第95話 学び

「何書いてるんだ、カノイ」

「んー。子供に勉強を教えるのに、何が必要か」

「何でそんなの考えてるんだ?」

「姉さんの子供が、頭悪くて」

「へー、大変だな」


 そんなこと姉に言ったら、殺されるけどね。これは姉の子供のためのものじゃないよ。姫様が子供たちのためにつくる、聖堂の学び舎での話なんだよね。


 フィルリーネが色々考えている中で、現実的に政務官が考えたらどうなるの?と問われ、予算的にどこまでできるかを確認している。

 カサダリアの聖堂を借りる気らしく、それは案外簡単にいきそうだとか。子供たちを集めるのは、フィルリーネができるが、では、どうやって資金繰りするの? というところで、現在カサダリアにいる服宰相ガルネーゼと話を詰めているそうだ。

 そこで、自分の計算能力が頼みにされたのである。


 姫様、できても、暇ないんだろうなあ。

 婚姻が半年後に決まったせいで、婚姻の衣装の仮縫いがあったらしく、すっごい顔して、鼻息荒く嫌がっていた。作るだけ勿体無い。と言いながら。

 フィルリーネは自分で物を作る人だからか、その考え方が王女目線ではなく、職人目線である。

 何に使うの!?って、婚姻でしょう、って言う。


 今日のフィルリーネは、政務はさぼりだ。最近さぼりまくっているが、ルヴィアーレに会いたくない、一心らしい。

 毎朝、会うだけで、胃がキリキリするんだって。婚約者との会話がうまくいかないからって悩んじゃうなんて、姫様、意外と繊細だった。


 フィルリーネから聞いた、学び舎で考えていることを木札に書き付けていると、ルヴィアーレがやってきた。そこにいた政務官たちは一斉に立ち上がり、ルヴィアーレが席に着くまで待つ。


 フィルリーネが言っていたが、ルヴィアーレはフィルリーネと違い、本当に真面目だから、政務はちゃんとやってくれるだろうとのことである。本当にそうなったので、フィルリーネはルヴィアーレに政務を任せるつもりだ。

 ついでに、ラータニアの街の人間に対しての教育をどうやってるか聞いておけ。とのことである。自分で聞ければ良いのだが、馬鹿王女だと、そんな話もできないのだ。大変だなあ。


「本日の書類です」

 ルヴィアーレに書類を渡すが、怪しいのは既に確認済みだ。フィルリーネからもらった不正入れ箱はもう満杯で、これ以上増やしたくないなあ。と思っていたが、ルヴィアーレが手伝うようになってから、あまり増えなくなった。

 相手も考えているようだ。


 ルヴィアーレは席に着くと、すぐに仕事を始める。

 確かに真面目だよね。不平不満を言うことは、全くない。まあ、言うわけないだろうけど、精霊を軽んじると、顔に出るって言ってた。へええ。って感じ。


 高めの魔導を持っていると精霊が見えるらしいが、自分にはエレディナを見る機会があるかないかくらいだった。

 この城にいて、そんな雰囲気を感じたことなんて、一度もない。地方にいた方が、精霊に感謝をする機会は多いのだろう。この城で大切なのは魔鉱石で、魔鉱石がないと城の至る所で不具合が起きる。魔導機械化が進んでいるから、魔鉱石がなくなると、王の棟に行けなくなるくらいだ。


「この書類ですが」

 ルヴィアーレは気になるところがあると、すぐに聞いてくる。

 ルヴィアーレは国を乗っ取るための布石を置くだろう。とフィルリーネは警戒している。あの王にあの王女だったら、ルヴィアーレに票が集まるのは当然だろう。うん、それは否定できない。


 僕はルヴィアーレ様に近いところにいるから、むしろ積極的に取り入れというお達しがありました。姫様、僕をこき使うね。


 立場を利用しろ。フィルリーネは、それを最大限に利用している人だ。






「ラータニアでは、街の人々への学びなどを行なっていますか?」

「国として積極的に行なっていることはありませんが、街自体が行なっている学びに、援助金を送っています」

 サラディカは、グングナルドで何かを行うのですか? と問うてきた。


 政務が終わると、サラディカは手伝いと称して、政務室まで書類運びを率先して行なってくれている。

 行きはカノイと一緒で、帰りは一人になった。

 その帰りのついでに何かをしているのか、それとも政務室の様子を見ているのか、それは分からない。フィルリーネにそれについて話せば、好きにさせろと言うことなので、好きにしてもらっている。


 ただし、何を話したかは全て記憶しとけと言われた。

 僕、忘れちゃうから、サラディカ日記書いてるよ。


「実は、第二都市カサダリアで、貧民で子供を預けないと働けない親たちのために、子供たちを街の聖堂で預かって、学びを行いたいという計画が、街から出ているんです。それにどんな学びを入れるのか、今考えているところでして」


 カサダリアの商人をまとめている、豪商の娘からの提案という話になっているが、もちろんこれはフィルリーネの提案だ。その豪商の娘から、街の代表である長へ許可を経て、街にある聖堂の一部を使用できる体制を整えている。

