第93話 ニュアオーマ2

「かの方は、街や外で起きることを、全て掌握したいと考えていらっしゃいます。警備騎士団総括団長は王の手なので、他に情報を得られる者はいないかと探されており、その中でハルディオラ様に付いていたという、ニュアオーマ様を仲間に引き入れられないかとのことで動きました。仲間たちは反対していましたけどね」

「何で、俺がそこで出てくるんだ」

「俺が言ったから」

「お前かよ!」


 ヨシュアが再び、えへん、と胸を張る。フィルリーネ姫、バカな翼竜でも信じていらっしゃるんですね。さすが、素敵女子です。

 ニュアオーマは、がりがり頭を掻いた。警戒していたのに何でこんなバカが、とぶつぶつ呟きはじめる。


「色男、お前の主人は信用できんのか」

「信用してますよ。当然でしょう。私の女神です」

「気持ちわりいな」

「ひどい!」


 あからさまに引き気味に言われて傷付く。フィルリーネの扱いもひどいけれど、ニュアオーマの扱いはもっとひどかった。


「この暗号を解いたのもそいつか。これは、ハルディオラ様周辺にいたやつしか知らない暗号なんだがな。これを知っている女なんて、一人しかいねえぞ」

「そうなんですか?」

「何も知らねえのか」


 言われると、むっとする。

 そりゃ、フィルリーネ姫は全てを話してくれる方ではないが、それが彼女の優しさだと知っている。

 それは確かに全てを話してほしいが、大切な方を失った恐ろしさがあるのは理解できた。


「あの姫さんがなあ。小さい頃はそりゃ可愛かったけどよ。今じゃ、あれだろ?」

「悪かったわね」

 闘技場の二階観客席から、フィルリーネがひょこりと顔を出した。

 いたんですか、フィルリーネ姫。


「おいおい、いたのかよ」

「どんな話が出てくるか、聞きたいに決まってるでしょ。さっきから話が進んでいないのだけれど、どうするの、ニュアオーマ。ヨシュアがずっとにゅあにゅあ言っていて、名前すら覚えていない感じだったのだけれど、叔父様はあなたを信頼していたのかしら?」

「さあね」

「おい、フィルリーネ姫に対して」


 フィルリーネを蔑ろにするのは、例え身分が上でも許さない。本物の姫の前だ。睨み付けると、ニュアオーマは頭の後ろで、面倒臭そうに腕を組んだ。


 フィルリーネは、観客席に足を乗せると、ふわりと浮く。後ろに薄水色の女性が見えて、あれがフィルリーネを守る氷の精霊だと納得した。あの人型の精霊と常にいるのならば、人として見るのは当然だった。


「ニュアオーマなんて、私あんまり覚えないのよねえ」

 人型の精霊が美尻をあげながら、ニュアオーマをじっと見て首を傾げた。


「うるせえ。悪かったな、下っ端で」

「下っ端だったの? ヨシュア、良く覚えていたわね」

「俺、えらい」

「えらい、えらい」


 フィルリーネはヨシュアの頭に手を伸ばして撫でてやる。ヨシュアは嬉しそうに頭を擡げて、それを受け入れていた。本当に子供だが、その絵面は何だか腹立たしい。俺も撫でてもらいたい。


