第97話 学び3
「グングナルドではありませんか? ラータニアでは、最初に与える玩具は、布製の人形です。知育玩具ではありませんが、布で作る知育玩具を考えたらどうでしょう」
「布で作る知育玩具って、いいですね。職人に言っておきます」
「その職人は、カサダリアの職人なのですか?」
「え? ええ。そうですね。その発起人が、玩具を売っている商人ですから、そのお抱え職人が作っています」
「そうですか」
ルヴィアーレは何か気になったのか、視線を床にそらして、何か考えているようだった。すぐに視線を戻すと、どんな玩具を、どうやって使うのか、詳しく聞きたがった。
真面目人間ルヴィアーレは、結構親身に相談に乗ってくれ、カサダリアでの聖堂の使い方や、人数まで結構細かく聞いてきた。
姫様に、詳細聞いといて良かったよ、僕。姫様も、その想定してたってことだよね。性格、理解してるんだなあ。
「カサダリアでは、玩具を作る職人が多いのでしょうか? コニアサス王子も、カサダリアの玩具を使っていると聞いています」
「コニアサス王子の玩具ですか? それは、僕は聞いたことはないですけれど、僕の知っている商人の娘は、玩具製作を先導している人ですよ。お抱えの絵師と職人が何人もいる豪商なので、娘もかなりやり手なんです。自分でお店を出したいらしくて、知育玩具の販売には力を入れているようです」
「カノイは、その商人に会ったことがあるんですか?」
「一回しか会ったことないですけど、玩具はいくつか見させてもらいました。丁度、うちの姉の家に売りにきていたんです。それで、今回の計画の主導者が彼女だったので、納得しました」
なんてね。姫様、ルヴィアーレ様、完全に、知育玩具の製作者を疑ってます。絶対、その話ししてくるから、間違いなく伝えるようにって、姫様、すごい形相で言ってたもんね。僕、ちゃんと伝えたよ。
ルヴィアーレは頷いて見せてはいたけれど、どう思っただろうか。それでも、馬鹿王女が玩具作って、カサダリアで売っているなんて、簡単に考えないだろう。
あ、でも、設計図とかも見られちゃったんだっけ? 姫様、ダメじゃん。
「その玩具を製作する職人に、会ってみたいものですね。ラータニアでも普及できれば、街の人々の学びに、大きく貢献してくれることでしょう」
「カサダリアに行く機会もあると思いますから。紹介させてください」
「ええ、ぜひ」
ルヴィアーレは、にこやかな笑みを浮かべてきた。
ごめん、姫様。職人紹介することになったよ。後はよろしく。
「何が、紹介よ」
「うえーん。すみませんってばー!」
フィルリーネはベンチの後ろからカノイの頭を掴むと、ぐりぐり捻ってきた。カノイの髪の毛がぼさぼさになる。
「でも、褒められましたよ。真面目なのですね。って。姫様の案に聞き入ってました。おやつで遊ぶとか、数字の積み木とか。特にまだ話せもしない子供に、積み木で数を数えさせるってのに、不思議な顔してました。その頃からやらせる取り組みは面白いって。あと、積み木を計算で引いていくおもちゃを見てみたいって」
姫様、褒められて良かったね、それは僕、すごく嬉しかった。
自分のことのように褒められたのはなんだが、フィルリーネが行なっていることが、ルヴィアーレにも感心するような行いだということなのだから。
けれど、フィルリーネは冷たい声で言ってくる。
「カノイ、玩具の話、どこまで言ったの」
「知ってるのは、結構」
「情報、教えすぎ」
「ええ!?」
「ルヴィアーレは私の部屋入ってるんだから、玩具を見られてるのよ。今まで製作した歴代の玩具が部屋にあるのに、そんなに話したら、部屋にあったもので気付かれちゃうわよ」
「それは、姫様、部屋入られるのが悪い」
フィルリーネは、がっ、とカノイの頭を片手で掴んだ。
力入れられると痛いです、痛いです!
「今の私の部屋の結界を、少しは強めにしたけれど、ルヴィアーレは簡単に入られると思うの。最高度にすると、最悪あなたたちが入れないし」
フィルリーネは、またルヴィアーレが部屋に入り込むことを想定した。聞いた玩具が、あの部屋にあるのか、確認するためだという。
あ、そんなこと考えもしなかったよ。ごめん、姫様。
カサダリアに行かなくとも、フィルリーネの部屋に玩具が全てあれば、証拠が揃っていることになる。
まあ、完全なる証拠とはいかないと思うけど。姫様だから、何? くらいに開き直ってごまかしそうだけど。
「けど、布製の玩具かー。考えたことなかった。玩具は金属か木かと」
「布の人形は、グングナルドで見ないですね。子供が生まれたら人形を送ったりはしますが、人形は飾るもので、子供が触ることを想定していません」
アシュタルの言葉に、二人で頷く。人形は飾るもので、子供が触るものではない。フィルリーネは、頭の中がもう布製になったらしく、あれもこれも何でも布でいけるじゃない。と歓喜に震えていた。
「でも、姫様、布は買ってくるの? 布を縫えるんですか?」
「失礼ね。染めから布を作るのは無理だから、街で買うけど、私だって、裁縫ぐらいできるわよ。婚約者にはハンカチに刺繍をして、送るでしょ?」
「送ったことあるんですか?」
聞いたら、フィルリーネは他所を向いた。
やるわけないよね。そうだよね。でもそれって、できないからじゃないの?
