第105話 ヘライーヌ4
「オゼの研究で行なった、植物を成長させる薬を、精霊を成長させるために使ったと言うの?」
「正確にはさー。精霊が少ないのは、土地が悪くて生育が悪いんじゃないかって話だったの。だから、精霊の成長を促す薬とか作ればいいと思ったわけ。それで、オゼが作ってた薬もらって、別の薬を作ろうとしたの」
「オゼも、それは知っていたの?」
「や、やくに立ててれば、そ、それでいいと、思っていたのでっ」
ヘライーヌが作った薬は成長を促す薬で、それの実験が必要だった。しかし、精霊が近くにいるわけでもない。それをどうやって行うか、相談した相手、ヘライーヌの祖父ニーガラッツは、精霊ではなく、魔獣に試してみればいいと言ったそうだ。
「魔獣が成長すれば、精霊にだって効くんじゃないのって。でもさ、魔獣が成長しても大変じゃん? どうすんのかなーって思ってたんだけど、騎士の練習用にするからいいって。じゃあ、それで。って話だったのね」
しかし、その後、普通の魔獣では騎士たちは物足りない。巨大化する薬を作れと言ってきた。ヘライーヌは善悪関係なく面白いと思った。だから、気にもせず新しい薬を作ったのだ。
「その魔獣作るのに、何とかの谷に行って与えたよ。でも、そんな簡単に大きくならないし、わたしの計算だと、大きくても二倍にもならないよ」
「私たちが見た魔獣は三倍以上大きかったわよ」
「さ、さんばいいっ!?」
オゼが目を瞬きながら叫ぶ。ヘライーヌはその顔を見ながら、肩を竦ませた。そうなるには別の力が必要だと言いながら。
「ラグアルガの谷は、ラータニアに続いているのよ。あそこであの魔獣を放ったら、どうなると思う?」
「ラータニア……?」
オゼが小さく呟いて、すぐにルヴィアーレを見遣った。ルヴィアーレは眉間に深くシワを寄せている。
「増幅剤みたいな? おじーちゃんには、大きくしても言うこと聞かせなきゃダメって言われてたから、作った工程教えてる。改良したのはおじーちゃんだよ。最初っから精霊の成長とかじゃなくて、魔獣に与えて、巨大化させたかっただけなんだ」
「ぼ、ぼぼ、僕、知らなくてっ」
大きな国際問題になるような薬を作る手伝いをしていたことに、オゼは真っ青になった。ヘライーヌは、オゼは栄養剤しか手伝ってないよ。とかばう姿勢を見せる。
「ヘライーヌが洞窟で魔獣に薬を投与したのでしょう? それからひと月も経たないうちに、三倍以上巨大化している。エレディナが言うには、おそらく精霊が使われているわ。薬だけではどうにもならないのではないの?」
「精霊? 精霊を使うって、捕まえて……。ああ、それ、わたし魔鉱石でやろうとしてたんだ。けど、じゃあ、おじいちゃんは精霊使ったんだ」
「せ、精霊!? 使う!? え!? ま、混ぜるんですか??」
言って、オゼが顔色を蒼白にさせた。口をぱくぱく開け閉めして、ふらりと揺れると、その場に座り込む。
「おーさまは、精霊使ってまで、ラータニア襲いたいの?」
「それは、私が聞きたいのよ。条件が、一体何だったのか」
フィルリーネは後ろにいる、眉を寄せたままのルヴィアーレを見上げた。
「条件って?」
「この国に、他国の王族が、わざわざ婿に来なければならない条件よ。精霊が減り、魔鉱石が必要だとしても、王族を手に入れて、どうにかなる話ではないわ。そして、王はラータニアを攻める気でいる。そんな相手国の王族を、必要とする意味は何? それに準じなければならなかった、条件は何?」
ルヴィアーレは少しだけ目を眇める。
ルヴィアーレは何かしらを条件にして。この国に来たはずだ。脅される要素がなければ、わざわざ他国の王女に、婿に来るはずがない。
「国を滅ぼされたくなければと。ただの人質です」
ルヴィアーレは眇めた目のまま口にした。
「ただの? ただの人質が、随分と調べまわっているようだけれど?」
「仲悪いの?」
「ヘライーヌ、もう一つよ。魔導院研究員が死んでいるでしょう。理由は知っている?」
研究員たちが出掛けてて帰ってきた際、一人が毒を盛られたように変死している。イムレスも調べていたが、状態は分かっていても死体を見ていないため、どうしてそうなったのか、まだ分からないそうだ。