「ナッスハルト。初めて会うでしょ。その子がエレディナ、こっちがヨシュア。やっと紹介できて良かったわ。姿現わせることなんてないから」

「そうですね。嬉しいです。この二人の姿を見るのは、私が初めてでしょうか?」

「ヨシュアは初めてね」

「光栄です。フィルリーネ姫。私は生涯姫に付いて参ります。先ほどの私の言葉聞いていただけました? お慕いする、大切な姫君」

「それで、どうするの、ニュアオーマ」

「扱いひどい!」

「どうするの、っつわれてもなあ。大丈夫なのか、そいつら」


 ニュアオーマはこちらを見回す。

 俺は大丈夫だが、その翼竜は知らん。


「大丈夫に決まっているでしょう? まあ、ヨシュアはともかく」

「俺、大丈夫!」

「大丈夫じゃないわよ。何よさっきの説明。俺が説得するって、あれで? できると思ってたの?」

「うるさい、エレディナ」

「二人ともうるさい」


 フィルリーネは二人を放置して、ニュアオーマに向き直す。

 この方は、偽のフィルリーネ王女でもなく、子供の前でもない場合、驚くほど姿勢が変わる。

 気品ある立ち姿。その姿に相応しい気高さを持ち合わせた。そして、話す度に感じる、その威厳。尻込みしそうになるのは、彼女が王女たる威徳を持ち合わせているからだ。


「どうする気なんだ。王はやらかすつもりだぞ。ラータニアの婚約者と婚姻してからだろうが、それは分かってんのか」

「婚姻は半年後に早まったわ。それまでに何とかしたいけれど、現状は厳しいわね。魔導院院長がおかしな実験をしていることは耳に入っているけれど、実際どんなことをしているかは分かっていない。ルヴィアーレがラータニアにいて邪魔だったことと、私との次代が欲しいようだから、確かに婚姻後ラータニアに襲撃することは否めないわ」

「そこまで分かってるから、今から仲間探しかい」


「私が知りたいのは街の様子よ。精霊を移動させて、何をしているのか。何の実験をしているのか。ルヴィアーレを取り込む理由は想定でもできているけれど、王がどうやってラータニアを襲撃するのかは分かっていない。精霊に何が起きたかは調べていても、精霊たちも移動させられることに恐れをなしていて、話ができていない。おかしな精霊が誘導していることは分かっているわ。けれど、どうやっているかが分からないのよ」

「それで、警備騎士の情報を欲しがっているわけか。この色男では役に立たないと?」


 ニュアオーマは何かとこちらを鼻に掛けてくる。俺を怒らせたいのか、フィルリーネを怒らせたいのか、しかし、フィルリーネはそんなことで動揺する人ではない。挑発されて、迫力を増す方だ。


 皆が口を揃えて言うのは、フィルリーネは、思っているより、ずっと迫力があって怖い。である。


「ニュアオーマ。お前たちがどう動いているかは、既に調べてあるわ。王を放置するならば構わないけれど、何かしたいのならば、こちらに付くのね。私は、王を倒すわよ」


 その言葉を、フィルリーネから聞いたのは初めてだった。国に関わる情報を得て、子供たちの様子を見て、いつも憂いていたフィルリーネ。しかし、この国を、今後新しい道に進めるために邪魔な王を討つまで、口にしなかった。用意ができるまで動くなと口にして、まだ用意はなされないと言うだけで。


 しかし、もうその用意も終わりを告げるのだろう。フィルリーネは、本気で王を討つつもりだ。


「どうやって?」

「それを、ここで言うと思うの?」

「そりゃそうだな。あの時は、六歳だったか。良く、騙してきたもんだな。ハルディオラ様がいらっしゃった時から、成績が悪くなっただの、言われてたのによ」

「あれは、叔父様の指示よ」


 フィルリーネは悲しげに言った。そんな年の子供が、まだ誰も犠牲になっていなかった頃から、一人の叔父を信じて行なっていたなんて、俄かに信じられない。


「ハルディオラ様が死ぬ前から、そんな指示かよ。あの方は残酷だな。殺されることは、分かっていたんだろうが」

「そうね。裏切り者がいたからね」

「……マリオンネ、か」

「マリオンネ、ですか……?」

「何にも知らねえのかよ」


 ニュアオーマの言葉に、フィルリーネがそっと瞼を下ろしてからこちらを見上げた。王の弟は殺された。それは聞いている。だが、マリオンネが関わっていることは知らない。


「それは、誰にも伝えていないわ、ナッスハルト。マリオンネに関しては、私も詳しく知らないの。けれど、叔父様のマリオンネの仲間のうち、子供が一人。余計なことを話した、子供が一人いたのよ」

「子供、ですか」


「俺も聞いた話だけどな。その子供が、理解していたのかどうか。その子供は、マリオンネに来た王に対して、ハルディオラ様が国を変えるつもりであることを話したらしい」

「本人は分かっているわよ。婚約の際に、堂々と私の前に現れたからね」

「何ですか、それ」

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