「できるわよ。失礼ね。肌着に使う布で、何か考えましょう。指に引っ掛けたり、口に入れても大丈夫な大きさにして、サイコロにでもしようかしら」
フィルリーネは、もう作るものを考えている。
うきうきしちゃって、本当に好きなんだなあ。
「ルヴィアーレ様の棟、びっくりの暗さと古さでしたよ。あの棟、婚姻しても、ずっと使うんですかね」
「婚姻後は離れて暮らすわけにいかないから、私の棟まで移動よ」
「あ、そっか。それ姫様、胃痛で寝所から出てこれなくなっちゃうんじゃないですか?」
「……その寝所も同じよ」
フィルリーネが悲壮な声で言った。どんよりした雰囲気が、隣からも感じる。アシュタルも、婚姻したらそうなるのか、と今更再確認したようだ。
「姫様の案を褒めちゃう真面目なルヴィアーレ様ですし、婚姻したら、ちゃんと話したらどうですか?」
「無理言うんじゃないわよ」
「そうだぞ。無理言うな」
アシュタルがフィルリーネと一緒に反対してくる。
ルヴィアーレが曲者なのは分かっているが、フィルリーネの本性を知れば、ルヴィアーレも警戒解くと思うのだが。
まあ、ルヴィアーレもどんな性格をしているのか、はっきり分からないけどさ。
フィルリーネはやはり忙しいらしく、報告が終わるとせこせこと移動した。これから婚姻に向けて、教師がつくそうだ。つまり、夫婦になるための何とかを学ぶらしい。
知るか! って怒って、すっごく嫌がってた。
あとは、ヨシュアがついているニュアオーマに会う予定があるそうだ。芽吹きの儀式のせいで、調べなければならないことが増えたのだと、嫌そうに愚痴った。
ついでにヨシュアは、ルヴィアーレが気に食わないらしく、早く終わらせてラータニアへ帰らせたいフィルリーネに、頑張って協力してくれるそうだ。何それ。
「追い出すために頑張るって、何なんですかね。目的それなんだって言う」
「出てってもらった方が、いいだろう」
アシュタルは不機嫌に言った。
姫様に婚約者ができた時から、動揺してたもんなあ。
「やきもちやいちゃって」
「うるさい。あの方の隣には合わない」
「じゃあ、どんな人がいいんですか」
ルヴィアーレがフィルリーネの本性知らない限り、絶対合うことはないのだから、それは同感だ。
けれど、それで知ったとして、どんな人がフィルリーネに合うのか考えると、考えてしまう。
アシュタルも黙った。
姫様と協力できる人って、どんな人? もう、イムレス様とか、ああいう悪いこと考えてそうな人しか、思い付かないんだけど。
「姫様はきっと、すごいのを掘り当てると思う」
「何だ。それ」
「姫様は、想像つかない人捕まえそう。この国をひっくり返す日をずっと堪えて待っているけれど、それを支えられる男なんて、そういないもん」
アシュタルは、やっぱり黙った。
アシュタルはフィルリーネのこと尊敬してると言うより、敬畏していると言っていた。
怖い時のフィルリーネを知っている自分もそれはあるが、けれど、それだけではないと思う。
婚約者ができたことを、複雑な気持ちで見てるんだろう。
言うと、絶対怒るから、言わないけど。
噂をすれば、ルヴィアーレが魔導院の方へ歩いている。
案内したけれど、行っているの、見たことなかったな。
「魔導院行くのは、許されてるんですよね」
「第一書庫までだろう。イムレス様がいるから、好きにさせるとおっしゃっていた」
「調べられるなら、調べさせるんだよね。姫様も甘いなあ」
「あの方は、優しいからな」
そうなんだよね。身内にはいつも甘いもん。
もし、何かあった時は、フィルリーネの棟の部屋に逃げ込めるように、限定の結界を作ってくれている。仲間が入った後、あの部屋は完全に閉じられるそうだ。それは、フィルリーネの魔導の力を越えない限り、破られることはない。
僕みたいな非戦闘員は、特に躊躇なく入れって言われている。仲間内で、一番足手まといになるのは、僕だしね。
「ルヴィアーレ様を自由にさせるのは、俺は反対だ……」
アシュタルはぼそりと呟いた。
本心はそうだよね。僕も、そう思う。
この国にとって、どうなるか分からない相手なのに、ルヴィアーレを自由にさせる。ルヴィアーレに、この国を奪われることを警戒しているくせに、ルヴィアーレを故郷に帰したいと思っているからか、手心を加えている。
ルヴィアーレ様が姫様の相手って、確かに微妙。姫様を出し抜けるくらいの人じゃないと、僕も反対だな。
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