第94話 ニュアオーマ3

「叔父様には、マリオンネの知り合いが多いの。冬の館の近くに隠れ家があって、良くマリオンネの人間が訪れていたわ。それをどうやって行なっていたのかは知らないけれど、そこにはその子供が来ていた。その子供が楽しげに話したのよ。この話は、王も知っていると」


 フィルリーネは哀しげにして笑う。それによって、グングナルドを正常な道へと戻す計画が破綻した。ハルディオラは王を討つつもりなど毛頭なく、国のためにあの王をどうやって導けばいいか、どのような国を目指すべきかという、学びの会を開いていたに過ぎなかった。


 しかし、その子供のせいで、話が変わる。王はしらみつぶしに潰しにかかった。関わる人間を消しはじめ、ハルディオラと真っ向から対立することになった。


「あの方は受け入れていたんだろう。殺されることを。だが、姫さんを巻き込むわけにはいかないっつう話だったな。それから成績が悪くなったからって、ハルディオラ様から離れるように、本人が指示したってわけか」

「当時、私は六歳になったばかりだったわ。理解なんてしていないわよ。ただ叔父様に、できることは隠しておく。そうした方ができないよりかっこいいだろう。って言われただけ。その後に叔父様が殺されて、王の笑みを見た。それで、理解しただけだわ」


 それで理解をしてしまう、フィルリーネが哀れだ。それからのフィルリーネがどれだけ努力をして、考えて動いてきたのか、想像を絶する。

 そして、ハルディオラが殺されたことによって、ハルディオラを崇拝していた者たちが、本当に動き出した。本来ならば会だけで話し合い、平和的に、より良い国を目指していくつもりだったはずなのに。


「あの王は、ハルディオラ様にひどい劣等感を持っているからな。それが国を変えたいと聞けば、王の座を奪われると恐れたんだろう。それからは早かったな。あの王は、魔導はないが、利益を与えて人を動かすのがうまい。ハルディオラ様に傾倒していない者でも、王に不満があれば、すぐに消された」


「叔父様が、誰かしらと親しく話すだけで、憎しみを表すような小物なのよ。叔父様の口から、王を貶める言葉など聞いたことはない。自らの妄想で勝手に怒りを増やすような陳腐な考え方しかできないから、誰もが敵だと錯覚する。無知蒙昧な王なのよ」


 フィルリーネは吐き捨てるように言った。自分の父親を、王としか呼ばないフィルリーネは、大切な叔父を殺されたことによって、父親を父親として認めていない。


 フィルリーネの哀しみを、考えたことはなかった。いや、理解していたつもりだが、つもりなだけだった。自分の父親より親しい叔父を、父親に殺された恨みは強く、叔父が目指していた国を、無残に衰退させるような王を、許すことができない。


 フィルリーネは、ハルディオラの目指す国を実現させるために、王を討つのだ。


「その後は、どうするんだ。王を討ったあとは。姫さんが女王となるのか?」

「ならないわよ」

「ならないのかよ!」

「王殺しが、何故女王になれるの? 王の後を継ぐのは、コニアサスが適任でしょう。私はあの子を王とする。国としては、当然の流れでしょう?」

「そりゃあ、そうだが。コニアサス王子はまだ子供だろう。それまでは、姫さんが繋げる気か?」

「コニアサスを王にして、補佐に徹するわ。あの子が大人になったら、さっさと引退するわよ」

「本気かよ……」


 ニュアオーマは絶句して、口を半開きにしたまま、眉と眉の間をシワだらけにした。

 それは自分も聞いている。この国を担うのはコニアサス王子で、そのための知育玩具を王子に届けるように手引きしている。話に聞くと、コニアサス王子はとても素直で、勉強をしっかり行なっているようだ。ガルネーゼ副宰相が手を回しているので、上手くいっているという話だった。


