリーネはどうでも良さそうに、拭けばよくない? と意に介さず言った。
「君は、ずぼらなのか?」
「そうね」
悪びれない返事が、すぐに返ってくる。
「王女としての気品がなさすぎる」
「ないですが。何か? むしろ、普段からそんな感じなの? 偉いね」
何が偉いのか。王族である前に、貴族ですら当然の考え方を持ち合わせていないとは、呆れて物が言えない。
「やだやだ。疲れちゃう」
「疲れるのはこちらだ」
フィルリーネはわざとらしく肩を竦めた。
部屋にいるフィルリーネは、王女の矜持がなさすぎる。
いや、外でも同じか。
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