第96話 学び2
ルヴィアーレはここにきて、意外に忙しい日々を送っているらしい。
サラディカの決めた日程について首を傾げたら、サラディカが遠慮げにして言った。
冬の館で起きた光について、城で真しやかに噂されているらしい。二人で行った芽吹きの儀式で奇跡が起こり、それが王の資格を得る儀式だった。そのため、ルヴィアーレが精霊に認められたと勘違いした貴族たちが、擦り寄ってきているそうだ。
連日誘いの連絡があり、無下に断ることもできず、誘いを受けているらしい。
それ、姫様の耳にも入ってるよね。きっと。
フィルリーネはルヴィアーレの警戒を強めるいる。王と王女を消すための長い計画で、外堀を埋めるために、仲間を増やす。そのためにも、情報が得られる貴族の確認が必要だ。
サラディカは、少し困っているのだと言うように口にした。
それを、僕に言う理由は、何だろう。
精霊に許しを得た王族だと言いたいのか、群がっている貴族を何とかしてほしいと言っているのか。僕にも、ルヴィアーレにつけと言っているのか。
姫様、僕分からない。だから、敢えて空気読まなかったよ。
「皆、フィルリーネ様が、王の跡を継ぐことに驚いてましたからねー」って。
サラディカは一瞬止まって、そうですか。と咳払いをしていた。
笑える話なんてしてないんだけどな。皆が思っている事実だよ。
僕はその数日後、ルヴィアーレの棟へと足を向けた。
東の棟に入るのは初めてだ。この棟は王族の建物の中でも一番古い棟で、窓から見える景色も悪く、日も当たりにくい。この国、グングナルドが出来た頃に造られた建物で、当時は航空艇の発着場所も何もなく、眺めが良い棟だったと聞いている。
けれど、魔導機械化が進み、航空艇や列車の数も増えたため、王族の建物を増やし、その東の棟の側に警備用の航空艇発着所を造ったとか。東の棟は王族が住むことがなくなり、使っても倉庫がわりにしていたとか。
その棟を、王女の婿の住む場所として差し出すならば、王が好意的に迎え入れる気はないのだと、皆が思う。
今回の芽吹きの儀式の件で、貴族たちはその認識を変えたかもしれないが、王はルヴィアーレをこの棟から移動させる気はないようだ。
「うわ、ほんとに暗い」
巨大な戦艦である航空艇が停められていて、それが東の棟よりも高い場所にある。そのため、日は差さないどころか、ほとんど斜め上にあるので、圧迫感があった。空が見えない。
建物も古いため、魔導機械化がされていない。そのせいで、結構長い距離を歩くことになる。フィルリーネの棟ならどこでも移動式魔法陣があるため、フィルリーネの棟はほとんど歩かない。
まあ、あの人、歩くの好きだから、歩いてるけどね。
けれど、ルヴィアーレはここから、二つ隣の棟のフィルリーネの棟まで歩くわけだ。
フィルリーネが、悪いわー。と良く言うわけだ。
ひどいね、これ。
未来の女王になるフィルリーネの婿が住むような棟ではない。外廊下からの景色は、前の建物で見えないほどである。ルヴィアーレの部屋は、どうなっているのだろう。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
ルヴィアーレの棟の客間らしき場所に通されて、ルヴィアーレの座る部屋に通された。部屋はそこまで広い部屋ではなかったけれど、そこまでひどい部屋でもない。ちょっと家具が古いかなというところは否めないが、思うほどひどくはなかった。
姫様、良かったね。
ただ、やはり日が差さない分、少しだけ薄暗い。これは日が暮れたら、暗くなるのが早そうだ。
「第二都市で、子供に学びの場を与えると聞きました」
ルヴィアーレは微笑みを称え、迎え入れてくれたが、まじまじ顔を見て思う。
この人、本当に美人だよね。
そのせいでか、フィルリーネが、感情が読みにくいと言っていたことを、今更だけれど、やっと理解できた気がする。いつも、顔が同じなのだ。
前に城の案内をした時も思ったけれども、顔が整いすぎだ。フィルリーネも妖精のように綺麗だけれど、ルヴィアーレは目の色も珍しいせいか、作り物みたいに見える。
姫様が、三割り増し肖像画って言っている意味、良く分かるなあ。