「玩具の話をされたらどうですか。フィルリーネ姫が行われていることは、この国を進展させるための、大切な一歩です。私は、フィルリーネ姫を尊敬申し上げています」


 心からそう思う。何故、この方が女王にならないのだろう。

 跪いてそっとその細い手を取ると、手の甲に滲む鈍い赤の魔法陣が記されて、ぐっと胸に溜まるものができる。


 憎らしい印だ。フィルリーネ姫が束縛される、呪いの痕。


「色男、そうおうのはあとでやりな。玩具って何だ。って聞きたいとこだがよ。いつまでもここで話していて、大丈夫なのか?」


 ニュアオーマは、いいところを邪魔して、辺りを見回す。

 久し振りフィルリーネに会えたことで気分が盛り上がってしまったが、いつまでもこの闘技場にいるのはまずいだろう。そう思ったが、フィルリーネはケロリと言う。


「大丈夫よ。誰か近付いたら、分かるようにしてあるし、誰も入られないように結界張ってあるし、声も漏れないようにしているわ。心配と言えば、あなたたちがどれくらいさぼれるかってことね」

「魔導はほとんど使えないってのも、嘘ってことか」

「結界って、この闘技場にですか?」

「そうよ。闘技場全てと、この空間、二重に行なっているわ。誰か入ってきて分かるようにしているし、ここに辿り着くまでには逃げられるように、時間を考えて作っているわよ」


 フィルリーネは呆気らかんと言った。魔導が少ないことが嘘だとは知っているが、この規模の場所に、そんな力を使っていることに驚いた。

 もしかして自分は、フィルリーネ姫のほとんどのことを知らないのではないだろうか。


「ハルディオラ様の姪にしても、できすぎだわな。まあ、その玩具ってのも、また教えてくれや。今日はこの辺で仕切らせてくれ。次、行くとこあるんだわ」

「あら、ニュアオーマ。しばらくは監視付きよ。余計なことをするのならば、分かるわよね?」


 フィルリーネはニヤリと口端を上げる。まだ返事を聞いていない。脅しを含んだ言葉に、ニュアオーマはぴくりと片眉を上げた。


「どうするって言うんだよ。姫さん」

「いつもべったり。ヨシュアが頭の中で話し続けてくるの刑が待ってるわ。ヨシュア、しばらくニュアオーマについてね」

「いや、勘弁しろ!」

「俺、ついてく!」


 ヨシュアは万歳をして、黒い霧に巻かれると、姿を消した。ニュアオーマが、やめろ!と叫ぶ。


「助かるわー。あいつ、うるさいのよ」

「二人から話し掛けられて、他の人の話が分からなくなる、私の気持ちを味わってほしい」


 ニュアオーマが、これが他人に聞こえていないのか。と絶叫する。どうやら本当にうるさいらしい。アホみたいなこと言うんじゃねえ。と怒鳴り散らした。

 フィルリーネ姫。守られている以外に、苦労されているんですね。


「ナッスハルト。今日はありがとう。助かったわ。危険な役目でごめんね」

「何をおっしゃいます。もっと私を使ってください」

 どさくさ紛れに両手を取ろうと思ったら、するりと逃げられた。さすがです。フィルリーネ姫。


「ニュアオーマ、また会いに行くわ。情報よろしくね」

 フィルリーネはにっこりと笑顔でニュアオーマを送る。ニュアオーマは嫌そうに、勝手にしてくれ。と言って、手をひらひらさせた。

 あれは大丈夫だろう。フィルリーネも問題ないと、確信している。


 バルノルジに調べさせた話によると、東部地区にある集合住宅の一部屋を使い、何人かが集まっては情報を得ていたようだ。

 短時間でよく調べたと思うが、東部地区をほとんど知っているバルノルジにかかれば、警備騎士よりも早く情報を得られることをフィルリーネは知っていた。街の人間の繋がりは馬鹿にできないのだと、屈託なく笑って言う。


 フィルリーネは多くを知らなければならない。そのために使う人間は、質の良い情報を確実に知らせるべきだ。だから、他人の仕事を羨んでも仕方がない。


「フィルリーネ姫。どうぞ、私を使うことをお忘れなきよう。私は常に、フィルリーネ姫と共にありたいと存じます」

 その言葉に偽りはない。フィルリーネが嫌がろうと何だろうと、あの気に食わない婚約者がいようと、関係ない。子供たちと共に、朗らかに笑える国を作られるように、あの笑顔を絶やさぬ姫を、見られるように。


「ナッスハルトには、やってもらうことはたくさんあるわよ。あと、今度、玩具のこと相談させて。また作りたい物できちゃったんだ」

「承知致しました。また是非、お声掛けください」


 そう頷くと、フィルリーネは少しだけ頰を赤らめて、笑顔で返してくれた。

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