第109話 城の外3

「じゃ、また、前みたいに呼んでください。平気だったら、行きます」

「ああ。頼んだ。こっちも調べておく」

「ありがとうございます。お願いします」

 フィルリーネは礼を言うと、席を立った。自分もそれに習って、席を立つ。


「アリーミアが、また菓子作りをしたいと言っていた。また付き合ってやってくれるか」

「やったあ。勿論ですよ! あのお菓子、すっごく美味しかったです。おいしいおいしいお菓子、最高」

「アリーミアとゆっくりできなかったからな。また話が長くなりそうだが」

「そうですねー。また何か分かったら、お伝えします。あ、あとこの間言ってたお方、お仲間ですので、何か聞きに来るかもしれません」

「……そうなのか。いや、意外だな」

「私もそう思いましたけど。結構強かで、意外なほど強いですよ。それじゃ、また」

「ああ。気を付けてな」


 フィルリーネは笑顔で手を振ると、バルノルジがいた店から出ていく。すぐに左右を見遣って、道を歩んだ。念の為警戒はしているようだ。


「討伐とは……」

「最近、街の外で、魔獣が増えてるんだよね。バルノルジさんたちは、狩人とか連れて民間人だけで、たまに討伐に出られるの。本来なら警備騎士が行くとこなんだけど、隊長によって、対応がまちまちでね。それで、バルノルジさんたちが、たまに出てくれてる」

「それで、フィル、フィリィが、誰かを呼ぶ、のか?」

「私が行くんだよ」


 そんな気はしたが、あっさり言われて、何を言えばいいのか分からなくなる。魔導もほとんどないと言われているような王女が、討伐を共にするとなると、つまり魔導の件も偽っていることになった。もしくは、余程剣の腕があることになる。


 ルヴィアーレが警戒するわけだった。

 フィルリーネはあちこちを見回して、別の道を進む。まだ行くところがあるようだ。


 この間、城の引き籠もっているはずの部屋は無人で、フィルリーネを守る騎士も、側使えたちも、王女が部屋にいないことに気付きもせず、気の抜いた仕事をしているのだろう。フィルリーネは、彼らがそんな怠慢であることを逆手にとって、いつでも自由に行動していたのだ。


「こんにちはー」

 フィルリーネは画材屋へと入る。ここでも顔見知りであろう、店主に挨拶をして、店の物を見ながら会話を始めた。

「もう使ってしまったのかい」

「いやー、部屋の扉を使ったので、丸々っと」

「そりゃ、また豪快だね」


 白髪の品の良さそうな老人は、ラータニアから入った画材の話をする。フィルリーネは頷きながら、画材の粉の入った瓶を見比べていた。


「こないだと、色違いますね。採る場所によって、違うとか?」

「そうさね。産地が違うそうだよ。ここに、ニムレシュナって書いてある。前は、何だったかな」

「アルベイルって書いてありました」


 ニムレシュナもアルベイルも、ラータニアの領の名前だ。絵の具となる石が採れるので有名だった。同じ色でも色の違いがあるとは知らなかったが、フィルリーネはよく知っているらしい。

 同じ色じゃないのかー。と若干残念そうな声を出した。


「すまないね。ラータニアの商人も、試しで売りにきているから、同じものが中々ないんだよ。売れたことは伝えているから、次回来た時には、同じものを持ってくるだろう」

「ありがとうございます。商人、ちゃんと来れてます?」

「その商人は問題ないと言っていたよ。けれど、やはり来れない者もいるみたいだねえ。魔鉱石を扱う者とかは、まず入れないらしい」

「魔鉱石ですか。ということは、武器関係もかなあ」

「そこは、何とも言えないねえ。武器屋に行ってみたらどうだい」

「そうします。これ、買って」


 フィルリーネはいくつかの瓶を指定して、画材を購入する。良く買っているようで、店主は量の多さに、何も言わず、笑顔で対応した。


「随分、買う、んだな」

「すぐなくなっちゃうんだよね」

「フィリィさんはお得意さんだからね。買う量が、人と違う。前もあんなに買ったのに。玩具にも使っているって聞いているよ」

「あははー」

 笑いながら金を渡し、当たり前のように、また来ると言って店を出る。本当に良く来ているのだ。


「じゃあ、武器屋行くか。私も剣欲しいんだよねー。いいのあるかな」

「剣、で、討伐を?」

「念のため? さすがに持ってる剣で討伐に行くとか、ちょっと、ねえ」


 ちょっとで済むわけがないだろうに。仮にも王女が持っている剣が、安い物であるはずがない。相当の価値がある剣を持って、民間人に混ざり討伐などと、考えられなかった。そもそも、討伐がおかしいだろう。