ヘライーヌはぱちぱちと瞬きした。
「変死したってやつ? それ、わたし帰った後に起きたから、洞窟で何かやったんだと思うけど。ただ、その精霊? みたいなやつと、ずっと何かやってた人だったよ」
「何かって、何よ」
エレディナが凄んだ。あの作られた精霊は、他の精霊たちから不気味がられていた。エレディナも吐き気がすると言っていたくらいだ。精霊たちを誘導する他に、何か精霊としての力があるのかもしれない。
しかし、ヘライーヌはかぶりを振った。
「何か食べさせてたのは見たよ。でもそれが何かは知らない。ただあいつ、すっごいやなやつで、餌与えながら、あの精霊からかってた」
「あの精霊に、何か能力があるってことかしら」
「分かんない。分かんないけど、精霊怒らしてるの見てた他のやつが、注意してたよ」
それで変死しても、理由が分からない。別件で殺されたのだろうか。
「あの精霊、鳴くんだよね。なんか、笑ってるみたいにさ」
その鳴き声は気持ち悪かったな。と珍しい意見を言った。しかし、変死に関してはやはり分からない。
「ヘライーヌ。その薬の調薬方法、見せなさい」
「えー? 姫さん、分かるの?」
「いいから、見せなさい」
ヘライーヌは机の下にある隠れた棚から、ごそごそと木札と紙を出してくる。書き込みが多く、どれが本来の製作過程なのか分かりづらいが、フィルリーネはさらさらとそれを確認した。
「姫さん、それ、ちゃんと見てんの?」
「見てるわよ。元はオゼの研究でしょ。あれは目を通しているから」
「通してんの?」
「へ、ぼ、ぼくの、研究をですか!?」
先ほどから自分が推薦したと言っていたつもりだったが、分かっていないらしい。それは放っておいて、フィルリーネは全て見終えた後、一枚だけを見直した。
「ヘライーヌ、これ、作れるだけ、作りなさい」
「いいの?」
「有効活用してあげるわ」
にやりと笑うと、ヘライーヌが半笑いで顔を見上げてくる。
「悪い顔—。その顔、誰が知ってるの?」
「お前が知ることではなくてよ。ねえ、オゼ」
言いながらオゼを見遣ると、その言葉に、オゼがブルブルと首を振って竦み上がった。
「しゃ、しゃべりません! 僕、しゃべりません!」
「姫さんが面白かったら、最初から手伝うのに」
「気分で裏切られては困るのよ」
「あは。当たってる」
調薬方法が書かれた紙と木札を返して、フィルリーネはヘライーヌを見下ろした。ここでよく言い聞かせておかなければならないことがある。
「いいこと、ヘライーヌ。お前の言動によって、全てが終わるの。今後、楽しい研究を続けたかったら、余計な真似をするんじゃないわ。精霊は怒りを抱いている。楽に死ねないわよ」
「悪役ー。どれだけの人間が、姫さんの仲間なの?」
「その内、分かるわよ」
「うひひ。楽しいね、姫さん」
ヘライーヌは楽しげに笑う。これでしばらくはこちらにつくだろう。冬の館に連れて研究をさせる時間を与えるように、イムレスには伝え済みだ。そこの調整はイムレスが行う。連れて行くのはエレディナだが、勝手に部屋に入らないようにしてもわらなければならない。
そして、問題はもう一人いる。
眉根を寄せたままのルヴィアーレは、こちらを見据えていた。薬をできるだけ作れと言った言葉にも警戒を持っただろう。しかし、警戒したいのはこちらも同じ。
「あなたもよ。国に帰りたかったら、余計な真似をしないで。あなたの手下がうろついていると、こちらが心配になるわ。この城を甘くみないことね」
「……成る程。それは失礼をしました」
心当たりはあるだろう。知らない場所でうろつかれていたら、どうなってもこちらは知り得ない。国に戻るまで大人しくしてほしいところだ。
「ヘライーヌ。繋ぎはこちらからつける。私の部屋に来るのはやめなさい。お前の動きで、こちらが疑われては困るのよ」
「そうだね。それだけずっと騙してたらね」
ヘライーヌは、ひひひ、と悪巧みするような顔で笑った。
これ以上、長居は無用だろう。後は、なぜここに来たかの理由が必要だ。
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