第110話 城の外4

「結局、今日どこから来たの?」

「地図をもらい、この通りに。水路を通ってきた」

「ああ、こっから来たのか。あそこ兵士一人だもんね。どうかと思うわ〜」


 そんな、小道の門を守る兵士の数まで把握している。あの城の規模を考えれば、フィルリーネがどれだけ時間を費やして、この街を調べているのかが分かる。


 フィルリーネ王女の行動範囲は、王女の棟内での政務室や客間、魔導院や王の元、たまに教師のいる王族の応接間くらいしか移動がない。他に服飾などの商人来訪がある程度なのだ。茶会にいくつかのテラスは使っていたが、催事がない限り、棟から殆ど出ない。


 ルヴィアーレも、動くことの難しい行動範囲では、城の中ですら知り得ることができなかった。

 部屋の中に籠もり、自らで動かなければ、フィルリーネ王女は自分の城すらも、部屋の把握ができないだろう。

 それを、王女と知られないように、秘密裏に動いて確認をする。それは、難問ではなかろうか。


 いくら人型の精霊で転移が可能としても、人に見られるのは避けて行なっているはずだ。城内を把握するにも時間がいっただろう。

 そして、街に出れば、警護もつけず一人でうろついている。


「精霊がいるとはいえ、街で一人とは」

「別に、大したことないわよ?」

「危険では?」

「そっちの王様も、やってるって聞いたけど?」


 言われて黙る。確かにラータニア王も街に出てうろつく人で、それこそ警備の目を盗んで、勝手に城を出た。ルヴィアーレが、王が逃げ出さないように警備を増やしたほどだ。警備騎士をつけていたが、それでも何かがあればどうするのだと、よくよく注意をしていた。


「自分の国だもの。一人で歩くわよ。街の中で何かがあるなら、その街の人間が、生きにくいってことでしょ? 知っておくべきじゃない?」

「それは、そうだろうけれども」

「一人で歩けなくてどうするのよ」


 フィルリーネは意に返さないと、軽く笑ってあしらった。

 ルヴィアーレが頭を抱えるのが見えてくる。ラータニア王と同じことを口にするのだから。


「ルヴィアーレも外出ないの?」

「そういうわけでは。だが、視察はあっても、お忍びなどはしない」

「そんなもの? まあバカ目立ちだもんね、あの感じじゃ。忍んで出られる感じ、全くないわ」


 他人事のように言うが、フィルリーネもフードを取れば、同じだと思う。

 それを口にはしなかったが、ルヴィアーレがお忍びで街に出るのは、想像がつかなかった。それはユーリファラも同じだ。フィルリーネのように、ふらふらと一人歩き店に入って、商人に値引き交渉など、想像しがたい。


「言葉遣いや仕草は、簡単に変えられない。女性でも、同じ真似は難しい」

「でも、王はやってるんじゃないの?」

「王は、少々、不思議な方だから」

「へー。会ってみたいなあ」


 このフィリィとラータニア王が一緒にいる姿を思い浮かべて、何故か二人一緒にいるのがしっくりきてしまった。のんびりと歩きながらも街の情報を得られるラータニア王と、行き先を決めながらも周囲を細かく見回るフィルリーネ王女がいれば、どの諜報たちよりも多種類の情報が得られるような気がする。


「お姫さんとか、連れてかないの? お嬢さんじゃ、難しいかな。王弟に嫁ぐ気だったら、街も見た方がいいと思うけどね」

 フィルリーネの言葉に、喉が詰まりそうになった。今、何と言った?

 それが顔に出ていたらしい。フィルリーネは首を傾げて、そう聞いてるけど? と真意を問うてきた。


「婚姻するつもりはないと?」

「え、あるの?」


 むしろこちらが聞きたいと、フィルリーネはきょとんとした顔を、隠しもせず出してくる。しかも、元々婚姻する気もなく帰ってもらいたくてたまらない。と悪びれもなく言いのけた。