 その話が、貴族から副宰相ガルネーゼの耳に入った体だ。疑問に思われるような形でガルネーゼが関わるわけではないので、名は出していいそうだ。


 ルヴィアーレに伝える話としては、カサダリアの友人から相談されていて、考えている。という細かい設定までもらっている。その友人も決まっていて、フィルリーネの抜け目のない設定力に、感心してしまう。


 ただ王都で話す場合はできるだけそれは伏せ、ルヴィアーレ関係者にだけそれを話すように言われた。王都にバレてもいい話だが、詰める前に口を出されても面倒だそうだ。誰も興味持たないと思っていても、念の為らしい。


「預かることが目的で、そのついでに学ばせるつもりなのでしょうか?」

「どっちともですね。貧民街の子供たちは、親の手伝いを小さな頃からやらされるので、単純作業ばかりの仕事に就きやすくなるそうです。そのせいで貧困から抜け出せないので、それを防ぐためにも、子供に食事を与え、預かると称して学ばせるんです」


 貧民街の事情なんて、良く手に入れてくるよね。むしろ僕は、街にそんな学校がないことに驚いたよ。

 貴族は王都だろうが地方だろうが、みんな学校に入れられる。王都に住んでいると、城に隣接された学校があるので、そこで七年間過ごした。それは街の人間も同じだと思っていたが、そんな学校なんてないらしい。


 個人的に子供を集めて授業を行なっている人はいるらしいが、それもお金がかかるため、学べるのはお金持ちばかり。もっとも、お金持ちは直接教師を雇うことがあって、それも稀。

 お金のない人たちに、慈善事業で無償で行う人がいても、貧民街では幼くても働きに行かされるので、そんなところに学びに行くはずがなかった。


 だから、フィルリーネは、昼食やおやつを用意して、子供たちを集めることにした。ご飯が食べられれば、食費を浮かせるために訪れるだろう。たまにお土産を渡し、親にもあげられれば、更に預ける気になるはずだ。

 国が関わる事業ではないから、出費はフィルリーネ持ちにする気だったようだ。玩具の売り上げで賄うつもりだったようだ。

 姫様、どれだけ自分の商品売ってるんだろう。


 けれど、そこでガルネーゼ副宰相が待ったをかけて、何とかカサダリアの予算から捻出しようとしてくれたようだ。

 その計算を今行なっている。街の聖堂の一角であれば無料で使えそうだとか。必要なのは、教える人の人件費と、食事代。授業で使う用具くらいだ。


 玩具は姫様が手作りするって言ってたけど、あの人、そんな暇あるの?


「子供を預かって学ばせ、食事をさせて帰らせるのが理想かなって。大体の人数は分かっているので、そうなると、どれくらいの費用が必要か計算するつもりなんですけれど、ラータニアでもそんな取り組みはないか、気になりまして。幼児ぐらいの子供に、どう教えていくかも考えているんです」


 まるで、全部僕が考えているみたいに聞こえるけど、姫様がそう話せって言うんだもん。

 今決まっていることや、どんなことを考えているかなど、フィルリーネは事細かに教えてくれた。聞いているとこちらも質問が出てくるし、話していると問題点とか出てきて、助かると言ってくれる。


 手伝わせているけれど、手伝ってもらっている。って勘違いさせるんだ。姫様は、人使うのうまいよね。褒め方もあるかな。


「その話は、興味深いですね。ラータニアでも、そこまで街の人々への学びを重視しているわけではありませんが、ラータニア王は融資を決めて、街の人々の学びを推進させていました」

「へえ、そうなんですか。そうですよね、国のためだと考えてくれると嬉しいんですけどね。グングナルドではそういう考え方がないので、だから、カサダリアからって。まあ、向こうの方が、何かを始めるのは障害が少ないんですよ」


 ついでに、ちょっと王に対して不信を持っていることを出しなさいよ。だって。姫様、僕そんなにたくさん言われても、簡単に出てこないよ。こんな感じで言うので合ってるかな。

 サラディカは、そうですか。と穏やかに返してくる。


 王の文句をあまりしつこく言いすぎると、信用されないため、小耳に挟んだ程度で自分の話をしろというお達しだ。文句ばかり言う奴は、信用されない。

 だから、僕はこれ以上言わないよ。

 あくまで、子供たちのために何かできないか。が今回の主題だ。


「ラータニアで何か取り組みをされていれば、と思ったんです。僕も、今回の計画に協力できることは考えたいので」

「成る程。素晴らしい志ですね」

「いえ、そんな」


 なんて。それ考えたの、全部馬鹿王女だからね。もう言いたいよ。姫様がどれだけ頑張ってるか、お前ら分かるかー! って。ラータニアの人に言っても、仕方がないけれど。


「よろしければ、ルヴィアーレ様を交えてお話はできないでしょうか。ルヴィアーレ様も興味を持たれると思います」

「え、いいんですか?」


 姫様、もう釣れたよ! 本当に真面目なんだね。びっくりした。この国の王なんて、聞く耳も持たないのに。

「ぜひ、お願いします。ルヴィアーレ様の意見を聞けたら、助かります」


 そんなことを笑顔で言いながら、ルヴィアーレとの面会を約束した。

 姫様、褒めて。

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