「街の聖堂を借りて、貧民街の子供たちを預かり、その間に勉強を教えようっていう計画なんです。発起人は街の商人なんですけれど、今までにない試みなので、ラータニアで教育を街の人間に行っているのなら、助言をいただければと思いまして」
「ラータニアでは、街での活動を援助金という形で補助しています。私は直接訪れたことはありませんが、三日に一度程度の回数で、午前中行うとか。年齢は七歳から十歳までの子供で、読み書きと計算を中心に教えていると聞いています」
「七歳からですか」
それでは遅すぎる。フィルリーネが考えているのは、少しでも歩ければ預かるくらいのつもりだ。
表情に出ていたか、ルヴィアーレは、まずどのような想定をしているのか教えてほしいと、静かに言った。
「貧民街の子供なので、働く親のために、幼子から預かるつもりです。乳飲み子は難しいですが、乳を与えられる者がいれば考えます。話せなくても遊びで学ぶことができるので、数字や文字が簡単に書かれた玩具を与えて、積み木などで計算を教えられればと思ってます」
「そんな幼い頃から、学ばせるのですか?」
うん、僕もそう思ったよ。理解できないのに、与えてどうするの? って。
だが、フィルリーネは、分からないうちから与えた方が、大きくなっても受け入れやすいでしょ。と言っていた。触れさせて学ぶことを、当たり前にしたいのだ。
それを言うと、ルヴィアーレは少しだけ感心したような顔をした。
「ラータニアで、平民に学びを持たせるために、勉強ができる場を設けていても、そういった幼子に学ばせるという体制はありません。ただ、子供たちを預かり学ばせた後、食事をさせて帰らせるので、あまり豊かではない家は、預ける者が多いそうです」
「あ、それ同じこと提案した人がいました。昼食とか、おやつとかを食べさせてあげる代わりに預からないと、働き手として取られるという印象を持たれてしまうそうです」
「……働き手ですか。成る程。それならば、預かることで、その者たちが喜ぶというわけではないのですね」
ルヴィアーレの言葉に、カノイは頷いた。
子供でも、動ける者がいれば動くのが、貧民街だ。
「学ばせるという考え方が浸透できない可能性があるのならば、確かに預けて利があるように見せなければならない。幼子をそこで学ばせるという考え方は、ラータニアにはありませんが、面白い試みですね。具体的に、どの様な玩具を使うのですか?」
フィルリーネが言っていたのは、文字の形をした玩具を使い、それを同じ形の穴にはめられるようにするなど、簡単な遊びができる玩具だ。
カノイはフィルリーネから聞いた玩具の話をする。実物は見たことがないため、詳しくは話せないが、繰り返し見て触って、数字や文字の形を覚えたら、そこから計算や単語を教えるつもりだそうだ。
「大きい子たちには、数字の形をしたおやつを食べさせながら、計算を覚えたりとかいいかなって」
「菓子にまで学びを入れるのですか。カノイは熱心ですね」
「いえー」
僕、今、ちょっとどきどきしちゃった。
ルヴィアーレは感嘆しているが、それ全てをフィルリーネが考えたと知ったら、どう思うだろうか。
馬鹿王女が考えたんだからね。ルヴィアーレも騙されちゃって分かってないけど、姫様ってそういうこと、全部一人で考えて、行動しちゃう人なんだよ。
僕にはできないな。その計画話してる時だって、姫様すごく楽しそうだった。本当は、そういうことをしたいんだって、随分前に聞いたことがある。
ルヴィアーレもフィルリーネが本当はどんな人か、ちゃんと理解してほしいところだ。そうでなければ、フィルリーネとの婚姻なんて、お断りである。
「ラータニアでは、幼子に布で作った物を渡しています」
「布ですか?」
「幼子が木片を投げるため、それで、怪我をしてしまいますから」
姫様、全部木で作ってたよ。そこ考えてないね。教えてあげよう。きっと喜ぶ。
でも、姫様鋸持つの慣れてるらしいけど、針と糸持てるのかな。裁縫する話なんて、聞いたことないや。
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