第111話 フィルリーネ
就寝前の一時、フィルリーネと街へ出ていたサラディカが、報告のために部屋へ一人訪れていた。サラディカは側使えを兼ねた補佐なため、就寝直前に部屋にいてもおかしくはない。
サラディカは、昼食後の鐘の音に間に合うように、城を出ていた。戻ってきたのは、夕食が始まるより少し前で、不在をごまかすのに体調不良などと偽っていたが、メロニオルによると上手くいったようだった。
若干顔色悪く、夕食後に顔を出してきたサラディカは、報告するために、この時間を使った。
イアーナには、まだ聞かせる話ではない。そう判断した自分の考えを、サラディカも理解していた。
「戻るのに、時間が掛かり申し訳ありません。フィルリーネ王女と別れた後、自分なりに街の確認をしておりました」
次、いつ街に出られるかも分からない。そのため、時間があるだけ、街の様子を確認してきたようだ。
メロニオルより戻りの時間は聞いていたので、問題はない。頷くと、サラディカは一度間を取り、若干言いにくそうに話しはじめた。
「フィルリーネ王女は、街の人間に溶け込むように服を替え、街の状況を確認しておりました」
服装を替えていたのは見ていたので、そうであろうとは想定していた。しかし、そこでどう動いているのかが分からなかったが、サラディカは予想以上に動いているフィルリーネについて語り始めた。
「街の中でも、特に貧しい家の子供たちに計算や文字を教え、商人を相手に、玩具を売買しているようでした。子供たちに玩具を触らせて、その使い勝手を確認するほどです。画材屋や武器屋、市場にすら知り合いがおり、至るところに目を向けて、街の状況を把握しております。しかも、魔獣の討伐に同行しているようでした」
「討伐? 騎士たちとか?」
「いえ、親しい商人がおり、その者が雇った狩人たちと共に同行するようでした。剣を購入していたので、剣で戦ったことはないと思いますが、おそらく魔導にも剣にも自信があるのかと。同行にその商人が安堵していたので、かなりの戦力になっているようです」
「そこまでか……」
魔法陣の使い方を見る限り、その習得は水準の高いものだった。魔導の高さは分からないが、イムレスに言わせると高めなのだから、それなりなのだろう。しかし、剣の腕もあるとは思いもしない。
一体、どこで鍛錬などをしているのか。そう思うが、すぐに思い出す。フィルリーネは部屋に引き籠もりながら、そこにいないのだ。鍛錬する時間など、いくらでもあるだろう。
そうなると、誰かしらがその鍛錬に付き合ってきていたことになる。
「街の人間のふりをしていましたが、フードを頭から被り、警備騎士などには見付からぬよう、気を付けているようです。本人は平民のふりは無理があるため、商人のふりをしていると話していました。玩具をカサダリアでも売っているような話をしていたので、人型の精霊と共に、別の街にも行っている可能性があります」
「玩具というのは、コニアサス王子が使うような玩具か?」
「はい。色々な玩具を持っては、子供たちに使わせているようで、今回遊ばせていたのは、王都の土地の地図を立体にしたものでした。木や家などの模型を差し込めるようにしており、街や村の位置と綴りがはめられるようになっています。その綴りを教えるのも、文字の木札を使い、子供たちが選んで並べられるようにしていました。もう一つは水の中で遊ぶ玩具のようでしたが、そちらも文字が見えたので、学ぶための玩具だと思われます」
フィルリーネの部屋に置かれた玩具は、全て学ぶための玩具のようだった。だとしたら、知育玩具を製作しているのは、彼女自身だ。
王女が部屋で鋸を使うなど、誰が思うだろうか。玩具に絵を描き、それを売る。そんなことをしてどうするのだろう。そこまでして自分を偽り、愚かな者だと演じる理由は何なのか。
「商人と、玩具について細かく話しておりました。問題点を洗い出すなどしていたので、玩具製作の手伝いをしているのでしょうか」
「製作しているのは本人だ。設計図や道具が部屋にあった」
「フィルリーネ王女が作られたのですか!?」
サラディカは、かなりの出来でしたが。と困惑の表情をしたが、間違いなかった。
溜め息しか出ない。フィルリーネは玩具を作り、それを子供たちに使わせ、それを売ることで、コニアサスに与えている。カサダリアのガルネーゼ副宰相から送られたという話だったのだから、ガルネーゼはフィルリーネと繋がっていることになった。
魔導院副長イムレス、ガルネーゼ副宰相。フィルリーネは王に反する姿勢がある。そうなると、その二人も王への反旗を翻すつもりなのか。
「未だ、信じられません。街にいるフィルリーネ王女は言葉遣いも替えて、違和感なく動いていました。貧しい子供たちに対応する王女は、別人としか言いようがありません。子供たちとはかなり親しくしているようで、汚らしい格好をした子供が抱きついてきても、微笑みながら頭を撫でるほどで」
普段のフィルリーネを見ていたら、他人の空似としか思えなかった。と言う。サラディカにしては、相当な衝撃を受けたか、戸惑いを隠せていなかった。
「フィルリーネ王女は、何故あのような真似をしているのでしょう。愚か者のふりなどして、意味はあるのでしょうか。ラータニアについても調べておりましたが、私を前にしても、隠すつもりもないようです」
「ラータニアの、何を調べていたのだ?」
「商人が来ているかを確認しておりました。絵具を売る商人は来ていて、武器を売る商人は来ていないと」