「帰るまで辛抱して。こっちも拒否権ないのよ」

「婚約を破棄できると?」

「しなくちゃ困るでしょ? こっちは弟に継いでもらいたいのに、何で婿。それに、あんな嫌悪感丸出しされて、受け入れろって方が無理でしょ。お互い様よ」

「イアーナは顔に出るから」

「ルヴィアーレの話よ」


 ルヴィアーレは嫌悪感など出したことはない。フィルリーネ王女の前では、常に笑顔だった。

 時折、王女の予想外の言葉に呆然とすることはあっても、すぐに笑顔に戻る。


「あの方は、嫌悪を表情に出したりしない」

「え、あれで? すごい出てるけど。いや隠してるけど、隠れてないよ。空気悪い」

「だが、笑顔で対応されて」

「嘘くさい笑顔なのに?」


 そんなことを言う女性は初めてだ。

 ルヴィアーレは王族以外の女性には、概ねあの対応をされている。そこに嫌悪があろうとなかろうと、女性たちは笑顔であることに安堵を覚え、ルヴィアーレを悩ましげに見つめたものだ。


「いつから、そんな風に思って?」

「え、最初から。私の嫌味で、普通笑わないよ。もう間違いなく、嫌で来たよね」


 最初の出会いは、周囲も緊張が走ったことだろう。扉の前に控えていた自分も、イアーナも、侮辱に耐え難かった。しかし、ルヴィアーレは笑顔で対応し、そこで怒りを見せる真似をしなかった。その後も同じだ。


「いやだから、それが嘘くさいってば。もう、何言ってるの」

「けれど、普段話している時にも、嫌悪など」

「あからさまに出すわけじゃないけど、分かるよ。それに、面倒にならないように話誘導するの、うまいよね。私もやるから、なおさら分かるって言うか」


 閉口した。フィルリーネはルヴィアーレと同じ真似を、高飛車でバカな王女で行なっていた。だから、ルヴィアーレの話の切り上げ方も、理解しているのだと言うのだ。


「普通、気付かない。慣れた者でも分からないくらいで」

「そうなの? まあ、うちにはああいうのが多いし、私も似たようなものだし、大変なのよ」


 フィルリーネは溜め息交じりだ。そんな環境で、それだけ演じてこられた方が曲者すぎると思うのは、自分だけではないはずだ。


「あ、やば、ちょっと、そっちに」

 突然、フィルリーネが人の腕をとって、曲がり角に入り込んだ。

 精霊の契約の証が鈍く赤く滲むのを見て、フィルリーネはそれをマントですぐに隠す。光は滲んだ色だが、蠢くように見えるので、気付く者も出るだろう。

 自分が手の甲の魔法陣に目を奪われている間、フィルリーネは壁に姿を隠して、通りの先を覗いた。


 フィルリーネの視線の先には、騎士らしき男たちが集団で歩いていた。格好からすると、騎士でも身分が高いようにも見える。フィルリーネは目を眇めたまま、彼らから見えないようにと、壁際にピッタリとくっついた。


「どこの騎士だろうか」

「警備騎士団よ。第一部隊。隊長は働かない男、サファウェイ。討伐は渋るくせに、街の外から出てきたっぽい。何をしてきたんだか」

 また調べてもらわなきゃだわ。そう小さく呟いて、フィルリーネは壁に引っ付くのをやめた。


「あいつらに鉢合わせないように戻ってね。一番前にいた男は、王に繋がってるから。じゃ、私は城戻るから、気を付けて」


 手を振りながら、フィルリーネはその警備騎士団とは逆方向へ向いた。ここで別れても、別の場所に行くのではないかと疑念を持ったが、この後どうやら教師がついて、勉強会があるらしい。やばい、やばい。と呟きながら、小走り体勢で、後ろ手を振った。


 フィルリーネは最初に会った道へ戻るのだろう。後ろ姿を見ていたら、曲がり角を曲がる時に、もう一度手を振ってきた。


 あれが、フィルリーネ王女の本当の性格だと、理解しなければならないのだろうか。

 いや、高飛車な王女を演じてきたのだ。あのフィリィ自体も演技であることだってあった。とにかく、今日起きたことをルヴィアーレに話し、判断を仰がなければならない。


「あの王女を、ルヴィアーレ様は、どう判断されるだろうか……」

 ラータニア王と同じ考え方を持つ者なのだと、考えるだろうか。そんなことを思うだけで、頭が痛くなるのは、自分だけではないはずだ。


 彼女が味方と成り得るのか、ルヴィアーレのためにも、自分が真実を見極めなければならなかった。

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