「ルヴィアーレは行ったりしないの?」

「行くけれども、騎士がつく、」


 つい話し方が片言になってしまう。王女相手に、敬語なしで気軽に話すことに、違和感しかない。フィルリーネも分かっているか、言葉言葉に間が開くことを気にした様子はなかった。


「騎士はねー、無理でしょ? 私がどうこうできないからね。民間の狩人は、バルノルジさんが個人的に支払って雇ってくれてるから、できるだけ付き合って手伝いたいのよ。剣に関しては、私も鈍ってるから、実戦で使いたいんだよね」

「実戦、は、どうかと」

「そんなすごいのは出ないから、そこまでじゃないわよ?」


 怪我したら、面倒になるしー。


 フィルリーネはそう言いながら、武器屋の方へ向かう。いくつか看板が見られるのに、迷うことなく一つの店へ向かった。


「こんにちはー」

 フィルリーネが挨拶をしながら店に入る。中にいたメロニオルのような体格の男が、のそりと椅子から立ち上がると、フィルリーネは、剣を買いに来ましたー。と店内の剣が置いてある場所にすぐに近付く。来慣れたものだ。


「フィリィさん、今度は剣かい? 弓矢はやめたのか?」

「次は、剣のお試しをしたく」

「お嬢さんみたいなフィリィさんが試す剣か? 細っこいからなあ」

「重すぎるのは、ちょっと、無理ですよねー」

「フィリィさんには、弓矢の方がいいと思うけれどね」

「一応、接近戦を考えて、欲しいなって」

「魔獣を良く見たいからって、討伐に同行するのは相当だね。絵師さんは、大変だ」


 店主は、フィルリーネが持てそうな剣を選ぶ。

 どうやらここではフィルリーネ王女は絵師で、魔獣を描くために、討伐を見学することが多いという話になっているらしい。芸事が得意という話が、脳裏に浮かぶ。あれも嘘ではなかったのだろうか。そう思いながら、頭の中でかぶりを振った。


 表向きの王女は、噂だけで、美貌以外は嘘だった。芸事に秀でていると言いながら、そうではないと演じていたのだ。何にでも秀でていると噂されていたが、それが実際は嘘だという話が、本来のフィルリーネは、本当に秀でているのである。こんがらがる話だ。


 店主から渡された剣を持って、フィルリーネは何度か剣を振った。その動きは演習を行なったことのある腕で、振り抜いた剣の動きに、無駄がない。


 見ていると、笑いそうになる。自分の見てきたフィルリーネ王女は、一体何だったのか。茶会で話し方や仕草を間近で見ているのに、何も気付けなかった。今までを思い返しても、馬鹿で愚かで、突飛でもないことをいきなり口にする王女の印象しかない。


 フィルリーネは気に入った剣があったか、それを購入する。店主は即決に、剣を支えるベルトなども勧めてきたが、フィルリーネはなんと、購入に値引きを行いはじめたのだ。買い物にも、慣れ過ぎだ。


 これが、この国の王女であると、誰が思うだろう。

 フィルリーネは剣とベルトと、ついでに矢を購入して、しっかりと値引きされた額を払った。


「ラータニアの武器とかって、商人売りにきますー?」

 お釣りをもらいながら、フィルリーネは別の武器を見遣ってそう問うた。いつもと同じだからないですかねー。と言いながら。


「ラータニアからは商人は来てないね。武器に関しては、グングナルドの方が、質がいいんじゃないか?」

「そっかー。珍しい武器とかあったら、見たいなって思ったんですけど」

「絵師さんらしいな」

「絵の具は、可愛い色、すごいあるんですよ。溜め買いしました」

「はは。武器が入ってきたら、買ってもらわなきゃな」


 店主の笑いに返しながら、フィルリーネは挨拶をして店を出る。

 フィルリーネは、そうやって街の店主たちに、ラータニアの情報を得ているようだ。


「いつも、こんなことを?」

「大抵はね」


 荷物を肩にかけて、剣や矢を大事そうに抱える。持とうとしたら、もう帰るからと断られたが、王女が隣にいて、剣やら矢やらを抱きしめるように持ち運んでいるのを、隣で見るだけというのは、さすがに忍びない。

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