「成る程」
フィルリーネは、こちらに武器が届きにくくなることを知っただろう。そんな情報まで仕入れているのならば、王がラータニアを襲うのか、考えるわけだった。
何のために自分がこの国に入ったのか、王に直接問うわけにもいかないだろうに。フィルリーネはあの手この手で、情報を集めているのだ。
サラディカは、ラグアルガの谷についても語った。商人にも調べさせているとは思わなかったが、フィルリーネは色々な面から探っているのが分かる。
「フィルリーネは、王に反することを、幼い頃から叩き込まれたのかもしれない」
「王に、ですか?」
「婚姻までに終わらせたいと言った。そういう意味でだ」
「王を、討つ気ですか……?」
サラディカは絶句した。
「子供の頃に成績が悪くなったと言うのならば、そこから偽ってきたのだろう。詳しくは分からないが、王の弟が死んだことが関連していると思われる。人型の精霊は、王の弟に付いていたそうだ」
「王の弟が死んだのは、王女が六歳だった時という話では……」
サラディカはにわかに信じられないと、首を振った。自分も同感だ。だが、そこから偽っているからこそ、今のフィルリーネ王女がいるのだ。誰に聞いても、子供の頃から突飛だったと言い、王もそうだと思っている。
王や王の手を騙すために、長きに渡り、偽りの王女を演じてきた。
「恐ろしい精神力だな。幼い頃から演じることにより、我が儘で、いきなり何を言うか分からない王女がいるのだ。おかしなことを言っても、周囲はフィルリーネ王女だから仕方ないという空気になり、それが許される立場にいる。自分の身分を最大限に利用した作戦だ。私では、考えつかない」
誰に厭われようと構わない、捨て身の作戦だ。しかし、それがまかり通るようになれば、彼女は大きな自由を得る。
「ルヴィアーレ様は、フィルリーネ王女を、どのように扱うおつもりですか?」
「まだ、何とも言えぬ。今は様子を見るしかない。偽りだろうとなかろうと、邪魔をされて困るのはこちらも同じだ。しばらくは注視するしかない。フィルリーネが知り得る情報も手に入れたい」
「承知しました」
他の者たちには、まだ話せる段階ではない。今の話はここだけにするように、サラディカに伝える。変に意識して見るようになり、フィルリーネの邪魔をするのは得策ではない。王をどうにかしたいというのは、嘘ではないだろう。
サラディカは首を垂れて部屋を出ようとしたが、一度躊躇うようにして、こちらに向き直した。
「フィルリーネ王女は、婚姻は望んではいぬと申しておりました。次代の王には、コニアサス王子を望んでいるそうです」
「コニアサス王子か」
だから、自ら製作した玩具を送るのだ。子供に学びを合わせた玩具を、人を使ってまで送る。この国の女王になる気など、端からない。それは、真実なのだ。
扉には、前と同じ魔法陣が描かれており、魔導を見れば。扉の中にも同じ物が施されている。あれ以上、魔導を上げる気はないようだ。さすがに、そこまでの力を表には出さない。自分に部屋に入られるより、他の者に気付かれる方を避けたいのだろう。
誰が部屋に入ろうと、部屋にあるのは本や画材などだけ、王に対しての犯意が見られる物はない。
扉を開けると、ソファーにもたれていたフィルリーネは、明らかな嫌そうな顔をこちらに向けた。部屋に籠もってはいたが、出掛ける予定ではなかったらしい。
「個人的な時間を過ごす部屋なのだけれど、遠慮されたらいかが?」
いつものような丁寧な言葉遣いをしながら、顔はしかめっ面だ。束ねられた紙を眺めている。近付いて覗けば、見覚えのある書類だった。
「書類をこんなところで見ているのか。判は押していたのに」
「見ないの」
フィルリーネはさっと端にどかす。おかしな書類はここに持ってきて、確認しているようだ。政務に全て任せているわけではない。ソファーに座ると、尚更嫌そうな顔をした。
「集中できないんですけど」
そう言いつつ、むくれた顔をしながら、書類に視線を戻す。そうして別の紙に、何かを書き記した。よくある不正がされた書類で、誤魔化された金額を計算している。
見ないふりをして見ているわけだ。まったく、頭が下がる。
机の上には、書類の他に、製作中らしい模型が置いてある。設計図もあり、大きさから玩具には見えなかった。
「グングナルドの地図か?」
「見ないの!」
フィルリーネは同じことを言って、頬を膨らませた。子供のような仕草だ。すぐに書類に戻るので、気にせず設計図を手にする。
「こら」
まるで子供に言うように、設計図を引っ張った。
「破れるぞ」
「なら、離しなさいよ」
「そちらが離せ。書類を見ているのだろう」
フィルリーネは舌打ちをする。わざとらしいそれは、王女が行う仕草ではない。この部屋で洗練された動作はしないらしい。王女にはあるまじき足を組んだ格好で、足元をぷらぷらさせた。随分とはしたない。
「玩具以外も作るのか」
「それも玩具だよ。ちょっと、手が込んでるけどね」
フィルリーネはこちらも見ずに書類をめくる。話し方は、やはりこちらが素らしい。
部屋に戻ってきた時、フィルリーネはエレディナと平民の友人同士のように話していた。そこに王女の威厳はない。
この部屋は確立された部屋で、フィルリーネにとって、本来の姿を見せられる場所なのだ。とはいえ、いくら素でも、淑女としてあるまじき姿だった。
素行の悪い、里が知れる言動だ。
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